IWC脱退、とか…。

 いつものように‥‥いや、講習期なので、約1時間早く帰宅できるので、だいたい頭から、《荻上チキ Session-22》(TBSラジオ、AM)を聞き始めることができている。
 いつもながら尖鋭だが、この番組が特異的に尖鋭なのは、じつにこの国の後進性マルわかりなところでもある。

 今夜(20日夜)のニュースの項目から、日本の IWCからの脱退決定(加入は1951年=67年間加入)を報じ、コメンテーターの言も含め、「安倍首相の国際協調路線と違うし、脱退は国民の大多数意見でもないだろうに、だいじょうぶ?」という具合に、マイナス評価的だった。

 政府の側に百歩譲って言えば、反捕鯨的感情論が占拠している IWC内では、もはや日本の立場の理解を得ることなど不能、というような感じだ。

FNN

 上のスクリーンショットは、FNN PRIMEの記事で、「世界と対立…」というタイトルながら、全体としては IWCの「機能不全」を批判し、「89カ国が加盟する、国際機関からの脱退は、日本の捕鯨文化を守るための異例の決断といえる」と、支持方向だ。
 「道の駅」で鯨を食べた人の感想としても「(国際的な)周りとのつながりをとるか、日本の伝統をとるか」なんてのを取り上げている。

 この「FNN」は「Fuji News Network」なので、フジ・サンケイ系の、つまり産経新聞系の臭気は強い。
 “本家”?の『産経新聞』「産経抄・正論」

産経抄

では、「感情論に振り回されたIWC 脱退は正常化の出発点」と、さらに後押し調だ。

 じっさい、ノルウェーやアイスランドはすでに IWCを脱退ないし脱退同然の形になっており、では、これらの国がキ○○ョーセンのように国際社会から孤立した独善路線を歩んでいると見なされているかというと、全然そうではないわけだし(その辺、チキ氏とコメンテーターは言及せず)、何も一方的に IWCさまさまで合意ばかりするというのが筋でもないとは思うのだが、では、商業捕鯨保護・育成の、意味というのは何なのだろうか、というところが気になってくる。

 それを考えていて、こちらのブログ記事に逢着した。

mazemazeinfo.work

 新聞系よりも主観的にコミットしない姿勢が、むしろ面白いのだが、ここに引用されている、映画監督・森 達也氏のツイートが、目を惹いた。

森達也ツイート

 曰く、「5000トン以上の鯨肉が冷凍のまま備蓄されている。需要はほぼない。商業捕鯨を再開する理由は何か。捕鯨がナショナリズムのアイコンになっている。だから引けない。」
 FNN、産経が“強力あと押し”していることからわかるように、自民党捕鯨議連の議員たちを中心に、経済合理性や多くの民意とはかなり乖離したところで、「捕鯨文化を守らなければ!」という感情的イデオロギーが、IWCからの脱退にまで至らせた、という感触が濃厚だ‥‥まさかあの太地町漁協が、そんな政治力を持っていた、ということはないだろうし。

 わが国の捕鯨文化は守らなくては、という趣旨のブログ記事を見ると、たいていは「ウヨ」系だし、IWCなどの言説を、欧米の感情的反捕鯨論、と非難している。
 その語調は、先方の感情的反捕鯨論の上を行くほど超感情的-反-反捕鯨論なのである。

 上に見た森氏の言にもある、また《Session》のコメンテーターの言にもあったのだが、捕鯨は、ビジネスとしてそんなにペイする、あるいは将来性が見込めるものなのか?

 捕鯨船の修復などには、かなりの予算が必要なはずだが(「調査捕鯨は、現在でも水産庁所管財団法人の「日本鯨類研究所(鯨研)」のもとで年間45億から50億円規模の予算で例年二回…」Wikipedia 日本の捕鯨)、このところ、LGBT対策に予算を投じすぎでは? などという国会議員の発言もあるのだから、こちらも検証の対象でなくてはなるまい。

 率直に言って、捕鯨や対IWCの問題は、ある種どうでもよさそうなところを感じるのである。
 が、文化イデオロギーのために国際団体から脱退するという選択が、国民の大多数も関知しないままに行なわれ、報道も「感情的な欧米の反捕鯨主義に、敢然と意思表明をした」部分ばかり見ていると、どうもヘンだな、という感を強くする。

 ビジネスとしての推進の必然性がないのに、「変えることができない=変えてはならない」という理由で変えない、というなら、これはこの国の原発政策とどれほど酷似していることだろう
 もはや諸外国がソッポを向きだした原発を、「わが国の高い技術で」と、なお売り込む路線に固執し続ける政府

