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ウルトラマン、とか‥‥。

 ‥‥生活のリズムは超-夜型にすっかり逆戻り。気分は、なにやら鬱々として晴れない。血中に漂っている薬剤のせいかな?

 金曜日は、風邪の名残りもまあまああったので、“官邸前抗議”は、行かなかった。

 ‥‥先々週金曜も仕事は空けていたので、0323官邸前抗議集会に、ラトルの『フィデリオ』を聴いてから出向いて、「カゴイケさんを釈放しろ〜」とかドナってこようかな、と思ったのだが、翌・土曜に仕事が入っていたし、2週続けて集会にというのもなぁ、ということで、取りやめ。
 でけっきょく、ラトルの『フィデリオ』も聴かないことになってしまった(← ラトル盤は、セットでオク出し…)。

 おっと‥‥上のように書くと、籠池サンがフロレスタンっちゅうことに!!??
 まさか^^。そうなると、大臣ドン・フェルナンドは安倍首相!!!???
 どんなコンテクストになっとるんじゃ〜。


 さて‥‥と、こっちもコンテクストはつながらないけれど‥‥テレビ版“本編”をずっと YouTube公式配信で見ていた『ウルトラマンジード』の劇場版↓

ウルトラマンジード劇場版

を見てから(集会に)行ってもいいな、と思ったりもしたのだけれど、『ウルトラマンジード』がそもそも子ども向けなので、夕刻以降の上映がたいへん少ない‥‥3時ごろの上映を見てから行っても、時間が空きすぎる。

 個人的に、「ウルトラマン」は、初回放映(昭和41年/1966年)を見た世代である。メンタルには、『ウルトラマン』よりも、その前の『ウルトラQ』のほうが、影響を受けたものかもしれない。
 後続の『ウルトラセブン』の、かなりハイブロウなストーリーや演出のあと、一転してこのシリーズが、ファミリー路線や「根性もの」路線を取るようになって、設定・演出・画像いずれものダサさとキタナさとで、すっかり離れてしまった。

 『ウルトラセブン』など、ウルトラ・シリーズの脚本も多く書いている脚本の大御所・市川森一氏も、路線変更を嫌っていたような話もネット上に見る(YouTube映像で、本人が語っていたものを見た記憶があるが、今見当たらない)。
 というわけで、『帰ってきた…』、『タロウ』、『エース』、『レオ』、『80(エイティー)』などは、YouTubeでも、ドラマ、主題歌とも‘見たくもないもの’になってしまっている。

 2000年以降くらいのウルトラマン・シリーズは、設定の「ゲーム化」や脚本はともかく、映像と演出は見違えるほどきれいでスタイリッシュになり、最近 ― テレビを放棄以後 ― YouTubeに、違法も含めてアップされている動画で、けっこう見ている。
 そして、一昨年の『ウルトラマンオーブ』(本編 YouTube配信)は、『ウルトラマン』50周年という記念的なものだった。

 ここ数シリーズのウルトラマンは、「ウルトラマンゼロ」が主体となって、“光の国”から輩出した“最凶の、悪のウルトラマン”=「ウルトラマンベリアル」を宿敵に仕立て、「みんなで力を合わせて、ウルトラマン(たち)にパワーを送り、最強光線でベリアルを吹っ飛ばす」という物語をテーマにしていて、「ウルトラマンベリアル」がず〜っとラスボス、という設定が基本になっていた。

 去年の『ウルトラマンジード』は、そのラスボス=ウルトラマンベリアルをラスボスのまま置きながら、主人公・朝倉リク=ウルトラマンジードが、ベリアルの息子であるという、ちょっと驚異の設定を据えて展開させた。

 このシリーズは、作家・乙一氏が「構成」として参加していて、彼の見解なのか不明だが、「最強光線をベリアルに浴びせて爆散させる」という、“いつものパターン”を(最後の光線合戦はあるが)、ついに逸脱する結末を見せたのは、きわめて印象的で、感動的でもあった、と言っていいと思う。

 ベリアルは、元はウルトラ戦士の一員であったが、「道を踏みはずして悪と暴力の道」に堕ちた、という設定でシリーズが続いてきたのだが、ジードの存在を、「敵の作戦内ではあるが、遺伝子的にベリアルの息子」と設定したことで、ベリアルの存在そのものが変わった。

