二つの『スコットランド』、そして『時の旅人』。

 ‘幸福すぎる人生を送るあまり、その音楽に深みがない’ふうな言われ方をされがち(?)な、ヤーコプ・ルートヴィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディさん。

 しかし、その交響曲第3番『スコットランド』はとても深い情緒を延々と歌う。
 交響曲第3番と、序曲『フィンガルの洞窟』(ヘブリディーズ序曲)とは、作曲者が、16世紀に悲劇的最期を遂げたスコットランド女王メアリー・スチュアートへの関心、具体的にはホリルードの宮殿を訪れた印象にインスパイアされた、ということのようだ。

 メアリー女王の閲歴は、かかわる諸事件がもう複雑で、私には何がどうなっているのやら、説明など不能。マニアの人たちがたくさんサイトを作っているので、興味のある方はググればいくらでも出てくるし、書籍も多いだろう。

クレンペラーの『スコットランド』、2種

 その、メンデルスゾーンの交響曲第3番『スコットランド』。
 世評で、抜かすことができないと言われるオットー・クレンペラー指揮の録音。ゆったりしたテンポで、悠然と盛り上げてゆくロマンの深さが圧倒的だ。

 この交響曲は、第2楽章を除いて全体に暗鬱な雰囲気を濃厚にし、メアリー女王の悲劇的最後に向かってゆくような暗さを基調としているけれど、終楽章のコーダで長調のコラールが姿を現わし、そのコラール(ファンファーレふう?)を高らかに歌い上げて全曲の幕を閉じる。

 しかし、知られているように、クレンペラー自身はこの最後に突然現われる明るいコラールは、楽曲にふさわしくなく、作曲者自身も疑念を持っていた、と考え、暗いまま終結するコーダを作り、これで演奏した録音が残っている。事情は、こちらなどが簡潔かつわかりやすい。

 独自コーダのヴァージョンで残されている録音のCDは、バイエルン放送交響楽団を指揮した1969年(クレンペラー、84歳!)のライヴである。
 ニュー・フィルハーモニア管とのスタジオ録音(1960年、マエストロ 75歳)のさらに9年後。

 いずれもリリースは EMIで、ライヴ盤のほうはショップ・サイトやオクでは、ものによってはトンデモ価格になっているが、ディスクユニオン店頭では、実際に売ることを前提にしているので、千円前後の価格で見つかる。

 この独自コーダのライヴ版(盤)については、宇野功芳氏は、「これ(ライヴ盤)は終曲の結尾を自作のものに変え、短調のまま淋しく終わる。その味わいは抜群で、両方とも(スタジオ盤と両方)持っていたい」(『クラシックCDの名盤』文春新書、新・旧版とも同文)と言及している。

 また、アマチュアのレコード評も多く掲載した、『クラシック名盤 この1枚』(光文社知恵の森文庫)には、この本の中でもとくに魅力的な文章を寄せている「安本弦樹」氏が、スタジオ盤を取り上げる中で、以下のように書いている。
 「第4楽章ではアレグロ・ヴィヴァーチッシモの表示には目もくれず、堂々としたテンポを固持するが、リズムのキレが良いので「遅い」という感じはなく、さらに雄大なマエストーソで曲は締めくくられるので、全体の充実感はこのうえない。ただし、コーダが雄大であるがゆえに、帰ってこの最後の部分が冗長に感じられるという、この曲の構造的問題点をも浮き彫りにしているような気もする。
 クレンペラーはこの問題点に気がついていたからこそ、1951年のウィーン響との「スコットランド」では、第4楽章の指揮をとらなかったのだろうか。また、1969年5月23日のバイエルン放送響とのライヴ(EMI)では、短調のまま終わる自作のコーダを演奏したのは、一つの解決を示そうとしたのかもしれない(この最晩年の「スコットランド」もみごとだ。まったく緩みがなく、幻想的なまでに美しい!)。」
(62頁)

 少し前、写真のとおりライヴのバイエルン盤を入手して、先日通して聴いてみた。
 私は個人的には、終楽章コーダの高らかに歌い上げるコラールが、そしてこのコラールで盛り上げて終わる『スコットランド』が大好きなので、クレンペラー「説」にはどうも違和感がなくもなかったのだが、聴いてみると、みごとに悲哀と暗鬱の中に、あたかもメアリー女王の悲劇そのままを描いたごとくに全曲を閉じる、その説得力は大きかった。

 では、少なからぬリスナーが、むしろ「不自然」と感じ、そしてクレンペラーの独自コーダが十分受け容れられるにもかかわらず、なぜあのようなコラールでの終結を、作曲者は残したのか。
 もちろんそんなことはわからない。

 閑話休題‥‥ではなく、以下がこの記事のもうひとつの素材なのですが…。
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アルゲリッチ/デュトワのショパン‥‥マスタリング。

 前記事で、アルゲリッチ/デュトワ/モントリオール響によるショパンのピアノ協奏曲第1番、第2番のCDを買ったことを書いた。

 ちょっとした風の吹き回し? で、岡崎マスタリングの EMIミュージック・ジャパンの24ビット・リマスター盤(TOCE-14003)を買ってしまった。
 オーケストラは懸念した EMIにありがちな混濁感がかなり回避されていたけれど、アルゲリッチのピアノ・ソロの、とくに高音の強打鍵で、耳にビリッと来るような刺激感が、ちょっとひっかかった。

 未練がましく Amazonやオク上を探し、海外EMIの、初出CD(CDC 5 56798 2)が送料入れて600円ほどで出ていたので、落札した。

アルゲリッチ、デュトワ

 今日すでに届き、今さっきちょっと比較試聴してみた。

 第1協奏曲が始まり、一聴して海外盤のほうが高域が穏やかだ。ここは、岡崎マスタリングのほうが透明で、ディテールもよく聞こえ、岡崎マスタリングのほうがいいとも言える。

 4分ほどのオケの前奏が終わり、ピアノが入ると、海外盤はとても自然だ。高域の煌きが耳につくことはない。
 やっぱり‘日本流’マスタリングは楽器の音というものがわかってないのかな〜、と思い始める。

 しかし、第2楽章と第3楽章のそれぞれ冒頭部で比べると、海外盤のほうもピアノの音は厚みがなく、帯域バランスはナチュラルではあるが、それゆえ高音の精彩に欠ける。

 こんどは、第2協奏曲の第2楽章。
 4分ほど経過してからの、いったん静かになり、緊張が増してゆく部分。
 ここでは、海外盤は、私のシステムではピアノの音が精彩に欠けて無機的に響き、いいところなのに心が動かされない。
 国内盤は、ピアノの高音がキラめきすぎる嫌いはあるものの、アルゲリッチの集中がしっかり伝わってきて、「手に汗握る」感が十分にある。

 オーケストラのほうも細かい動きがしっかりと聞こえる。低弦のピチカートが少しボンつくようでもあるが、海外盤はこれがよりボワンと、締まらない音だ。
 第2楽章の終結部も、ピアノの心を込めた弾きぶりは国内盤がよく伝えるし、オーケストラの木管群とピアノ・ソロとのやりとりの、室内楽的な親密さを聴くことができる。
 反対に海外盤は、アルゲリッチのソロは曇った感じがつきまとい、終結部の管楽器はお団子になって混濁する。

 今のところ、どうやら岡崎リマスターの日本盤を採るのが若干ベターなようだ。
 比較の条件として、国内盤はアンプのトーンコントロールの高音を少し下げ、反対に海外盤は少し持ち上げて聴いた。このようにすることで、帯域バランスが同条件に近づくようだ。
 つまり、TOCE-14003を、高音をわずかに下げて聴くのがベスト、のような気がする。

レーベル

 ― システムや、部屋、好みによってまったく一概には言えないけれど、EMIのデジタル録音の、とくにオケの混濁感を回避するには、岡崎さんのリマスターは、「やりすぎ」感を伴いつつ、全く無益でもないようだ。
 テンシュテットやラトルの、マーラーのライヴ録音では、岡崎リマスターが奏功している気がする。