 IWCは、くり返すが小さいことかもしれない。
 こんな間にも、水道民営化法も、カジノ法も、高額なイージス・アショア購入も決定・施行されてゆく。
 イージス・アショアは、額に見合う効果が疑問視されるだけでなく、強力な電磁波放射による国民の健康被害が懸念される‥‥いやむしろ、通信・エレクトロニクス系に大障害が出て問題になったら、私は面白いと思っているのだが。

 ともかく、今の「安倍一強体制」は、こういった諸事項を、問答無用で可決・施行してはばからない体制であり、有権者はほんとうにこれらを望んでいるのだろうか、不審至極だ。
 野党に対し「期待薄」という批判も懸念もある。が、この国でい〜っちばん「期待薄」なのは、「有権者」である

SRWare Iron ‥‥起動直前にアイコンが…。

 現用ブラウザは、SRWare Ironである。

 Chromeを独自にレンダリングしたもの、ということだが、自動アップデートはしない ― 裏技的アップデート・ツールはあるらしいが ― ので、時どき開発サイトに行ってダウンロードして上書きインストールをするのだが、現行バージョンは、70.0.3650.1。

 ひとつ(たぶん)前のバージョンとは、やや外観、とくにタブのトップが変わり、角が丸くなったような…。
 動作の感触は、これもやや、しかし顕著に速くなったような気がする。

 が‥‥べつにそう困ったことではないのだが、起動時、というかアイコンをクリックして起動直前、デスクトップ上の他のほとんどのアイコンが、タスクトレイ上のクイック起動アイコンも含め、真っ白になる。

SRWareIron 70起動直前

 何か、今までになかったキャッシュ・メモリの消費などが起こるのだろうか。
 この現象は、パソコンの起動ないし休止から復帰後、最初のSRWare Ironの起動時にのみ起こり、2度めからは、起きていても、SRWare Ironの起動そのものがすぐなので、この光景は見えない。

 ま、ブラウジング自体が快適になれば、些事ではあります。

 そうそう、以前のバージョンでは、Googleの検索結果によく表示された「現在お使いの Chrome は古いバージョンです」というのは、最近は出なくなっている。

[後記]
 アイコンの消失、ちょっと目だたなくなってきました^^。

ベームのモーツァルトも、買い換え。

 先日、カール・シューリヒトのコンサートホール音源を、同じ DENON/日本コロムビア盤で、タワーレコード企画のリマスター復刻から、日本コロムビア旧盤に買い換えた。

 そうなると、気になるのは、ベーム/ベルリン・フィルのDG音源。

 全集および後期六大交響曲(ORIGINALS)ともにO.I.B.P.リマスターが施され ― 全集も同じなのかは、未確認 ― ているのだが、これが、高域が、よく言えばコク・ザラつき感が出て、アナログ感が増しているのだけれど、正直なところ荒く耳障りになっていて、オーケストラがやたら大編成になったように聞こえる。

 そういう音は、ブラームスやマーラーなど、ロマン派の大編成楽曲なら合うのだが、ハイドン、モーツァルトなど、そしてベートーヴェンでもその一部の楽曲では、合わない。
 古楽器オーケストラでなくとも、古典派の楽曲では弦のメンバー数 ― プルト数? ― を若干は減らしている‥‥かどうかは無知にして知らないのだが、少なくともマーラーやチャイコフスキーの交響曲を演奏する時よりは小編成にするのではないかと思う。

 で、O.I.B.P.化された後期六大交響曲 ― 私が入手できたのは、米盤だった ― は、ちょっと、いやかなり聴きづらい。
 そこで、リマスター前の、手ごろな盤を探すと、まだポリドールがユニバーサルになる前、規格も POCGではなく、F○○G だったころの、『モーツァルト 9大交響曲』(F90G 20131/3)というのが出ていて、オク上のブックオフなどが数点出品している中、帯つきのものを買った。

ベームのモーツァルト

 ゆうパケット配達だったので、日曜の今日、届き。数トラック聴き比べてみたが、旧マスタリングは、いわゆる「CDっぽい」ツルんとした音の傾向だが、ヴァイオリンは明瞭につややかで、中声部・低域声部の動きも若干明瞭なように感じた。

 これは、旧マスタリングを残すのがベター。「9大交響曲」と称するのは、「6大」に、第25番、第31番『パリ』、第32番の3曲が加わっているから。
 エルネスト・ブールの5枚組セットには、第21番、第28番、第29番、第33番(以上、ベーム『9大』にないもの)があって、あわせるとかなりの曲数、聴くことができる。
 が、有名でない曲は、やはりそれなりの風格しかない、とは言わざるをえない。

