山とやってきたCD群を、機器にそう不満もなく、ひたすら楽しんでおりますが…。
前記事に書いたように、初めて接したブダペスト四重奏団によるベートーヴェン:弦楽四重奏曲全集(Sony。米CBSのステレオ初期録音)。
演奏は素っ気ないし、音質はさらに潤い皆無で美しくなく、「う〜ん、これがファンにも評論家にも永年伝説のように敬われてきた歴史的名盤…なのか…」と、このよさがわからない自分の音楽鑑賞眼はどこがおかしいのか、と自問すること頻り。
楽聖畢生の名曲である弦楽四重奏曲第14番 Op.131を、昨晩全曲聴いたけれど、何ひとつ感動しなかったのである。
緩徐楽章の歌わせ方にはさすがにしんみりと訴えかけるものがあるのだが、速い部分、たとえば第5楽章で、37小節以降のスタッカートの部分、合奏が合っていないように聞こえる!
大木正興・正純父子による『室内楽名曲名盤100』(音楽之友社 ONブックス)のこの曲のページには、「この曲あたりになるとブダペスト四重奏団にどうしてもご登場願う必要がある。大体手がこみ、線が入り組むほど彼らの演奏は威力を増し、この嬰ハ短調ではほとんど荘厳と言ってもさしつかえないほどの、強い美しさを持っている」(79頁)とある。
その‘荘厳さ’が聞こえてこない。
全集はほかにはアルバン・ベルク四重奏団のスタジオ録音盤だけを持っていて、こちらはもう美しい音色、豊麗な響きと緊密精緻な合奏で満たされているのは言うまでもないが、SP復刻のカペー四重奏団(新星堂企画。状態のよいSPから復刻され、マスタリングも丁寧)でも、針音さえ無視すれば、入っている音はブダペストよりはるかに優美で艶やかに聞こえる。
― というわけで、速攻で処分を決め、気になっている、こちらも激安ボックスだが、ゲヴァントハウス四重奏団の新しい全集(NCA/Membran)を、Amazonでクリックしてしまったのである(2,222円^^!)。いや、ずいぶん迷いはしたんですよ^^;。
ゲヴァントハウス四重奏団は、1808年設立だそうだが、当該全集は現行メンバーによるデジタル録音で、ズスケ四重奏団の主宰者・カール・ズスケ氏の子息、コンラート・ズスケ氏が第2ヴァイオリンを弾いていたりする。
試聴ファイルのあるこちらで少し聴いてみると、もう響きの艶麗なこと、ブダペストの比ではない。
ということにあいなったのだが ― さきほど、ブダペスト四重奏団のセットから、第12番変ホ長調 Op.127を聴いてみたら‥‥これが、なかなかいいのである!
訥々と、「歌う」より「語る」という調子のブダペストQの表現スタイル、ひと晩こちらの脳内で寝かせたゆえ、慣れたのだろうか…。
これでは、軽々に売っ払ってしまうわけにいかなそうでもある。困った〜。
ブダペスト四重奏団については、ブログもよく知られている kitaken氏の、弦楽四重奏曲第14番のページに、「宇野功芳氏は『僕の選んだベートーヴェンの名盤』でブダペスト弦楽四重奏団を酷評している。曰く曲を裸にし過ぎる、大味だ、メカニックだ云々。これらの楽章のどこにそんなものが感じられるだろうか?」と、宇野功芳氏が否定的に評していることをあげ、それに反論している。
じつのところ、第14番に限っては、私は kitaken氏が引いておられる宇野氏の見解のほうに与する ― 今のところ。
宇野氏の‘お仲間’でもある中野 雄も『新版 クラシックCDの名盤 演奏家篇』(文春新書)で、ブダペストQについては「アメリカという土地で飛びまわっただけの“鳥なき里の蝙蝠”」と手厳しく、名クァルテット扱いではない。
う〜ん、むずかしい〜。
今回、ネットオクで少し珍しいものを安く入手できたが、その中の1枚、ペーター・マーク指揮ベルン交響楽団によるメンデルスゾーンの交響曲第3番《スコットランド》。最終的に Carltonレーベルになったが、手に入ったのはオリジナルの IMPレーベルのもの。
ペーター・マークは、ステレオ初期に英Deccaにロンドン響を振って入れた同曲のレコードがいまだに決定盤的評価を得ているが、デジタル時代になって、IMPにベルン交響楽団を、Artsにマドリード響を振って再録音し、晩年に来日した折に都響を振った録音もある。
その中で最も入手しにくい録音となっているベルン響盤が安く出ていたので落札させてもらった。
この演奏は、ブダペストとは逆に宇野氏が誉めているもので、どうだろうかと思って期待して聴いたのだが、高域をロールオフさせた音の取り方が鮮明さを損なっていて、初め聴いて落胆した。
そのように書いている(「もやもやとしたあまりクリアでない音質も若干残念である。」)ブロガーもおられる。
ブダペストQのベートーヴェンとともに速攻でオクに戻しかな、と思ったのだが、今夜聴きなおしてみると、ひたすらじっくりと抒情を聴かせる演奏だと割り切ってそれを味わってゆくと、これはこれで味のある演奏なのである。
ということで、これは保存に。
演奏は素っ気ないし、音質はさらに潤い皆無で美しくなく、「う〜ん、これがファンにも評論家にも永年伝説のように敬われてきた歴史的名盤…なのか…」と、このよさがわからない自分の音楽鑑賞眼はどこがおかしいのか、と自問すること頻り。
楽聖畢生の名曲である弦楽四重奏曲第14番 Op.131を、昨晩全曲聴いたけれど、何ひとつ感動しなかったのである。
緩徐楽章の歌わせ方にはさすがにしんみりと訴えかけるものがあるのだが、速い部分、たとえば第5楽章で、37小節以降のスタッカートの部分、合奏が合っていないように聞こえる!