 今回、海外盤を入手してエンジニアの名前がわかった。
 ジョン・ダンカリー John Dunkerlyだった。
 この人の手がけたものでは、Decca録音の、アシュケナージ/ショルティ/ロンドン・フィルによるバルトークのピアノ協奏曲第1番を持っている。
 1980年(アルゲリッチのほうは1998年)のデジタル録音である。
 録音場所が違うということがあるけれど、Deccaのほうは、もう冒頭から‘Deccaそのもの’の高精細音質で、アルゲリッチのショパンとは、通底するところは全然ない。

 EMIのデジタル音源で、岡崎リマスターの、完全な‘やりすぎ’でヒドい目にあったものは、アルバン・ベルク四重奏団によるブラームスの弦楽四重奏曲全集と、ポール・トルトリエによるバッハ:無伴奏組曲の再録のセットである。
 もともと鮮明な録音だったから、高域と倍音の強調で、ほんっと〜に耳障りな音質になっていた。もう手許にはない。

 混濁したオケ録音の‘修復’ならなかなか有効なのだが、そうでないものまでひたすら鮮明化するというところに、岡崎氏の感覚をどうしても尊敬しきれない部分が残る。

 さて、このアルゲリッチとデュトワによるショパン、今はワーナーによる国内盤がミッドプライスで出ていて、たぶんこれは「2016年最新マスター使用」とかになっていて、いちばんバランスとクオリティがよさそうな気もする(じゃ、なんで最初にそれを買わないの^^;)。
 全体としては、EMIのクラシック音源が Warnerに買収されたことはとてもいいことだと感じている。

 そしてこの演奏‥‥デュトワ指揮のモントリオール響がソロのスピードについていけていないところがある云々ということが言われたりするが、デュトワのバックは、しっかりとテンポをキープし、コンチェルトの基礎を押さえた磐石の演奏であり、やはりこの2曲のベスト盤と言っていいのだろう。
 両盤はしばらく聴き比べてからいっぽうを残そうと思う。
 いやはや、またマスタリング買い換え、でした‥‥;;。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、など…。

 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の手持ちディスクが、シェリング/シュミット=イッセルシュテット盤だけなのでちょっと淋しく、先日アッカルド/ジュリーニ/ミラノ・スカラ座フィルのディスク(Sony Classical、米プレス)を、激安出品だったこともあって、ポチってみた。

 この記事にもう触れているけれど、ディスクの音全体が、どうも潤いに欠け、耳につく音がするのである。
 Sony Classicalの、ジュリーニ/スカラ座によるシリーズは、『田園』だけいちど聴いたことがあるけれど、もっと柔らかな音だったように記憶する。
 何より、‘美音’で知られるアッカルドの音が、若干ではあるがとげとげしい。

 SBM使用の20ビット録音という記載があるけれど、SBMは金属的、と決まっている感触はない。
 どうも、ちょうどオーディオ機器における個体間のバラつきのような現象のような気がする。

 CDで、マスタリング、プレス元が同じものでさえ、こういう事象はある。
 アンドラーシュ・シフ、塩川悠子、ミクロシュ・ペレーニのトリオによるシューベルトのピアノ・トリオの2枚組アルバム(Warner/Teldec)は、ぺレーニの音がややギスギスした感があったので、当時は収入も潤沢にあったので、同じものを買って比べてみた。

 すると、音質はほぼ同じで、ペレーニのチェロがギスギスするのは収録自体のキャラだということで納得したけれど、同一ディスクの異なる個体で、CDプレーヤーのメカが発する機械音が、違った。
 ピット成型等の状態がわずかながらでも異なるゆえに、サーボのかかり方が明らかに違っているのだった。

 ‥‥ということだと考えても、入手したアッカルド盤を聴き続ける気は霧消した。
 演奏面でも、ジュリーニの遅いテンポ設定とオーケストラのスケールの大きな鳴らしっぷりは、『英雄』あたりにはぴったりなのだが、ヴァイオリン協奏曲は、そういう性格の楽曲ではないという気がする。

 もう一点、アッカルドとジュリーニのキャラが、そうとう異なるのではないかということ。
 カデンツァなどの技術的難所ではまったく揺れを見せないアッカルドの技巧なのだが、むしろジュリーニのゆ〜ったりしたテンポに合わせざるをえないところで「お〜っとっと…」という感じで、音程が定まりがたそうな雰囲気を見せるところがある。
 これは、ある意味面白い。たぶんセッション中、両巨匠は和気藹々だったろうと推測できるけれど ― グールドとバーンスタインみたいなことにはならない ― 芸風のズレは埋まらない。

 どうも、このディスクは売るのも憚られ、残念ながら廃棄しようと思う。

ヴァイオリンのCD

 そこで、なのだが、今度はオイストラフ/クリュイタンス盤を、オク上に安い出ものを見つけてぽちった。
 今日、到着。
 東芝EMIが、EMIミュージック・ジャパンに改称してからの、「EMI CLASSICS BEST100」という、青い帯で、「24bit最新リマスタリング」を謳った1,500円のシリーズの1枚である。

 東芝が手を引いて EMIミュージックになったあとのリリースでは、「リリー・クラウスの芸術」の1枚を持っており、これには Yoshio Okazakiの名はない。岡崎さん、もう引退かな、と思ったのだけれど、今回のオイストラフ盤には「Remastering Engineer:Yoshio Okazaki」とあった(笑)。しかも、原録音のプロデューサー、エンジニアの記載はない。

 これでちょっと落胆したせいもあるかもしれないが、オケ、ソロともヴァイオリンのハイエンドが、やはりちょっとザラつく感触がある。
 が、以前の「HS2088」を銘打ったものとはかなり異なり、テープヒスは低く、マスターテープを EMIに再請求した可能性もありそうだ。
 が、やはり、現在日本の Warnerが出しているディスクを買うべきだったか、とも思う。

 上の写真で右上にあるのは、ずっと前に買っているシェリング盤であるが、これが、3枚の内ではヴァイオリンの高音が最も滑らかに聞こえる。
 このシェリング盤も、「クラシックCD文庫」盤はやや音がザラついたので、「Super Best 100」盤に買い換えている

 当分は、EMIミュージック・ジャパン盤を聴いてみましょうか‥‥今さきは、まだ第1楽章冒頭を聴いただけである。

 ことほど左様に、ディスクの選択は、録音・マスタリング、さらに個体バラつきまで含めると、実にむずかしい。
 オーディオ機器ならば、パーツ交換や組み合わせによる改善が期待できるが、LPでもCDでも、できあがった「レコード」は、どうしようもない。

 もちろんある程度は、トーンコントロールや、機器を換えるなどで変化は得られる。
 今回、久しぶりに Sony CDP-XE700の電源を入れてアッカルド盤を再生してみた。
 すると、オーケストラの低弦やティンパニなどは常用のオンキヨー C-7030よりもずっと深みと存在感があって、ハイファイ度が高いことを実感させた。

 CDP-XE700は、オペアンプが、音がキツめな AD712のままなのだが、たいへん立派な音を聴かせる。
 時間が取れれば、早く NJM2114Dに交換したいのだけれど、‘ほぼ失業’のはずの2月後半〜3月中盤に少しお手伝いの仕事が入ったもので、また遠のきそうである;;。

 左上のは、協奏曲ではなく、ローラ・ボベスコ、ジャック・ジャンティによる、フランクとルクーのソナタ、千円の国内盤が送料込み470円で出品されていて、1回目の終了でだれか落札してしまうだろうと思ったけれど、だれもポチらなかったので、その次の終了でポチらせてもらった。

 帯つきの美品であり、ただ帯の「¥1000」の表示が、紫地に白字のところ、紫はすっかり褪色していた‥‥こんなのは問題ない。
 こういうものも、多くの出品者は1,000円以上、人によっては2,000円以上の開始価格で出品している。
 個性派ヴァイオリニストの場合にこうなりやすいが、通常のCDの場合、こういう高価な出品にはだれも入札することはなく、サーバーのこやし、ないしはゴミと化している。