 帯のついたセットを出品していたのは、宮城県大崎・古川大宮のブックオフ。
 宮城県大崎市ってどこ?‥‥と見てみると、う〜ん、フクイチにけっこう近い;;;。
 と、こういう言い方をするだけで、いわゆる“風評被害”にほとんど直結してしまうのが、2011年3月11日以後の日本、である。

 CDなんて、ケースの中に保管されているディスク類なのだから、ふつうのゴミでさえ付着しにくいのだから、放射性のゴミも付着しがたいはずであって、不安になることはないのだが、それに元のオーナーの所在地なんてわからないのだから、気にするまでもないのだが、それでもやっぱり‥‥。

 こういう言い方はよろしくない、と思いつつ‥‥。
 ちなみに、大崎市は現在も、野生の(ということは露地栽培も?)キノコ類の出荷が禁止されているようだ。

 まったくこんなテキストは書きたくないのだが‥‥い〜っくら平和ボケの戦後憲法が安全保障においてボンクラだったと言っても、外国からわが国の領土侵犯を受けたことは、ない。
 この日本の領土を、初めて侵犯し、その一部を国民から奪ったのは、ほかでもない東京電力であり、原子力発電所だったのだ。

 おっと‥‥トピックが変わっちゃった。

お蔭さまでオク終了。

 さて、積み上げたアンプの箱も、半分に^^ ;;;。

アンプの箱

 ラックには、Marantz PM6005がもどり、スイートな ― 高域は相変わらずちょっとクールながら ― 音を聴かせてくれていて、「やっぱりこの音がよかったんだなー」と思うこと頻りの日々でありま〜す。

 Luxmanの電源コードと Cambridge CXA60は、お蔭さまで無事オク上で落札され、積み上げられたアンプの箱は半分(!)になった。

 さすがというべきか、価格もあるだろうし、気軽に交換できることもあってか、Luxmanの電源コードは入札目白押しで、競り上げてもらった。
 対するに、アンプのほうは、入札者はお二人のみだった。

 アンプは、当方の都合で、支払完了通知がある前に発送してしまい、2日ほど支払通知がなかったので、「あれ、マズいことしたかな」と思ったのだが、3日目に支払完了通知と、丁重な「取引メッセージ」をいただき、安心した。

 ここで、2〜3日くらいなら支払いが遅れることはふつうのことなので、不安に感じることではないはずなのだが、すでに発送していたことと、現在、ヤフオク! のストア以外の全ての参加者の支払いを、「Yahoo! かんたん決済」のみに限定していて、かつその決済は1週間以内の期限が切られていることが頭にのぼった。

 ふつうのオク参加者にとって考えられることだが、落札後、急な用事 ― 本人や家族の急病・事故、災害の罹災、仕事上の急務発生など ― が発生して支払い手続きが取れない事態に陥る可能性は大いにある。

 加えて、期限内の日にちには、利用する金融機関の、たとえばネット・バンキングのメンテナンスによる休業時間などが入ることがある。
 さらに加えて、支払手続きに移る、つまり「金融機関のサイトに移動します」の時に、エラーが生じてサイトが開かなかった場合、支払未了となり、数〜十数分は支払い手続きが再開できない。

 この期限切れのあとは、かんたん決済では一切支払えなくなり、では、となると直接口座に振込んでもらうような方法を取るしかなくなる。
 これは、「かんたん決済意外での支払いを認めない」という原則外の事象だ。こうした事態においても直接支払いを禁ずる、というなら、「送った商品の代金を受け取れない」ということになり、Yahoo! JAPANは公序良俗に大きく違背することになろうから、この場合はよいはずである。

期限切れの場合のヘルプ

 期限切れの場合のヘルプにも、「取引メッセージなどで取引相手とご相談ください」と明示しており、「取引相手とご相談」というのは、直接送金を認める以外にない文言だ。

 今回はというと、もしかすると落札者さんのほうにも受け取りの都合などがあるかもしれないことを無視して、こちらが一方的に送ったのは反省すべきことかもしれない。
 メッセージでは、早く受け取れて悪くはなかったという感触なので、結果的にはよかったのだが…。

 なお、落札者さんは、2台目のアンプということで、かなり広い部屋でお使いのことが予想され、CXA60のようなアンプは、そういう場所でないと真価を発揮できないような感触をさらに強めた次第だった。
 こういう出音のアンプは、日本では人気を得にくいような気がする。

