1月ももう終わり。
ゆうべ、今月最後のCD注文をポチった。
内容は、夭折したルーマニアのピアニスト、ディヌ・リパッティのディスク2点、3枚。
リパッティのレコードは、LP、CD通じて全く所有したこと、聴いたことがない。
リパッティの録音で有名なもの‥‥シューマンとグリーグのピアノ協奏曲、それとショパンのワルツ集。
注文した2点で、これらがみんな聴ける。
そもそも、極めて有名な演奏家で、クラシック・ファンなら少なくとも数点は所持し、聴いておくべきというような演奏家のディスクで、1枚も持っていない、という演奏家はかなりある。
だいぶん前に、文春新書『クラシックCDの名盤 演奏家篇』が取り上げている演奏家を、拙ブログで1人ずつ取り上げて、持っているCDのことなどを書こうかと思い、その皮切りに、同書で最初に来るアルトゥーロ・トスカニーニを取り上げた。
その際、CDは1枚も手許になく、江原啓之氏が推薦していた、ゼフィレッリ監督による『トスカニーニ 〜愛と情熱の日々』のVHSを挙げるだけであった。
VHSテープは転居時に全て廃棄したので、今はそれもない。
当該記事に書いたように、Testamentレーベルのブラームスと M&Aレーベルのワーグナーとは、ディスク不良によって廃棄せざるをえず、RCAの、最も知られた録音、レスピーギのローマ三部作は、楽曲自体がつまらなくて手放している。
まるでトスカニーニのスタイルが好きでないことがCDに伝わるがごとく、不良プレスが手許に来る。
というわけで、“超有名ながら1枚もCD持ってません”アーティストのトップがトスカニーニ。
あと、いろいろ見てみると、指揮者では、メンゲルベルク、ヘルマン・シェルヘン、マタチッチ、カイルベルト、それからロシア系のマエストロ、コンドラシン、スヴェトラーノフ、ロジデストヴェンスキー(通称ロジェストヴェンスキー)といった人たちのディスクは、コンチェルトのバックですら、1枚もない‥‥が、指揮者はこうして見ると、著名なマエストロのディスクはけっこう持っている。
ピアニストとなると、エトヴィン・フィッシャー、シュナーベル、ギーゼキングは古くて録音の点で手が出ないのだが、ヴィルヘルム・ケンプが、1枚もない。以前、バッハ・リサイタルが1枚あったけれど、手放している。
他に、ハスキル、ギレリス、ミケランジェリが1枚もない。
リパッティもなかったが、今回それを卒業の予定。
ヴァイオリンのほうを見れば、クライスラー、ハイフェッツ、シゲティ、ミルシテイン、スターンといった大御所陣が、1枚もない。
ハイフェッツはいちど、海外RCAの2枚組を Amazonで買ったのだったが(当時は2,000円未満でも送料無料)、ブックレットの表記に、なんとボズ・スキャッグズのページが紛れ込んでいたので返品した。
スターンは、バルトークのソナタを買った記憶があるが、生活費に変わっている‥‥ザーキンとの旧盤に加え、ブロンフマンとの新盤も買ったかも。
オイストラフは、数枚持っていたけれど、今残っているのは、メロディア原盤、米Mobile Fidelityがオーディオファイル向けにリリースした、フランクとショスタコーヴィチのソナタだけ。
両曲ともピアノはリヒテルでライヴ録音、これなど今はちょっと稀少になっていて、オクだと4,880円とか付けて出す手合いがいる ― だれも入札しないけれど ― アイテムである。
実際に、しっかりと「音楽を聴く」となれば、それなりに落ち着いた、そしてまとまった時間が必要なのであり、現今のCD約600枚というのは、そのリミットをもう超えてしまっているとも言える。
今夕、コンサートホール原盤の、ペルルミュテールの弾くショパンのワルツ集(DENON)をポチろうかと迷っていたのだが、今手許にあるアリス=紗良オットのDG盤、ちょっと深い味わいに欠けるように感じていたものだが、聴いてみると、この曲集によく合った、いい演奏だとも感じ、置いておくことにしようかと思い、ペルルミュテール盤は、今回は断念した。
このレコードは、小林利之『ステレオ名曲に聴く』(東京創元社、1973年増補第12版)には、
「ステレオでは、繊細な表情と洗練されたフレージングの美しさで語りかけるように弾くペルルミュテール(Con)のワルツがすばらしい味わいをみせた演奏です。」
とあって高評価。「ステレオでは…」とあるのは、リパッティ盤の紹介(絶賛)のあとに続くので、である。
が、ほかのベスト盤選などにはまず挙げられることはない。
気になる名盤は、まだまだあるが、しばらくCD代の倹約に努め、手許のライブラリーを聴きましょうかね〜。
で、今夜はエーリヒ・クライバー/コンセルトヘボウで、ベートーヴェンの第5。
第1楽章冒頭部分のネット試聴では、トスカニーニ風に快速で、ややもすると無味乾燥の嫌いが? と案じていたのに反し、終楽章のティンパニが凄まじく打ち込まれるところなども印象深く、懸念したキング盤の音質でも十分よさが伝わってきた。
エーリヒ・クライバーは、私には初体験であった‥‥おっと、いや、昔、ステレオ録音の『フィガロ』を聴いたことがあったっけ。
ポリドールの国内盤CDで、最高域がややヒリヒリする感じの音が気に入らず、序曲とそのあと数分聴いただけで放出。
「Kleiber's performance of the Fifth symphony is one of the finest ever committed to record. The cumulative excitement of the opening movement is breathtaking, without any sense of over-driving or hysteria and the preparation of the finale is worthy of Toscanini. (下略)」
は、『The Second Penguin Guide to Bargain Records』の評でありま〜す。