 他方、安い出品は、帯もない国内盤、そしてセット商品のバラの残りものが山のように出ていて、わが国において音楽CDが十分豊かな形で流布することがなかったのだなあ、としみじみ嘆息してしまう。

 ‥‥それは置いといて‥‥ボベスコの日本録音のソナタ、すばらしい演奏だと思う。
 1981年、新座市民会館での収録。ボベスコ女史62歳ということになり、この人のテクニックは本物ではなく、一流とは言えないという評が定着しているけれど、年齢を考えてもそうでもないのではないかと思う。

 このCDは、ルクーに期待して買った。音がとても美しい。ルクーのソナタはグリュミオー盤がベストと言われるので、いちど聴いてみたけれど、どうも高域の滑らかさがあまり感じられないのだった。とくに、24 bitリマスターのCDは、潤いがなかった。
 今、通常盤を聴いたなら、またそのよさがわかるかもしれないけれど。

 アッカルドのベートーヴェンをがんばって聴いたあと、ボベスコのフランクを聴いていたら、感情はゆったりしている状態で、涙が出てきた。単に涙腺が涙を放出したのであって、感動したというのではない。入眠直前に涙が出る、あれである。
 つまり、ボベスコのヴァイオリンを聴いていて、当方の神経がとてもリラックスした、のだろう。
 この人の音と演奏には、そういう「徳」があるのか…。

リパッティ到着。

 リパッティ! 来ましたぁ〜。

リパッティとペルルミュテール

 ショパンのワルツ集は、ARTリマスター盤、英EMI“Great Rcordings of The Century”の、エンジェル・マーク・ヴァージョンとニッパー犬マーク・ヴァージョン(後者のほうがレア)とある中、ニッパー犬のほう。Amazon中古でたいへんきれいなディスクが、送料込み650円。

 “Great Pianists of The 20th Century”(PHILIPSなのだが、PHILIPSのロゴはほとんど見せない)のほう、これは、かのシューマンとグリーグの協奏曲が収録される上、バッハのパルティータ第1番と『主よ、人の望みの喜びを』、モーツァルトのイ短調のソナタなどが入って、お買い得の2枚組である。
 国内の Amazonとオクでは2,000円近い出品しかなく、海外盤でよいので、英Amazonのいちばん安い出品をポチリ。

 このシリーズ、海外盤は厚紙のスリーブに直接ディスクを滑り込ませるタイプなので、海外のユーザーの場合、たいていの場合そこそこ擦りキズをつけているかと思われたけれど、聴ければいいか、とポチリ。送料込み880円也、であった。

 思ったとおり信号面全体に擦過感と、皮脂にカビのついた点などが見えたが、水とアルコール(無水アルコールだけでは、カビが取れない)を染ませたティッシュで軽く拭いてプレーヤーに。再生はOK。

 次いで、「今回は断念」と書いていた、ペルルミュテールの、ワルツ集もオクでポチ。
 1962年録音の、コンサートホール録音の DENON盤である。

 リパッティ。と〜にもかくにも生まれて初めて聴く。
 1950年録音のショパン:ワルツ集は、巷に言われる‘歴史的名演だが、どうにも録音が古い’ということがまったく当てはまらないほど、厚みと重みのある、存在感のきわめて大きな音質で収録されていて、いったんCDプレーヤーのプレイボタンを押したら、止められなくなってしまうような、とめどなく音楽が溢れ出してくる演奏である。
 聴いてよかった。

 PHILIPSの“Great Pianists”(音源はもちろん EMIで、ライセンス・リリースであり、EMIのロゴもあり)から、2枚めの頭に、ぜいたくにシューマンとグリーグのコンチェルトが続いて収録されているのを、通して聴いてしまった。
 シューマンは、“例の”の修飾つきでも言われる(?)、『ウルトラセブン』最終回のBGM。ほんとうにこの音源だったらしい。

 そういうことも忘れて聞き手を没入させる異様な集中力の凝集した演奏だ。
 グリーグの強打鍵はすさまじいもので、「いつもこんな弾き方をしていたら、だれでも身体を壊すんじゃないか」とも思った。

 2曲のコンチェルトの ARTリマスター盤は、それぞれショパンやモーツァルトとのカップリングのようであり(実際にはシューマンとグリーグをカップリングしたART盤も、国内盤で出ていた)、2曲をカップリングした英Dutton盤のマスタリングは評判がいまいち、そこで、元レーベルとは一味違うマスタリングだといわれる“Great Pianists”(『New York Times』のサイト内らしきところにレビューあり)が、リパッティの名演が2枚に収まっている上に独自リマスターも期待できる、ということで選んだのだが‥‥。

 全体に、EMIの ARTリマスターのほうは、SP原盤の針音などは適度にフィルタリングしつつも、広帯域・高情報量を志向していて、明瞭な音質である。
 “Great Pianists”のリマスターを全て監修した Alfred Kaineという人によるほうは、EMIの ARTより高域をロールダウンしたように聞こえる。SP原盤の場合の針音はさらに抑制が強い。
 これだと、快適さを求めすぎてリアリティが減殺され、とくに日本のオーディオ・マニアには評価が低くなりそうな音なのだけれど、これはこれで、分厚い中域の存在感がたっぷりとあって、‘いかにもピアノ’という音がする。

 厚紙スリーブが直接接触するのが気になれば、ディスクユニオンなどで‘前方後円墳’型の内袋を買って入れるといいが、厚紙ウォレット・タイプのものなどは、「重力方向に信号面が向かないように」して収納するように気をつけているので、このままでもいいかも。
 “Great Pianists”の全貌の確認には、こちらが至便!

 それにしてもこの3枚のディスクに収められている‘音楽’の、どれほど豊かなことか。

 そして、「ステレオでは、繊細な表情と洗練されたフレージングの美しさで語りかけるように弾くペルルミュテール(Con)のワルツがすばらしい味わいをみせた演奏です」という小林利之氏の文言が頭を離れず、けっきょくポチってしまったペルルミュテール、コンサートホール録音のショパン:ワルツ集。

 これもまた、リパッティの緊張とはまったく違う方向ながら、ひそやかな抒情を湛えた、香り高い演奏が続く。

 コンサートホール・レーベルには、前奏曲集、ワルツ集、それに『幻想曲』、『舟歌』などを入れたショパン名曲集の、どうやら3アルバムがあるらしい。
 コンサートホールの国内盤CD、つまり日本メール・オーダーのリリースしたCDは、前奏曲とワルツを1枚に収めたものと、『幻想曲』などの名曲集の1枚になっていたようであり、いっぽう日本コロムビア=DENON盤では、前奏曲とワルツをそれぞれ1枚ずつ出し、名曲集はこの2枚のフィルアップとして分散させたようである。

 かつて日本メール・オーダー盤の名曲集を中古で買って持っていた記憶があり、強音部分で音割れが耳についた。
 この DENON盤は、広帯域を目ざしすぎてテープヒスがやや出てくるけれど、ピアノの音は透明で美しく、こちらがいいことは間違いない。

 CDでは、日本メール・オーダー盤と日本コロムビア盤のほかには、前奏曲とワルツ集を収録し、その他のショパンは入れず、2枚めにベートーヴェンの『皇帝』を収めた Scribendum盤がある。
 『皇帝』はモノ録音で、「ペルルミュテールの芸風で『皇帝』はちょっとな〜」と思って選ばなかったのだが、これがなかなかの名演らしく、指揮者のヴェヒティンクという人も気合の入った演奏をしているとか。