 一時期輸入され、マニアに人気のあった Naim Audio ネイムは、今はアンプは輸入されていない。
 小さな箱ながら、一部ファンの人気を博した Nait、そのず〜っと進化した先の Supernait 2なんていうのも、分厚〜い中域が個性のようだが、日本でのオーナーは極めて少なそうだ。

 ‥‥では、Cambridgeの Topaz AM10のオク出しは年明けになりますかねえ。

NHKから、また文書。

 ‥‥ひ〜っさしぶりにノド風邪。お腹にも来てますが;;。
 月曜から冬のお仕事、けっこう立て込んでいるので、早めに風邪は「経過」させておきたいです〜。

 去年、この記事で書いている(← この記事が、拙ブログのアクセス・トップ記事!;; )が、また同じNHKからの文書が投函されていた。

NHKからまた文書が。

 「契約を促す」文書、ということだが、前回と同じく、「○月○日までに」と期限を切った形式は、「督促」状としかいえない。
 しかも、こんどのは、手書きの「1」も「4」も、なぐり書きのような、およそ一般企業で、顧客になる可能性のある者に対して差し出すものとも思えない粗雑・無礼ぶり、というか、「オマエが受信していながら受信契約していない不法者だからこういう態度を取るんだぞ!」という意味しか持ちえない筆跡だ。

 私は、テレビ受信が可能な機器を持てば、放送法にしたがって NHKとは契約し、受信料は支払うべきだと考えている者なので、テレビを買えば契約しようと思う者だけれど、これほど無礼極まりない「営業」を、同会(日本放送協会だから、「同会」)の基本方針として固持しつづけるなら、どんな人間でも「ぼつぼつテレビを導入してNHKでも見ようか」という意思は、瞬殺されてしまうこと請け合いである。
 こんなことはバカ以下でもわかることだ。

 このような記事が多くのアクセスを受けることは、あんまり愉快ではない。
 NHKの受信料、受信契約に関して、契約・支払いをせずに見続けたいのだが、という意思が明瞭に読み取れるサイトや「教えて」ページを見るごとに、何だか情けない気持ちになるし、イギリスのように、BBCとの契約証明を見せないとテレビ受信可能機器が購入できない方式、なんてのもよい方法ではないか、と思う。

 もちろん、現今の NHKと民放、そして新聞なども含めたメディア全般が、よりマトモな報道姿勢を持つことも同時に前提されなくてはならない ― こっちは日本人にとって、まず不可能そうだけれど。
 それゆえ、NHKが税金を財源とした「国営放送」になることには、反対だ。

 が、ともかくもテレビ受信可能機器をひとつも所有していないのだから、上のごとき文書を投函するというのは、営業として、オカシ過ぎる。
 何を言っても同会は方針を変えはするまい。
 とりあえず、不快であることを記した手紙1枚を添えて、そっくりそのまま ― なぐり書きの文字のある封筒のまま ― 簡易書留で NHKに返送した。

市議会議員選挙と学校司書

 住んでいる市では、暮れも押しつまった23日(日・祝)に、市議会議員選挙がある。

 だいたい入れる方向は決まっているのだが、夏ごろ配布された、当市の『議会だより』に、少しばかり「おっ!?」と思わせる記事が目についた。

 ネット上では、こちらに報道がある

ひばりタイムス

 記事末尾に、ほんのオマケていどに、「学校図書館の司書配置の意見書も同じく、賛成少数で否決された」とあるだけ、のことなのだが…。

 これについて、共産党所属の一議員が自身のブログで触れている
 曰く、
  「たいへん残念だったことがあります。
 それは、共産党市議団が議員提案をした「学校図書館に、専門、専任、正規の学校司書の配置を義務づけることを求める意見」が、反対多数で否決されてしまったことです。
 反対したのは、自民党、公明党、立憲民主党・改革フォーラムの、15名です。賛成は、日本共産党、統一会派みらい、生活者ネットワーク、無所属2名の、11名です。
 学校図書館を豊かに発展させるためには、専門、専任、正規の学校司書がいることが大事なのに、否決され国に送ることができないのは、残念で残念でたまりません。」
(太字化は引用者)

 目を惹いたのは、立憲民主党(当地では、「立憲民主党・改革フォーラム」と称している)所属議員が、自・公与党(と言ってよかろう)に与して「反対」した、というところだ。

 『議会だより』(第79号)の当該部分をスキャンし、途中をはしょった画像を示すと、下の図になる↓。

『議会だより』

 立憲民主の議員の方のサイトから問い合わせてみたところ、予想どおりともいえたが ― ざっと言うと ― 市の、決して余裕があるといえない財政を考えると、教員給与が都や国の負担であるに対して、司書給与は市の負担になるので、反対の立場を採った、ということだった。