ゆうべ、今月最後のCD注文をポチった。
内容は、夭折したルーマニアのピアニスト、ディヌ・リパッティのディスク2点、3枚。
リパッティの録音で有名なもの‥‥シューマンとグリーグのピアノ協奏曲、それとショパンのワルツ集。
注文した2点で、これらがみんな聴ける。
そもそも、極めて有名な演奏家で、クラシック・ファンなら少なくとも数点は所持し、聴いておくべきというような演奏家のディスクで、1枚も持っていない、という演奏家はかなりある。
だいぶん前に、文春新書『クラシックCDの名盤 演奏家篇』が取り上げている演奏家を、拙ブログで1人ずつ取り上げて、持っているCDのことなどを書こうかと思い、その皮切りに、同書で最初に来るアルトゥーロ・トスカニーニを取り上げた。
その際、CDは1枚も手許になく、江原啓之氏が推薦していた、ゼフィレッリ監督による『トスカニーニ 〜愛と情熱の日々』のVHSを挙げるだけであった。
VHSテープは転居時に全て廃棄したので、今はそれもない。
当該記事に書いたように、Testamentレーベルのブラームスと M&Aレーベルのワーグナーとは、ディスク不良によって廃棄せざるをえず、RCAの、最も知られた録音、レスピーギのローマ三部作は、楽曲自体がつまらなくて手放している。
まるでトスカニーニのスタイルが好きでないことがCDに伝わるがごとく、不良プレスが手許に来る。
というわけで、“超有名ながら1枚もCD持ってません”アーティストのトップがトスカニーニ。
あと、いろいろ見てみると、指揮者では、メンゲルベルク、ヘルマン・シェルヘン、マタチッチ、カイルベルト、それからロシア系のマエストロ、コンドラシン、スヴェトラーノフ、ロジデストヴェンスキー(通称ロジェストヴェンスキー)といった人たちのディスクは、コンチェルトのバックですら、1枚もない‥‥が、指揮者はこうして見ると、著名なマエストロのディスクはけっこう持っている。
ピアニストとなると、エトヴィン・フィッシャー、シュナーベル、ギーゼキングは古くて録音の点で手が出ないのだが、ヴィルヘルム・ケンプが、1枚もない。以前、バッハ・リサイタルが1枚あったけれど、手放している。
他に、ハスキル、ギレリス、ミケランジェリが1枚もない。
リパッティもなかったが、今回それを卒業の予定。
ヴァイオリンのほうを見れば、クライスラー、ハイフェッツ、シゲティ、ミルシテイン、スターンといった大御所陣が、1枚もない。
ハイフェッツはいちど、海外RCAの2枚組を Amazonで買ったのだったが(当時は2,000円未満でも送料無料)、ブックレットの表記に、なんとボズ・スキャッグズのページが紛れ込んでいたので返品した。
スターンは、バルトークのソナタを買った記憶があるが、生活費に変わっている‥‥ザーキンとの旧盤に加え、ブロンフマンとの新盤も買ったかも。
オイストラフは、数枚持っていたけれど、今残っているのは、メロディア原盤、米Mobile Fidelityがオーディオファイル向けにリリースした、フランクとショスタコーヴィチのソナタだけ。
両曲ともピアノはリヒテルでライヴ録音、これなど今はちょっと稀少になっていて、オクだと4,880円とか付けて出す手合いがいる ― だれも入札しないけれど ― アイテムである。
実際に、しっかりと「音楽を聴く」となれば、それなりに落ち着いた、そしてまとまった時間が必要なのであり、現今のCD約600枚というのは、そのリミットをもう超えてしまっているとも言える。
今夕、コンサートホール原盤の、ペルルミュテールの弾くショパンのワルツ集(DENON)をポチろうかと迷っていたのだが、今手許にあるアリス=紗良オットのDG盤、ちょっと深い味わいに欠けるように感じていたものだが、聴いてみると、この曲集によく合った、いい演奏だとも感じ、置いておくことにしようかと思い、ペルルミュテール盤は、今回は断念した。
このレコードは、小林利之『ステレオ名曲に聴く』(東京創元社、1973年増補第12版)には、
「ステレオでは、繊細な表情と洗練されたフレージングの美しさで語りかけるように弾くペルルミュテール(Con)のワルツがすばらしい味わいをみせた演奏です。」
とあって高評価。「ステレオでは…」とあるのは、リパッティ盤の紹介(絶賛)のあとに続くので、である。
が、ほかのベスト盤選などにはまず挙げられることはない。
気になる名盤は、まだまだあるが、しばらくCD代の倹約に努め、手許のライブラリーを聴きましょうかね〜。
で、今夜はエーリヒ・クライバー/コンセルトヘボウで、ベートーヴェンの第5。
第1楽章冒頭部分のネット試聴では、トスカニーニ風に快速で、ややもすると無味乾燥の嫌いが? と案じていたのに反し、終楽章のティンパニが凄まじく打ち込まれるところなども印象深く、懸念したキング盤の音質でも十分よさが伝わってきた。
エーリヒ・クライバーは、私には初体験であった‥‥おっと、いや、昔、ステレオ録音の『フィガロ』を聴いたことがあったっけ。
ポリドールの国内盤CDで、最高域がややヒリヒリする感じの音が気に入らず、序曲とそのあと数分聴いただけで放出。
「Kleiber's performance of the Fifth symphony is one of the finest ever committed to record. The cumulative excitement of the opening movement is breathtaking, without any sense of over-driving or hysteria and the preparation of the finale is worthy of Toscanini. (下略)」
は、『The Second Penguin Guide to Bargain Records』の評でありま〜す。