 アリス・沙良・オットのワルツ集も、いい演奏なのだが、曲を聴き進むごとに感銘が深まってゆくかというと、残念ながらむしろやや「飽きてくる」ところがある。
 彼女の、このアルバムの自己紹介的な映像(DVD付属ヴァージョンのCDは、確かそのDVDに収録?)は YouTubeでも一部が見られ、海外盤のデジパック・ジャケット見開き部分にある、港のクレーンのレールの間で演奏するという演出の意味が語られていたようだ。
 港は、実際にポーランドのグダニスクの港らしく、祖国を離れて二度と戻れなかったショパン、という、やや政治性も帯びたメッセージを動画から感じ取れるのだけれど、その鋭角的な感覚は、演奏にはまるで現われてこないのが不満といえば不満だ。

 ペルルミュテールは、その意味では政治性などかけらもない芸風なのだが、彼は現・リトアニアの、カウナスが生まれ故郷だそうだ。
 カウナスは、戦時中、ここの日本領事館で、“あの”杉原千畝が、ユダヤ人のために必死でビザを発給し続けた地である。

 ショパンのほうはと言えば、父はフランスからポーランドに移った‘移民’であり、ショパン自身はポーランドへの愛国心が強固でありながら、フランスに移り住んで二度と故国には帰らなかった、という人だ。

 西欧音楽の作曲と演奏の白眉は、西から東、東から西へのとどまることのない、多くの場合本人たちには不幸な「移民」の波の中に生まれてきている、ということなのか‥‥。

CDを1枚も持っていない演奏家。

 1月ももう終わり。
 ゆうべ、今月最後のCD注文をポチった。

 内容は、夭折したルーマニアのピアニスト、ディヌ・リパッティのディスク2点、3枚。
Great Pianists of The 20th Century - LipattiChopin: Waltzes
 リパッティのレコードは、LP、CD通じて全く所有したこと、聴いたことがない。
 リパッティの録音で有名なもの‥‥シューマンとグリーグのピアノ協奏曲、それとショパンのワルツ集。
 注文した2点で、これらがみんな聴ける。

 そもそも、極めて有名な演奏家で、クラシック・ファンなら少なくとも数点は所持し、聴いておくべきというような演奏家のディスクで、1枚も持っていない、という演奏家はかなりある。

 だいぶん前に、文春新書『クラシックCDの名盤 演奏家篇』が取り上げている演奏家を、拙ブログで1人ずつ取り上げて、持っているCDのことなどを書こうかと思い、その皮切りに、同書で最初に来るアルトゥーロ・トスカニーニを取り上げた

 その際、CDは1枚も手許になく、江原啓之氏が推薦していた、ゼフィレッリ監督による『トスカニーニ 〜愛と情熱の日々』のVHSを挙げるだけであった。
 VHSテープは転居時に全て廃棄したので、今はそれもない。
 当該記事に書いたように、Testamentレーベルのブラームスと M&Aレーベルのワーグナーとは、ディスク不良によって廃棄せざるをえず、RCAの、最も知られた録音、レスピーギのローマ三部作は、楽曲自体がつまらなくて手放している。
 まるでトスカニーニのスタイルが好きでないことがCDに伝わるがごとく、不良プレスが手許に来る。

 というわけで、“超有名ながら1枚もCD持ってません”アーティストのトップがトスカニーニ。

 あと、いろいろ見てみると、指揮者では、メンゲルベルク、ヘルマン・シェルヘン、マタチッチ、カイルベルト、それからロシア系のマエストロ、コンドラシン、スヴェトラーノフ、ロジデストヴェンスキー(通称ロジェストヴェンスキー)といった人たちのディスクは、コンチェルトのバックですら、1枚もない‥‥が、指揮者はこうして見ると、著名なマエストロのディスクはけっこう持っている。

 ピアニストとなると、エトヴィン・フィッシャー、シュナーベル、ギーゼキングは古くて録音の点で手が出ないのだが、ヴィルヘルム・ケンプが、1枚もない。以前、バッハ・リサイタルが1枚あったけれど、手放している。
 他に、ハスキル、ギレリス、ミケランジェリが1枚もない。
 リパッティもなかったが、今回それを卒業の予定。

 ヴァイオリンのほうを見れば、クライスラー、ハイフェッツ、シゲティ、ミルシテイン、スターンといった大御所陣が、1枚もない。
 ハイフェッツはいちど、海外RCAの2枚組を Amazonで買ったのだったが(当時は2,000円未満でも送料無料)、ブックレットの表記に、なんとボズ・スキャッグズのページが紛れ込んでいたので返品した。
 スターンは、バルトークのソナタを買った記憶があるが、生活費に変わっている‥‥ザーキンとの旧盤に加え、ブロンフマンとの新盤も買ったかも。

 オイストラフは、数枚持っていたけれど、今残っているのは、メロディア原盤、米Mobile Fidelityがオーディオファイル向けにリリースした、フランクとショスタコーヴィチのソナタだけ。
 両曲ともピアノはリヒテルでライヴ録音、これなど今はちょっと稀少になっていて、オクだと4,880円とか付けて出す手合いがいる ― だれも入札しないけれど ― アイテムである。

 実際に、しっかりと「音楽を聴く」となれば、それなりに落ち着いた、そしてまとまった時間が必要なのであり、現今のCD約600枚というのは、そのリミットをもう超えてしまっているとも言える。

 今夕、コンサートホール原盤の、ペルルミュテールの弾くショパンのワルツ集(DENON)をポチろうかと迷っていたのだが、今手許にあるアリス=紗良オットのDG盤、ちょっと深い味わいに欠けるように感じていたものだが、聴いてみると、この曲集によく合った、いい演奏だとも感じ、置いておくことにしようかと思い、ペルルミュテール盤は、今回は断念した。

 このレコードは、小林利之『ステレオ名曲に聴く』(東京創元社、1973年増補第12版)には、
「ステレオでは、繊細な表情と洗練されたフレージングの美しさで語りかけるように弾くペルルミュテール(Con)のワルツがすばらしい味わいをみせた演奏です。」
とあって高評価。「ステレオでは…」とあるのは、リパッティ盤の紹介(絶賛)のあとに続くので、である。
 が、ほかのベスト盤選などにはまず挙げられることはない。

 気になる名盤は、まだまだあるが、しばらくCD代の倹約に努め、手許のライブラリーを聴きましょうかね〜。
 で、今夜はエーリヒ・クライバー/コンセルトヘボウで、ベートーヴェンの第5。
 第1楽章冒頭部分のネット試聴では、トスカニーニ風に快速で、ややもすると無味乾燥の嫌いが? と案じていたのに反し、終楽章のティンパニが凄まじく打ち込まれるところなども印象深く、懸念したキング盤の音質でも十分よさが伝わってきた。

 エーリヒ・クライバーは、私には初体験であった‥‥おっと、いや、昔、ステレオ録音の『フィガロ』を聴いたことがあったっけ。
 ポリドールの国内盤CDで、最高域がややヒリヒリする感じの音が気に入らず、序曲とそのあと数分聴いただけで放出。

 「Kleiber's performance of the Fifth symphony is one of the finest ever committed to record. The cumulative excitement of the opening movement is breathtaking, without any sense of over-driving or hysteria and the preparation of the finale is worthy of Toscanini. (下略)」
は、『The Second Penguin Guide to Bargain Records』の評でありま〜す。

モノのベートーヴェンを5点も…。

 対照的なキャラの、モノラル期のベートーヴェン録音を、CD5点、9枚購入。

フルトヴェングラーとクライバー

 一人は、フルトヴェングラー。もう一人は、ネット上を漁って気になってきた、パパ・クライバーである。

 フルトヴェングラーのベートーヴェンは、英EMIの Référencesシリーズ(元は仏EMIの企画で、「レファレンス」ではなくて「レフェランス」)のARTリマスター盤の全集と、1947年のライヴ、いわゆる‘復帰ライヴ’(DG)だけ持っていた。後者はO.I.B.P.化盤ではなく、シューマンの交響曲第4番をカップリングされた国内千円盤である。