 給与=人件費負担が、教員と司書とで異なるというのは初めて知ったので、勉強になると同時に、この面がなぜ改善できないのか、そこのところこそが市議会の役割ではないのかな、とも考えた。

 この件に関して、賛成の立場を採り、私個人も好意的に感じている「生活者ネットワーク」のサイトからも問い合わせたところ、複数の、きわめて詳細な情報提供のメールをもらった。
 人件費の実態や、その改善に関して市に対して要求するとともに、アクティヴ・ラーニングの重要性を鑑みて、意見書に賛同した、というような(これもざっとまとめて…)ことだった。

 財政と人件費の問題を等閑視して、「未来の子どもたちのために!」とだけいうなら、これは党略的宣伝政策だ、という謗りを免れない。
 だから、立憲民主・改革フォーラムの立場も、一概に「なんだ、与党と同じか!」とも非難しきれない。

 そもそも、地方政治に「政党」の看板は必要があるか、というより、「政党」は機能しないのではないか、と考えると、ここで「どの党・派が賛成/反対した」という議論も意味が薄れるかもしれないが、とりあえず現状のフォーマットで考える。

 それゆえ、地方政治は中央とは違う地域の実情に合わせることが第一なのだから、もし、立憲民主の執行部が、「西東京の議員の決定はおかしい、変えろ!」とでもいうのなら、これは言語道断である。
 ではあるのだけれど、では、学校図書館の専任司書の重要性というものを問題とせず、「財政負担を考えると、置けない」とだけいうのも、選良としてのヴィジョンがあるのだろうか、という疑問を感じないではいられない。

 「立憲民主」にしても「都民ファースト」にしても、何よりまず有権者に好イメージを与えるネーミングだ。
 立憲民主所属の政治家諸氏は、各氏、それなりの「立憲」の意味づけがあってしかるべきだろう。
 この点を深く考える時、子どもたちが図書館・図書室で、自ら調べ考えるという教育は、「立憲」思想の基盤づくりに不可欠なことではないだろうか、と私自身は考える。
 そのために、どうやったら学校図書館教育をより充実したものにできるか知恵を絞るのが、市と市議会・市議会議員の役割ではないか、というと、ムシがよすぎるだろうか。

 財政面から、学校の司書は現状でやってもらいたい、という当地の「立憲民主党・改革フォーラム」の姿勢には、客観的には理解すべき点があることは認めつつ、私は、採らない。

[参考]
 意見書PDFファイル

廃棄と新調。

 アンプ騒動の終息とともに、少しばかりほかのものも整理。

 まず、部屋に残っていた、使っていないスピーカー・ケーブルを、資源ごみの「金属類」で廃棄。

廃棄スピーカー・ケーブル

 左が、カナレ 4S8。2011年2月23日の記事で書いているので、この時期に、LM3886チャイナ・アンプに使い始めたようだ。
 真ん中はモンスターの XP。色の着くケーブルで、これは使えないが、ブランドなのでオクで売れたと思うけれど、諸般混乱の時期、ほったらかしで置いておくことになり、シースは汚れ、たぶん芯線も酸化しているだろうから、売るのは憚られた。

 右は、上引の拙記事に書いている、In-akustik PRM-2.5Cらしい。シースがかなりベチャベチャしていた。これは‥‥今も売っている。
 In-akustikは、旧ブランド名はモニターPCだった。20〜30年前には、そう高価ではないRCAピンケーブルなどもあって重宝していたが、今は高価になっているようだ。

 そして、メス・プラグ部が緩くなっていたトラスコ TKC15-2の旧品、それと600円ほどで買って、すぐに壊れた折りたたみ傘もいっしょに廃棄。

 あと、文庫本も少し。フレイザーの『金枝篇』岩波文庫5冊、講談社文庫のムーミンもの数冊。
 『金枝篇』は、第1巻を90ページほど読み、冗長な内容に飽きた。

 今度は、新調品。

目覚まし時計

 枕元右に目覚まし時計を置いているが、音楽を聴く時にはこれが席の右下に来る。
 セイコー製で、静かな時計ではあるが、いわゆる連続秒針ではないので、音楽が静かな時、エアコンなども動作していない状態だと、ホンのわずかながら「コッチコッチ‥‥」という微弱な音が聞こえてくることがある。

 些事だが、このセイコー製、じつは秒針はすでにはずれて、右上にひっかかっているのが見える。
 これがフリーの状態だと、長針の動きにひっかかって、長針が、つまり時計が止まってしまうので、長・短針に触れない位置でひっかかってくれているのがよいのである;;。