大木正興・正純父子による『室内楽名曲名盤100』(音楽之友社 ONブックス)のこの曲のページには、「この曲あたりになるとブダペスト四重奏団にどうしてもご登場願う必要がある。大体手がこみ、線が入り組むほど彼らの演奏は威力を増し、この嬰ハ短調ではほとんど荘厳と言ってもさしつかえないほどの、強い美しさを持っている」(79頁)とある。
その‘荘厳さ’が聞こえてこない。
全集はほかにはアルバン・ベルク四重奏団のスタジオ録音盤だけを持っていて、こちらはもう美しい音色、豊麗な響きと緊密精緻な合奏で満たされているのは言うまでもないが、SP復刻のカペー四重奏団(新星堂企画。状態のよいSPから復刻され、マスタリングも丁寧)でも、針音さえ無視すれば、入っている音はブダペストよりはるかに優美で艶やかに聞こえる。
ゲヴァントハウス四重奏団は、1808年設立だそうだが、当該全集は現行メンバーによるデジタル録音で、ズスケ四重奏団の主宰者・カール・ズスケ氏の子息、コンラート・ズスケ氏が第2ヴァイオリンを弾いていたりする。
試聴ファイルのあるこちらで少し聴いてみると、もう響きの艶麗なこと、ブダペストの比ではない。
ということにあいなったのだが ― さきほど、ブダペスト四重奏団のセットから、第12番変ホ長調 Op.127を聴いてみたら‥‥これが、なかなかいいのである!
訥々と、「歌う」より「語る」という調子のブダペストQの表現スタイル、ひと晩こちらの脳内で寝かせたゆえ、慣れたのだろうか…。
これでは、軽々に売っ払ってしまうわけにいかなそうでもある。困った〜。
ブダペスト四重奏団については、ブログもよく知られている kitaken氏の、弦楽四重奏曲第14番のページに、「宇野功芳氏は『僕の選んだベートーヴェンの名盤』でブダペスト弦楽四重奏団を酷評している。曰く曲を裸にし過ぎる、大味だ、メカニックだ云々。これらの楽章のどこにそんなものが感じられるだろうか?」と、宇野功芳氏が否定的に評していることをあげ、それに反論している。
じつのところ、第14番に限っては、私は kitaken氏が引いておられる宇野氏の見解のほうに与する ― 今のところ。
宇野氏の‘お仲間’でもある中野 雄も『新版 クラシックCDの名盤 演奏家篇』(文春新書)で、ブダペストQについては「アメリカという土地で飛びまわっただけの“鳥なき里の蝙蝠”」と手厳しく、名クァルテット扱いではない。
う〜ん、むずかしい〜。
ペーター・マークは、ステレオ初期に英Deccaにロンドン響を振って入れた同曲のレコードがいまだに決定盤的評価を得ているが、デジタル時代になって、IMPにベルン交響楽団を、Artsにマドリード響を振って再録音し、晩年に来日した折に都響を振った録音もある。
その中で最も入手しにくい録音となっているベルン響盤が安く出ていたので落札させてもらった。
この演奏は、ブダペストとは逆に宇野氏が誉めているもので、どうだろうかと思って期待して聴いたのだが、高域をロールオフさせた音の取り方が鮮明さを損なっていて、初め聴いて落胆した。
そのように書いている(「もやもやとしたあまりクリアでない音質も若干残念である。」)ブロガーもおられる。
ブダペストQのベートーヴェンとともに速攻でオクに戻しかな、と思ったのだが、今夜聴きなおしてみると、ひたすらじっくりと抒情を聴かせる演奏だと割り切ってそれを味わってゆくと、これはこれで味のある演奏なのである。
ということで、これは保存に。