 というより、フルトヴェングラーのディスクはこれだけしかない。
 まずは、‘CD漁りをするだけが楽しみ’の中で、対照的芸風の、エーリッヒ・クライバーのベートーヴェンに興味が湧き、ちょうど第3番『英雄』の、ウィーン・フィルを振った Decca盤が安くオクに出たので、ポチ。

 実のところは、高評価な『田園』が最も聴きたく、しかしこれのポリグラム(ユニバーサル)復刻のCDは、ちょっと高くて、そうしているうちに千円ほどで買えるキング盤の出ものがオクに出たので、音にやや懸念がありつつ、ポチった。

 それから、海外Warnerがリリースした、フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集。
 これはSACD化のためのリマスターとして、ワーナーに身売り直前の EMIが2010年に新たにリマスターしたもの、ということで、現在国内ワーナーから1枚もので出ているものと同マスターらしい。国内盤1枚分の価格で全集が手に入る。今回のは、中古ショップだったが、未開封品。
 どれもまだ主要楽章の冒頭部‥‥ほども聴けていないような状態だ。

 私自身は、ARTリマスター盤でもそうひどくないと思っていたけれど、ネット上の評価は低く、新マスター盤が安いうちに買って聴いてみようと思った。
 ART盤と比べると、高域が明瞭になり、一般にいう「音質改善」は十分聞き取れる。

 もっとも、明瞭化したことで、フルトヴェングラー音源をしばしば‘ありがたい’雰囲気にしている、「何ごとのおはしますかは知らねども…」的な?‘模糊’感が薄れ、ありがたみがなくなったという感触を抱く人もいるかもいしれない。
 ただこれは、ART盤も音の存在感が「薄い」と言われもするようなので、ワーナー盤が正解かと思うが、有名なイタリアEMI盤がやっぱりいい、というふうに感じる人もいるかもしれない(イタリア盤は未入手、未聴)。

 その他は、かの‘ウラニアのエロイカ’の、Tahra FURT 1031の未開封品が、1,300円弱であったので、購入。
 この44年のエロイカ、東芝盤と露メロディア盤を持っていたことがあり、先に東芝盤を手放し、メロディア盤を聴いていたが、若干ながらハムが入ったりするのもイヤだし、手放してしまっていた。
 FURT 1031、さすがにいい音だ。これは、ノイズ・リダクションを効かせすぎていて情報や迫力が薄れている、という指摘もあるけれど、バランスはよく、問題ないと思う。たしかに、冒頭から「晴朗」の印象がきわめて強いけれど、フルヴェンだから「晴朗」はおかしい、ということもないだろう。

 グラモフォン・レーベルの43年の第4、第5は、これは混濁した録音。
 第4番はライヴと聴衆なしの2種があるそうで、今回買った、第5とカップリングの POCG-30070は、前者とのこと。
 聴衆なしのほうは、コンラート・ハンゼンの弾くピアノ協奏曲第4番とカップリングのディスクとのこと。

 宇野氏、他『クラシックCDの名盤』(文春新書)で、中野 雄氏が推す第4、第5はこの43年録音。記事では「EMI」としている()けれど、東芝EMIのCDはユニコーン音源を使用していて、いつも参考にさせていただく Kenichi Ymagishi's Web Siteのこちらなどによれば、音質、出自などの点でユニコーン音源はもはや無効だろうということらしい。
 ※新版では「(G)」(= Deutsche Grammophon)になっている。追記。

 43年の第5は、Tahraがやはりいちばんいいのだそうだが、DGの国内盤(上記、POCG-30070)にした。Amazonマケプレの古書店から購入。
 帯の背部分の褪色が少しあり、それと、ライナーノートの中、「ドクター・フリードリヒ・シュナップ」に赤いボールペンでアンダーラインが引かれていたのだが、こっちはかえって面白い。シュナップは、帝国放送局で、フルトヴェングラーの戦時下録音を担当した技師である。

 このディスクに手を出したのは、『クラシック名盤 この1枚』(光文社文庫)に一人の一般のファンの方が興味深い文章を寄せているのを読んだことにもよる。

フルトヴェングラー、中身

 ワーナー外盤のボックスセットは、内袋がいちおうオリジナル・ジャケットになっている‥‥これをバラにして「紙ジャケ仕様」と書いてオク出品する人、出てくるな〜、きっと^^。

 ドイツグラモフォンの43年のは、他のいくつかの番号でも出ているはず。SHM-CDバージョンなんかもあるかも。
 ARTの全集セットは、オクで新品購入した時から第3番のディスクなどにキズがある。音には出ず、当時、出品者さんに連絡すると「前後のロットもすべてキズがある。返品または値下げで了承、どちらかで」ということで値下げしてもらったものだ。処分はしにくいな〜。

キングとポリドールの LONDON盤

 E.クライバーの『田園』も、『英雄』に合わせてポリドール/ユニバーサルの盤 ― POCL-4598と UCCD-9126の番号で出た ― が欲しかったのだが、オクの出品はなく、Amazonのマケプレでは1,400円くらいする。
 意外にも安いのは英Amazonの中古ショップの売る PolyGramリリースのCDである。

 しかし、外盤、ポリドール盤とも、CDはLP(LPは、たいていの場合キングレコードの国内盤のことをいっていることが多い)の持っていた音の潤いに欠ける、という評が多く、躊躇しているうちにキングレコードの「ロンドン不滅の名盤」シリーズで出た、250E-1187が、980円で出品されたので、ポチった。

 このリリースの情報は、ネット上にほとんどない。
 一般に、CD化してからは、英Decca音源のCDは、キングレコードのリリースよりポリグラム(ポリドール、ユニバーサル)のリリースのほうがよいとされているようだが、キングのリリースした LONDONレーベルのCDは、ことステレオ音源に関してはポリグラムより格段に悪いとはいえず、むしろポリドール盤が高域のまろやかさに欠けるのに対して、バランスがいいように感じるものもある。

 それで、モントゥーの『ダフニスとクロエ』やシベリウスの2番、バーンスタインの『大地の歌』などは、キング盤をずっと持っている。

 今回の E.クライバーは、ポリグラム盤で入手したウィーン・フィルとの『エロイカ』が1955年、キング盤の第5、第6番(コンセルトヘボウ)が1953年と条件が異なるのが、やはり『エロイカ』のほうが高域が明るく、混濁・歪みが少ない音だ。

 ちょうど、手持ちのカール・シューリヒトの Decca音源では、ブラームスの第2番はポリグラムで、シューマンの第2番と第3番『ライン』の1枚はキング、という形になっているのと同じようなことになった。
 シューリヒトのほうは、シューマンの第3番『ライン』がポリグラムからは単独で発売されなかったからこうなっているのである(2枚とも、ボックスセットを買った弟からもらってきたものだ ;;)。
 という次第で、同じような‘ズレ’が発生してしまった。そのうちポリグラム盤か海外PolyGram盤を買って比較したいけれど、今は予算が‥‥。

 もっともコスト/パーフォーマンスのよいのは、現在まだ新品が手に入る、Deccaの E.クライバーの12CDボックスセットに違いないけれど、フルトヴェングラーも都合CD8枚、ワルターも9枚という状況で、エーリッヒ・クライバー 12枚、というのもアンバランスだ。それに、そんなにファンというわけでもない。

 キング盤を聴いてみると、ポリグラム盤の『エロイカ』よりカッティング・レヴェルが低く、CDプレーヤーのヘッドフォン端子ではゲインが不足して、よくわからない。
 アンプ+スピーカーで聴くと、やはり高域の輝きが少なく混濁感があるが、音の厚みはポリグラムよりいいかもしれない。
 演奏は、試聴ファイルで聴いていたとおり、どれも颯爽としている。第5は、こちらの体調・気分によってはそっけなさすぎるように聞こえる。
 これから聴き込まないと。

 モノーラル録音のベートーヴェンばかり、5点9枚も購入した。
 今回試聴して、モノ盤は定位が常にやや左に寄る環境(なので、Rotel RE-5SEで、反対になった時、慌てた)であるにもかかわらず、ヴァイオリンのラインが浮き出るのが、右のほうのように感じられたので、あれっと思った。