 キッチンに置いていた別の目覚まし時計のひとつが止まったので、現用目覚ましをキッチンに移し、寝室用を1台新調した。
 連続秒針に加えて、電子音でなくベル音で、かつスヌーズ機能のないもの、が欲しかったので、ヨドバシ店頭で聞いてみたが、なかった。

 ウェブ上から検索すると見つかり、ヨドバシのウェブ・ショップ内でも「ベル音 連続秒針」で検索すると、リズム時計(シチズン系)の、“ジャプレ・フルール”がヒットした。
 「ジャプレ」は「ジャパン・プレミアム」の意味だそうで、日本製造を売りものにしている。ヨドバシでも、3,650円と、けっこうな値である。
 このところの散財の勢いもあるが、CXA60の購入で、ポイントが溜まったので、そこから3,000円を充てた。

 これで、春や秋の音楽/オデオ鑑賞は、静か〜な環境を実現できるわけでありま〜す。
 まーそれにしても、「個人消費」に貢献した秋でしタ;;。

[追記]
 薄明の中で、ちょっと文字盤が読み取りづらい。う〜ん‥‥。
 そして、ベル音も、前任のセイコー機より粗雑な感じだ。

CXA60の試聴と、お別れ…。

 先週でお昼の仕事がいったん終了、2週間は夜だけなので、ちょっとのんびり。
 先週1週間は、Cambridge CXA60をラックに置き、あまり聴ける時間はなかったけれど、ずっと CXA60で聴いていた。
 そのお蔭でお腹をクダさなかった‥‥のだろうか‥‥と思ったら、日曜からクダり気味;;。

 毒を食らわば、で、ACコードに、このところでは最高レヴェルの、Luxman JPA-15000を、ヨドバシ店頭にあったものをそのまま買ってきて、つないだ。

JPA-15000、TKC15-2

 ついでに、店頭にはないが、注文で、AC延長中継コード・トラスコ中山 TKC15-2ももう1本、取り寄せておいて購入。
 約22:1の価格差である!

 TKC15-2は、Rotel RA-05 SEの付属電源コードの、片方の刃の幅が少し大きく、無理をして挿し込んでいたので、その時に若干傷んだ可能性があり、このところ、つなぐコードのプラグとの噛みあわせが緩くなっていた。
 そして、オーディオは電流も少ないから問題はないのだが、毎朝、もとい毎昼のフトン乾燥機使用の際、20分ほど通電すると、TKC15-2のアウトレット・プラグが暖かくなっている。
 これは接触抵抗が増大しているな、ということで、新品に交換。
 噛みあわせはグッとタイトになったけれど、傷んできたのは、RE-05 SEのプラグのせいではなく、ほぼ毎日の抜き挿しのためかもしれない。

CXA60+JPA-15000

 CXA60に極太の JPA-15000をつないでも、違和感がない。合計実買11万円! のセットである;;。
 極性を合わせ、聴いてみる。
 やはり、重厚で彫りの深い中音域が印象的で、高品位な再生だといえる。

試聴ディスク

 今回、衝動買いしたのは、以前、米Vox盤で持っていた、ハンス・ロスバウト/バーデン・バーデン南西ドイツ放送響のブルックナー:交響曲第7番。
 さまざまな廉価レーベルで出てきた音源で、Vox盤は今でも安く入手できるが、2枚組のマーラー:『大地の歌』は要らないので、ブルックナーだけの Membran盤をオクで購入。
 まずPC=Foobar 2000とヘッドフォンで聴くと、第1楽章数十秒進んだところで、「チチチ…」というノイズが重畳していた。同レーベルの他盤もそうである可能性があるので、出品者に伝えはしたけれど、「これで聴かせていただきます」ということにした。スピーカーでは気にならない。

 1959年録音とあるが、1957年が正しいらしい。その年代としては、なかなかいい音だ。弦の情報はツルっとはしているが。
 CXA60の再生で第1、2楽章を聴く。弦の粒だち感がちょっと目だち過ぎるほどで、トーンコンで高音を下げて聴く。第1楽章コーダの盛り上がりは、Dレンジが狭くてしょぼいが、Voxで聴いた薄い印象よりいいかも、という感じもした。

 といういくつかのリスニングだったが、じつに高品位ながら、この音は、やはり好きになれない
 で、日曜にてお別れ、オク出し、であります…。

 写真左のディスク2点‥‥シューリヒト/パリ・オペラ座管の、コンサートホール原盤のモーツァルトである。
 左は、タワーレコード企画のリマスター復刻、第40、41番も組み合わせた2枚組。
 これは、PM6005で聴いていた時、もう売ろうかと思うくらい音の荒れが際立つ音質だった ― 音のツヤはあるのだが。

 それで、コロムビアの通常マスタリング盤をオクで探して入手した(真ん中)。
 CXA60では、これが、新マスタリングのタワー盤のほうが高品位に鳴り、旧盤はツヤのない、乾燥した音だった。

 そして ― 日曜の深夜に PM6005+KDK-OFCに戻し、月曜の出勤前にいろいろ聴いてみて、やっぱり PM6005の音が好きだったんだなぁ、と感じ入った次第。
 この時は、シューリヒトのモーツァルトは、旧マスタリングのほうが落ち着いた音で鳴った。第40、41番は要らないし、PM6005を使い続けるなら、旧盤がいい。

 あと、問題は…というほどでもないか…KDK-OFCに、フェライトコアをかますかかまさないか。かますと、落ち着いて透明な美音になるが、出音全体がこぢんまりし、スケールが小さくなる。
 ネット上、「ぜんぶはずしました」というオデオ・マニアは、多い。さてさて。

 ‥‥という次第で、元のサヤに収まった私メの耳でした、というようなところになる。
 私としては、こんな機会でなければやらない=やれない、“オデオお大尽遊び”であったけれど、これで約10万円を「すった」として、これは(しんどかったけれど)楽しい経験だった。
 元のがいちばんだった、というのは、あの「ネズミの嫁入り」説話のごとくだ。これについては、また別記事で。

 ロスバウトのブルックナーは、Turnaboutの廉価輸入LPで出回っていたものを買って聴いた人は少なくないらいしく、柴田南雄氏が愛聴盤にしていて、「一口に言ってロースバウトのブルックナーには日本人好みの要素がある。まず淡白だ。‥‥それは彼の、いわゆる新即物主義的な演奏スタイルにもよるが、南西ドイツ放響の確実な技術と金管の明るい音色にも負っている」(柴田南雄『私のレコード談話室』朝日新聞社、1979年、100頁)と言っている。

 上引は、ホーレンシュタイン/ベルリン・フィルの同曲のレコード(CDでも現在入手可)について述べる章の文章だ。
 「金管の明るい音色」は、マスタリングでそうなったのか、というくらいトランペットが目だつけれど、LPの時からそうだったのだ。
 この音源をまた買ってみたくなったのは、同じオーケストラの、エルネスト・ブールによるモーツァルトが、予想外によかったことによる。
 他に、手許にあるこの楽団のCDは、シューリヒトによるブラームスの第3番。おっと、これはタワーによる上記モーツァルトと同じシリーズの復刻だけれど、ブラームスは音の荒れがそこまで気にならない。

PM6005を、再設置。

 おっと‥‥元にもどっております〜;;。

PM6005、再設置

 そのよさに感激しつつ、Cambridge Audioのアンプの“癖”は、なかなかもって違和感が著しく、「遠赤外線サウンド」のお蔭か、今週はいちどもお腹をクダさなかった(! ま、仕事が休みの影響が大きいかも…)にもかかわらず、再度 Marantz PM6005を取り出して、ACコードは逸品館の KDK-OFCにして、もういちどオーディション。

 クールな出音だが、やっぱりこの音は、好きである。
 ライナーの第九。なんともキレイな、お化粧の行き届いた「第九」で、終楽章始まってからの低弦のブイブイくるところは、CXA60とは比べものにならない軽さだし、AM10での再生よりも薄いといえる。
 しかし、音楽は流れ出してきて、美しいベートーヴェンを聴かせてくれる。

 テンシュテットの『エロイカ』は、Marantz CD5000に切り換え、トーンはダイレクトにして、聴く。
 トゥッティは、CXA60とは打ってかわって、ぜ〜んぜん迫ってこない。第2楽章、フーガに入って以降の、弦やホルンが盛り上がる部分、まことに「隣室への配慮のあるフォルティッシモ」である(笑)。
 ではあるけれど、CD5000によるベートーヴェン、重厚さはそれなりにあって、お見事でした。

 PM6005は、C-7030のデジタル出力から、光ケーブルで接続し、内蔵DAC・CS4398で聴くピアノの音がすばらしいのである。

 ではあるが、アナログ入力のオーケストラ、デジタル入力のピアノ、いずれも、「いったんミニチュアに変換し、高ディテールで、美しく仕上げられたステージのモデル」という感じが強い。
 CXA60の場合は、ミニチュアにした感じが、ないわけではないが ― 機械によるオーディオ、である ― PM6005の再生より、ずっと現実っぽい。