 アンプの(接点以外の)劣化などは考えにくく、ただ、スピーカーはここ1年はずっと今の左右配当で聴いているので、トゥイーターの、劣化というより「こなれ」の差が出てきた可能性はある。
 が、音源が変わり、ひとつの音源でも音域や音のキャラによって左右いろいろに飛ぶ感じはするので、部屋の環境の影響は大きいと思われる。
 フルトヴェングラーのマスタリングの評価で、「若干ステレオ効果を持たせている」、「疑似ステレオである」と評されるものがけっこうあるが、これはレビュアーの部屋の影響の可能性が高く、ヘッドフォンで聴くとだいたい真ん中に収まる。

三連休です〜‥‥。

 ‥‥この金・土・日は、センター試験とその直前日なので、当方、三連休。

 昨年末に靴に大枚をはたいて、お高い靴を新調したおかげだろう、足指はしっかりサポートされて歩きやすくなり、歩行中も家でも、注意すれば足指がつることは激減している。

 反対に、それゆえか知らずしらずのうちにトットコトットコと遠慮なく歩いていることもあってか、ここ数年ずっと痛み出している、右の膝頭の痛みがひどくなっている。
 ある部分に負担がかかると、ビビッと痛む。とくに新室に越してからは、バスルーム入り口に段差があるので、右足から踏み出すと「いてっ!」となる。

 そういうのって、何か‘効く’食べ物とかあるんだろうか、と、野口整体からいうと無意味な探索心が起こり、ググると、「ウナギと桜エビ」が出てきた。
 という次第で、ここ数年口にしていない(はずの)ウナギの蒲焼(もち、中国産)2食分で1,023円のパックを買ってきました。

 その1日前の夕飯は、ほぼオール百均のメニュー。

百均ピラフ、ほか

 ピラフとミネストローネは、ローソンストア100のお品。ピラフには、あらかじめ炒めたニンニクとマイタケを混ぜる。
 ミネストローネ(バリューローソン・ブランドで、製造はニチレイ)にもマイタケを加えて小鍋で加熱。
 同じショップでトマトとたまねぎサラダも買って、半分を食卓にのぼせているので、これでも300円ほどかかっている計算になる。
 もちろん、このあと、菓子パンをちょっとずつカットして、コーヒーでデザート^^。

ヴァイオリンのCD

 年末から最近にかけて、ヴァイオリンのCDをかなりゲットしている。

 写真は、左上が、サルヴァトーレ・アッカルドの弾くベートーヴェンのコンチェルト。
 バックは、ジュリーニ指揮のスカラ座フィル。ジュリーニ/スカラ座のベートーヴェン交響曲集に入ったのかなと思ったら、入っていないので(といって交響曲集は買わないと思うが…)単独で購入。ヤフオク! で安かった。
 悠然たる演奏で、ちょっとディスク全体として音が硬いような気がするが、立派な演奏。

 右上のは、Sonyの、ロベール・カサドシュのエディションの中の、フランチェスカッティと演奏したフォーレのヴァイオリン・ソナタ。
 これは内容が全く同じものが国内廉価盤でずっと入手可能だが、安かったので落札。
 モノラルではあるが、評判どおりの美音。ただしまだ熟聴に至ってません;;。
 カルヴェ四重奏団とのピアノ四重奏曲第1番は、SP復刻のようで、ノイズが大きいけれど聴ける音だし、よい演奏のようだ。これは EMIも音源を持っているらしい。

 手前右は、ミシェル・オークレールの弾く、モーツァルトの協奏曲第4番+第5番(PHILIPS)。
 PHILIPSには、このヴァイオリニストのステレオ録音が、CDで3枚分あって、まずフォノグラムから3枚組が出て、これは買ったことがあるのだが、じつはそれほど感銘しなかった記憶がある。
 とくに、オッテルロー/ウィーン交響楽団がバックのブラームスは、事情でソロとオケとが別どりされた、つまりソリストは‘カラオケ収録’せざるをえないセッションだったとかの情報を読んで、すっかり興ざめしたのだった。

 この3枚組は、最近タワーレコードがリマスターの上復刻している。
 この間に、ユニバーサルが2種ほどのパッケージで、単発CDとして出していて、このうち、いわゆるメン/チャイは買ったのだが、どうもヴァイオリンの定位があまりよくなく聞こえ、演奏自体もそんなに魅力的とは感じなかったので手放し、モーツァルトの協奏曲2曲を入れた単発盤がいちばん欲しかったのだが、それが送料込みでも1,000円未満だったので、買った。

 オークレールのディスクは、ボベスコなどと同じく、そんなに稀少価値のない ― そもそもCDは、デジタル・コピーファイルに過ぎない ― ものでもトンでもな開始価格を付ける出品者が多いのだが、安いので入札。
 たぶんこ れがまだ在庫しているからだろうか(の状態でバカ高の出品も多いのだけれど)。

 モーツァルトのヴァイオリン協奏曲は、グリュミオー/デイヴィスの全集を持っていて、すばらしい演奏なのだが、やや元気に突進しすぎる感じが、テンポの面だけだが感じられて、もう少しゆっくりした演奏が聴きたかった。
 オークレールの演奏はそういう要求には合うが、「清楚」というのとも違う。

 左手前は、チョン/デュトワ盤だけではちょっと淋しい、メン/チャイをもう1枚、ということで、オーギュスタン・デュメー(フランス語には二重母音はないので、「デュメイ」表記はおかしいと思い、「デュメー」。こう表記する書籍、サイトはないですねえ)と、夭折したブルガリアのマエストロ、エミール・チャカロフの演奏による EMI盤を。

 ワーナーからの出し直しもあるが、EMIの最廉価シリーズ RED LINEの、国内盤帯付きが安かったので、ポチり。
 購入の参考にもさせてもらった、こちらのブログ記事に、「デュメイの鼻息(溜め息?吐息?あるいはうなり声?)が相当入っていますので、初めは面食らいました」とある。

 実際、ヴァイオリンのまさに‘美音’の合間に、「シュ‥‥シュッ」というノイズがずっと聞こえ、ただし演奏がすばらしいので、すぐに気にならなくなるのだが、入っていることは入っている。
 これは、左手の運指の際の摩擦音だろう(参考。「息だ」という解答は、弦楽器の場合は間違いだろう)。ギターだと、「キュッキュッ」という感じで入る、あれ。

 このCD、チャイコフスキーのほうが名演として支持されているが、とりあえずメンデルスゾーンのほうを聴いた。
 気持ちを込めつつ、型が崩れない。
 この曲、ほかにもハイフェッツ、スターン、シュナイダーハン、と高評価の録音が多く、ヨハンナ・マルツィなども安ければ買ってみたい気もするのだが、とりあえずはチョン・キョンファとデュメーとでOK、かな。

 ベートーヴェンの協奏曲も、2枚め(1枚だけあるのはシェリング/シュミット=イッセルシュテット盤)はチョン/テンシュテットのディスクにしようかとも思ったけれど、アッカルドにした。

 そのチョンのCD、今日、フランクのヴァイオリン・ソナタを聴いた。
 今まで、音がキレイなだけで、それ以上のものをあまり感じなかったディスクだったが、今日は実にいろいろなものが聞こえてきて、そして極-美音。
 使っているオーディオ・セットが、聴けば聴くほどそのよさを現わしてくる、などというのは、人生でも初めての経験かもしれない。

 今夜は、このあと、ヴァント/シカゴ響によるブラームスの交響曲第1番を聴いた。
 デジタル録音ではあっても、仏RCAの2枚組“Artistes Répertoires”シリーズのディスクは、低域を若干ブーストしている気味がある。
 アンプのトーンコンで、高域も低域も若干落とし、バランス・コントロールでわずかに右に寄せ、音量も抑え気味にして聴くと、やっとよさがわかってきた、ような‥‥ヴァイオリンがとても美しい音色だ。