 こういう違いを聞かせられると、自分はオーディオの品位を上げたいと思っている、とは言っても、実のところ「ミニチュアとしての、好みに合った品位・質感」だったんだなぁ、と感じざるをえない。

クランプ・フィルター

 ACコードが KDK-OFCなので、ちょっとキツめの中高域、という感じはするので、かつて付けてみて、音楽から伸びやかさがややなくなるようで、取りはずしていたクランプ式フェライトのフィルターを付ける。
 高域が心持ち滑らかに‥‥なるかなー;;。

サンワの2.0sq

 PM6005導入当初から、しばらく使っていた、サンワサプライの、2.0sq、15Aの電源コード:KB-D3315A。
 KDK-OFCで聴いていて、またお腹に来るようだったら(笑)、こっちにしましょう。
 KB-D3315Aでは、白っぽい音になるが、中〜中低域が若干豊かに、ゆったりした音になるのは明らかだ‥‥それは、PM6005の本来の方向性とは違うものでもあるようだけれど。

 PM6005と、後継機 PM6006は、あちらでのレビューでは、CXA60と比較される、ないし、CXA60にアップグレードする価値はあるか云々という時に、比較対象として持ち出されることが多い機種だ。
 それだけ、PM6005もあちらでたいへん評価の高いアンプである。

久しぶりの“リアル店舗”。

 今日は、3ヶ月ぶりに整体の先生に身体を調整してもらいに行った。
 帰りに ― 寄らなくてもいいのに ― JR新宿南口で降りて、これはもう超-超ひっさしぶりに、タワーレコードのクラシック売り場を見た。
 新宿は、今年はずっと週1で乗り換えに使っているが、タワーのあたりをウロツくことなど、まずない。


 (上は、ネットの情報ページから) FLAGSというビルの、上階3フロア。よく行っていたころから、いつもながらだが、この商業施設にエレベーター2本だけというのは、不便だ
 クラシックは最上階10階だが、エレベーターの同乗者で、10階まで行く人はいなかった(爆)[← おっと、この(爆)も、誤用]。

 へぇー、まだこんなに“リアル・メディアとしてのディスク”が、並んでいる=リリースされているんだ、とむしろ驚くくらいだった。
 国内盤は、盤の素材を奢ったミッドプライス・シリーズと、あとはSACDがたくさん並んでいる。タワーは、自社で多くのCD、SACD復刻をしていて、それらがずらりと並んでいた。
 この事業自体は、とてもいいことだと思っている。
 SACDは、高い(笑)。

 ‥‥ひとわたり眺めて、「お」と思ったのは、岩波新書の復刻の1冊、ずいぶん古い初出の、吉田秀和『二十世紀の音楽』だった。
 買おうかな、と一瞬思ったのだが、吉田さんの積ん読本はたくさんあるし、本は増やすまい、ということで、手ぶらで下におり、腹は減ってきたが、最近のお腹の調子では沖縄そばはやめたほうがよかろうということで、サブナードのドトールで袋入りケーキとコーヒーを。

 で、西武新宿から座って帰った。昔は土休日でも夕刻の急行は10輌編成だったと思うが、今日は続けての発車の急行、すべて8連。鉄道側から、「あんまりお出かけしないでね」みたいに言われているふうだった。
 今、西武新宿駅は、サブナード方面から改札まで上がるエスカレーターを閉鎖していて、これも「あんまりこの駅を利用しないでね」みたいに受け取れる。

 休日の新宿、恋人や家族がいるから外出もしたくなるのだろうが、都心の雑踏に出てゆく価値なんぞ、つゆも感じない‥‥といいつつ歩いてました;;。
 車中となると、もうみんなスマホとイヤホンの自己閉鎖空間に閉じこもって、それでいて表情はみんな不機嫌そうだ。

 帰って、Topaz AM10で、テンシュテットの『田園』を聴く。
 高域を1目盛り(=「-2」)下げて、そこそこの音量で、(居眠りしかけながら)気持ちよく聴いた。
 そのあと、CXA60で味わい深かった、都はるみをかけると、『涙の連絡船』の歪み感がそうとうで、これはちょっと耳が痛くなる。

 う〜ん、アンプはほんとうに難しい。このところ思うところを率直に言えば、「ヒトが設計・製作してくれたアンプで、そのまま満足するのは、なんと難しいことか」なのである(大爆発)。

 明日また、CXA60を、そして PM6005もオーディションを続けますか‥‥ここ数日で何とか決まるかと思っていたけれど、2〜3ヶ月は、少なくとも CXA60と PM6005のを置いておいて聴いてみることになりそうであります〜。

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