 フィナーレのコーダの金管は、いつもながら超-大音量で吹き上げすぎていて、さすがにちょっとボリュームを抑え‥‥たけれど、お隣に響いたかな〜。

 さて、フランクのヴァイオリン・ソナタは、これまた激安出品の、ボベスコ/ジャンティの PHILIPS盤(千円盤。これも数千円で出品する人がいる)を落札して、到着待ち。日本録音のやつである。TELARCのジャック・レナーが録音の指揮を執り、日本フォノグラムのチームが録った、というデジタル録音集からの1枚。

 ヤフオク! は、見飽きはしないけれど、全般に開始価格が高すぎること、安いものは、ひとつはセットものの分売で、これを「紙ジャケ」と称しているけれど、あれは「内袋」に過ぎない。
 よほどスペースをセーヴして多くの枚数を持ちたいという人でもなければ、いったん購入すれば次の換金価値はまずゼロ、という‘分売紙ジャケ’盤には、なんの魅力もない‥‥例外を言えば、単独CD化の存在しない、たとえば英Deccaのボイド・ニール弦楽合奏団のヘンデル、あたりか。

 もうひとつ、日本国内のセット企画ものの分売が多過ぎることだ。これらの中には、オリジナル盤が消えて高騰している、たとえば英IMPのCDなどもあるにはあるが、殺風景極まりないブックレット表紙デザインであり、こういうものを「未開封」としていくら出されても、Amazonのほう、とくに英Amazon.co.ukでは、オリジナルのCDの中古が、激安のまま多種在庫しているので、そちらに行ってしまう。

 ‥‥ということで、今度は、イギリスの名ピアニスト、モーラ・リンパニー女史のディスクを、まとめて3枚ほど(送料含め、合計で2,000円行かない)注文しようかと思ったが、あ〜まりに新着ディスクが多く、しかも未聴のまま残っていることと、今後の減収(2〜3月はほぼ失業状態になる)を考えて、取りやめ。

 ウナギはおいしくいただきました〜。

CD、買い換えの予定が…。

 このところ靴は新調するわ、その他もろもろの納付もするわ、で、11月末の振込み額もアッとも言わない間に年内の生活費ぎりぎりまで減った。

 それでもまだ、ちょいちょいCDをヤフオクで。
 安くて、そこそこ稀少品なのに、だれも入札しないものを選んで、ちょっと。

 全体には、オクの開始価格はもう高過ぎである。だれも見向きもしないような額。
 自分の今までを振り返って、時間は光速でスッ飛んでいくなぁ、と感じるのだが、高すぎる価格で出品している大半の出品、たぶんだれも入札しないまま再出品を繰り返し、気がついたら出品者の人生が終わりに近づいている、というようなケースがほとんどなんじゃないか、と思ったりする。

 ところで‥‥ミュンシュ指揮パリ管弦楽団のブラームス:交響曲第1番など、爆演型のうるさい音楽を聴くことがちょっとつらくなっているので、手放そうと考えていると、こ こに書いた。

爆演タイプから静演タイプに。

 ということで、ブラームスは、以前いちど購入し、ややインパクトが低かったので、生活費に窮した際に処分した、C.デイヴィス/バイエルン放送響のセット(RCA、5CD。ゲルハルト・オピッツの弾くピアノ協奏曲、竹澤恭子の弾くヴァイオリン協奏曲も収録)を、マーラーの『千人』は、小澤盤を揃えてみた。

 久しぶりに聴くデイヴィス/バイエルンのブラームスは、じつに穏和かつそこそこ重厚。交響曲第1番を聴いていて、ミュンシュ盤のティンパニの轟音も、ヴァント/シカゴ響盤の金管の咆哮もなく、ちょっと居眠りしてしまった;;。

 そこで、デイヴィスのも落ち着いた演奏が聴きたいときに最適だが、ミュンシュ/パリ管の‘爆演’CDも、こういう演奏が聴きたくなることもあるかも、と考え直した。

 テンシュテットのライヴの『千人の交響曲』は、ケネス・リーゲルの‘吼え声’がどうしようもなく聴きづらいのだけれど、今日ちょっとその部分を聴いてみたら、全く聴いていられないほど耳障りという感じでもなく、‘ライヴの力演’と捉えることもできなくはない、と思い、演奏の「一期一会」的貴重さも考えて、こういう音楽も‘心の糧’になる時があるだろう、と思い、置いておくことにしようかな、と考え直した。

 リーゲルの歌唱については、米Amazon.comのカスタマーレビューのひとつが、
「Worst by far is Kenneth Riegel, by this stage of his career virtually screeching and bereft of what little beauty of tone his harsh tenor ever possessed(どうにも最悪なのはケネス・リーゲルで、美しさのかけらも残していない金切り声は、彼の歌唱として今までありえないものだ)」、「If only Riegel barked less and the singing in general were more majestic(ただリーゲルの吼え声さえより少なかったら、声楽全体はもっと素晴らしかっただろう)」と言っているのに、同感。

 静かに、曲そのものを楽しみたい場合は小澤盤を聴きましょう。

 もう2ヶ月ほど前になるけれど、ポップスも買ってます;;。

ポップスのCD群。

 紙ジャケが3点、坂本冬美さんは厚めのデジパックである。

 ビートルズは‥‥よくわかりません(笑;;)。1枚あっても、と『ラバー・ソウル』を。まだ東芝EMIだったころの盤。この『ラバー』って、あの樹脂のラバーなんですねえ。
 コールドプレイは、このバンドは初めて‥‥というか、ロックのバンドなんて知りません。ひたすらこちらを頼りに、「ポップスもちょっと漁ってみっか」とオクと Amazonを検索して4枚。

 その上記サイトで第1位ということで、オアシスの『(What's The Story) Morning Glory?』、通称「モーニング・グローリー」の、念入りにも紙ジャケ・リマスター盤を、Amazonのショップで、新品をちょっと安く購入。
 こっれがまた、超-うっるさい音楽なのである。隣室に気がねして音量を抑えざるをえず、そうすると迫力不足。
 でありながら、何か捨てがたい、懐かしさを感じさせる‘歌謡風な’メロディーも多い。
 う〜ん、これもミュンシュのブラ1同様、聴きたい時のために置いておきますか。

 サウンドの好みからいえば、ブライアン・イーノが参加しているコールドプレイの音が、いちばん肌に合いそうだ。
 坂本冬美さんのアルバムは、ベートーヴェン原曲(『エリーゼのために』)の『情熱の花』だけが聴きたくて買ったようなもの。

 さてさて、ネット上を、オク、Amazon、そして音楽に造詣の深い方々の書いている諸ブログ、諸サイトを渉猟していると、まだまだ欲しいCDが現われてくるけれど、いろいろまだ生活費や公的納付が追ってくる中、この辺にしておきましょうかね…。

セットものCDの買い換え。

 ドン欲に買い込んだ、とくに海外激安セットのCD、いろいろリマスターの音質に「?」が湧いてきて、はや買い直しをしている。

買い直し激安セット

 これらは、Sonyが BMG/RCAを合併したあと、Sonyと RCAのレーベルで、定評の高い名盤をセットにして再発したもの。
 タワーレコードのサイトには、「※ベルリンのb-sharpスタジオにて、24ビット/88.2KHzリマスタリングを行い、よりマスターテープに忠実で伸びやかなサウンドを実現しています」とある。

 B-sharpスタジオというのは、Facebookで検索され、別には Adam Audioというスピーカーのブランドも噛んでいるような。
 少なくとも欧Sonyの一部ではないのかもしれない。
 こ こにすでに書いているように、コリン・デイヴィス/シュターツカペレ・ドレスデンによるシューベルト交響曲全集を、このセットで求め、高域のヴァイオリンのラインが強調されすぎで、ちょっと聴きづらい感じがして、旧セットのほうがよかったかな〜、と書いているけれど、それがそこそこの値段でオクに出たので、落札した。

 その前に、同じシリーズで出た、ブルーノ・ワルターのモーツァルト集 6CDを、Amazonから海外ショップに注文し、1週間ほどで到着して喜んで聴いてみたところ、これも高域のヴァイオリン・ラインが強調され、その割りに音場の拡がりが感じられず、「こりゃちょっと聴き続ける気がしないな〜」と落胆していた。

 こちらもネットオクで、早い時期の国内盤 CSCR-8341/2の2枚組を、帯のある出品を落札した。
 このセット、タワーにまだデータが残っていて、1990年12月発売とのことなので、もう四半世紀前のCDなのである。

 SBMなどの表示はないが、ブックレットにはわが国録音技師の草分け、若林駿介氏によるワルターのセッションに触れた体験の、興味深いエッセイが掲載されており、そこには、当ディスクは「(オリジナルの)3チャンネルのマスターテープを使い、録音以来約四半世紀ぶりにディレクターのマックルーア氏の手によってCD用に新しくトラックダウンされたものだ」と書かれている。
 出品者によっては、これがあるだけで数千円の開始価格にする人もいるかもしれない。

 聴いてみると、新しい Sonyの24ビットのセットよりも、ずっと落ち着いた音がする。が、トレードオフで、高域はややくすみ、テープヒスは若干多めな感じもある。
 全体としては、新しい24ビットのセットで聴く気がしない。他のリマスター・ヴァージョンも気になるが、とりあえずは ― 第25、第29番などと、『アイネ・クライネ…』がなくなるだけで、こちらの国内盤が「正解」、な気がする。

 デイヴィスのシューベルトも、明らかに Sony合併前のセットのほうが明らかに自然な高域が聴ける。
 例外的には、「ハ長調大交響曲(ザ・グレート)」は、24ビットの新盤のほうが、オーケストラのスケール感と彫りの深さで、優れるようだ。
 これはたぶん、「ザ・グレート」は編成が大きいので響きが混濁気味になりやすく、高域を若干持ち上げたほうが全体の見通しがよくなるためではないかと思う。
 『未完成』も同じかもしれないが、まだ聴いていない。

 両方置いておくことはちょっとできかねるので、新盤を手放す予定だ。

 写真、いちばん下のは、ブダペスト弦楽四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集。
 これは、手ごろな価格で買える別マスタリング盤がない。唯一、国内Sony盤のセットがあるけれど、オクで数千円する。これは、元の定価が高かったからしようがない。
 これも24ビット盤は高域がキツめだが、各声部1人であることもあり、アンプのトーンコンで高音を少し絞れば聴けないことはないし、古い録音の混濁感は免れている。

 いつもながら、新リマスター盤を期待をもって買うと ― いや、だいたいは安いからだが ― こういう仕儀とあいなる。
 「演奏」も「マスタリング」も、機器選定に劣らず、納得のいく音楽鑑賞には厄介な問題としてついてまわる(‥‥楽しみでもある、かな)。

 この24ビット・リマスター・シリーズは、旧CDの音が平板だったり、混濁感のあるマスタリングであった音源の場合は、奏功しているかもしれない。
 思いつくところ‥‥クーベリック/バイエルン放送交響楽団のセット、は如何だろう。
 モーツァルト、ブルックナー、シューマンと、CDではたいへん平板な音だった記憶がある。

『音楽への愛と感謝』

 これは、詩人で、独・仏文学者であり、登山愛好家でもあった、尾崎喜八の『音楽への愛と感謝』。
 左が、初版の新潮社版、右が、先日手に入れた平凡社ライブラリー版。

 クラシックに関する随筆集で、クラシック好きには捨てがたい魅力のある一冊だ。
 21平米の狭い部屋につき、四六判の上製本はできるだけ廃棄する方針なので、やや大きめだが文庫に準じるサイズの平凡社版に買い換え。

ハイドンの交響曲で、2セット!

 ハイドンの交響曲で、気に入ったレコードを探すのは、とてもむずかしい。

 先日、アバドの4枚組がどうにもしっくり来ず、どうしようかとネット上を漁りながら考えあぐねた挙句、シギスヴァルト・クイケン/ラ・プティット・バンドによる《ロンドン・セット(ザロモン・セット)》4枚組が、文春新書で福島氏、宇野氏の高評価もあり、古楽器で演奏したホグウッド盤がきわめてよかったこともあって、ネットオクで、定価の約半額できれいな盤をゲット。

 もうひとつ、8年前に一度購入するも、現代オケの厚いサウンドが、急速楽章の強奏部で、そうとううるさく感じて手放してしまっていた、クレンペラーの EMI 3枚組も、ネットオクで購入。

クイケンとクレンペラーのハイドン

 クイケンのセットは、どれを最初に聴いたか ― 到着した日の帰宅後、深夜だったのでヘッドフォンで ― 忘れたけれど、じつにいい演奏だと思った

 ホグウッドの聴かせるヒューモアにはいささか欠けるものの、緩徐な弱奏部の、考え抜かれて、しかも神経質でない繊細さ、声部のかけあいにおいて、どの声部も意味をもって演奏される、等々‥‥聴いていると、ハイドンの交響曲ってこんなに楽しい楽章の集まりだったのか、と初めて認識される思いだった。

 この経験をしてから、8年ぶりにクレンペラーの重い演奏を聴くと‥‥「重い」というのはむしろ思い込みで、全ての楽想に意味を吹き込み、緩徐な部分の安らぎ感もとても深く、クイケンとは異なる形で非常に繊細な演奏であることが聞こえてくる。

 クレンペラーの『軍隊』は、第2楽章の‘軍楽’も盛大に鳴らすけれど、基本はじつに繊細であり、トライアングルが全体を圧して鳴り響くさまは、意外にも、MJQの『たそがれのヴェニス』における、コニー・ケイの演奏を思い出させた。
 全曲聴き終わって、「あ〜、聴いたぁ」という実感である。

 この2者を聴いてからアバドのセットから1曲、なんでもいいから聴いてみると、アバドの演奏が、ベートーヴェンをやる時に有効なタイプの「指揮者の感情移入」によってなされているように聞こえて、「これは違う!」と思った。
 ただし、客観的にはいい演奏だろう。

 こちらに載せたCDのうち、デイヴィス、ロペス・コボス、チェリビダッケは、すでに売却している。
 これらも客観的にはよい演奏のディスクだと思う。
 チェリは、クレンペラーと同じ点は楽曲に感情移入しないところであり、その辺で「市民広場」のような交響曲を聞かせてくれるところがよかったのだが、何といってもテンポが遅すぎるところに指揮者の「我」が顕示されすぎ、クレンペラーのほうで聴いていこうかと思った。

 クレンペラーは、マーラーですらロマン的感情移入を避ける指揮者で、実演で同時代音楽を積極的に取り上げたというが、その辺のスピリットがハイドンに合うのかもしれない。

 クイケンのディスクは、今はオリジナルのアルバム(5枚)では、内外盤とも揃えにくそうだ。
 BMGジャパンで独自に《ロンドン・セット》をまとめてリマスター、廉価発売したもの(BVCD-38136〜39)は至便であり、米Amazon.comでも英Amazon.co.ukでも高評価(英Amazonには、米Amazonのレビュー 3件が転載されている)であり、欧米のリスナーも、輸入盤で若干高価になるようだが、このセットを重宝していることがわかる。

 レビューには、日本語解説しかないことを残念がる行文も見える。
 いちおう「96kHz/24bit Remastering using JVC K2 Technology」となっている。
 高域はキラめき気味だが、これは古楽器オケ特有の響きであり、とくにリマスターで強調したものではなさそうだ。

 ‥‥という次第で、アバド盤は手放す方向だが、‘苦手な’ハイドンの交響曲ばかりで手許に計8枚もCDが揃った。あれま〜。

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F.デヴィッド ピート
‘シンクロニシティ’を可能なかぎり、‘トンデモ’から離れて説いた良心的な一書。
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