 「悪に堕ちる前のベリアル」は、「アーリースタイル」と呼ばれるようで、ここにもどってゆくストーリー展開はこれまで全くなかった。
 『ウルトラマンジード』は、さらに“最凶化”したベリアルと、「息子」であるウルトラマンジードとの対決をメインに据え、最終回で、ジード=リクが、ベリアルのかつての経緯をすべて理解し、受け容れる or 受け容れようとするイメージまで描き出しつつ、光線で吹き飛ばす、その瞬間、ウルトラマンジードの内面にいるリクが、「さよなら、父さん!」と言う、という、まことに「ここまでやるか」な結末を見せた。

 最終回、末尾部分だけの動画は、こちら。文脈がないと、意味がないのですが…。
 ドラマ中で、ジード=リクが、ベリアルに呼びかける二人称も、「敵」としては「おまえ」、「父」としては「あなた」と、シナリオが使い分けている。

 ‘いい大人’が大勢作っているウルトラ・シリーズ感想サイト ― いい大人が、こういう感想を恥ずかしげもなく、と思うような部分も大いにあるけれど ― には、ここで「泣いた」という記事も多い。

 これは、「たかがウルトラマン」にしては、ずいぶん考えぬかれた、よく作られたプロットだったと思うし、こういうものもある種「児童文学」に近似する機能を果たしているところは、無視できないと思う。
 以前に、米林宏昌監督作品のアニメ映画『メアリと魔女の花』に、かなり酷評を書いたのだった。
 映画を見たあと、まもなく原作の新訳文庫本も読んだ。

 原作を読んでみると、映画において、メアリの大叔母・シャーロットが、若いころは赤毛の勇敢な魔女だった、という設定が、原作を改変しているものであることがわかり、この改変の仕方が、まことに木に竹を接いだというような不自然なものだったことが、改めて知られて、がっかりであった。

 原作は、航空機の空中戦を“魔女の箒”に置き換えたような、ある種シンプルな、ストレートに楽しめる冒険活劇になっていて、それはそれでよいけれど、拙劣な改変は、ジブリの衣鉢を継ぐ、などとは到底いえないものだ。
 他方、たかが「子ども向けテレビと、着ぐるみショー」に過ぎないという視点でしか見られない「ウルトラマン」、こっちはむしろけっこうやってるな、というのが実感だった。

 もっとも、劇場版(映画版)は、どの「ウルトラマン」も、ほぼ“豪華版着ぐるみショー”的設定に終わる。今度の『劇場版 ウルトラマンジード つなぐぜ! 願い!!』も、内容的にはテレビ放映版本編を楽しんだ子どもたちへの、「豪華版着ぐるみショー」に過ぎないのではあるけれど。


 さて ― 年甲斐もなく、喜んでヒーローものの動画ばかり見ているのであるが、「ウルトラマン」シリーズの結末は、ドラマの経緯はどうあれ、最後は「最強の火力の光線を敵にブチ込んで爆散させる」というところに持っていく。
 “ヒーローもの”の定番的結末として、これが観客・視聴者にもいちばん大きくカタルシスをもたらす。

 で、唐突なハナシではあるが、しばしば、右寄りの政治家・論客が、教育の場に日本神話を復活させることを求めるということがあり、左側はこれに危惧を抱く。
 記紀神話の中、“怪獣退治”といえば、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治が代表的だ。

 この説話では、スサノオは、ヤマタノオロチを退治するに当たって、もっぱら「*おもてなし*」戦術を用い、武力は最後にだけ揮う。
 ヤマタノオロチの八つの頭それぞれに、酒を満たした甕(『古事記』では酒船[さかぶね])を用意して飲ませ、すべての頭が酔って寝込んだあと、「十拳剣(トツカノツルギ)」でオロチを切り裂き、尾の部分を切り裂いた時、中にも剣があるのにカチン! と触れ、これがのちの「クサナギの大刀」である、という。

 酒に毒を入れたというのでもない。それゆえ、西洋の「トロイの木馬」の狡猾さもなく、もっぱら「おもてなし」戦法なのである。
 ※注=ただし、『日本書紀』のほうは、この書の特徴である、異伝が多く載せられ、そのなかには酒の饗応が記されなかったり(第四の一書)、「毒酒(あしきさけ)」を飲ませる(第三の一書)という別伝記述もあるが、主流は「おもてなし」である。

 ちょっとゲーム感覚な比較になるけれど、ヤマタノオロチは頭が8つ、キングギドラは3つ、である。
 単純計算で、ヤマタノオロチの戦闘力は、キングギドラの2.7倍である。
 キングギドラの2.7倍の戦力に対して、スサノオノミコトは「おもてなし」戦術で、楽々勝利し、戦利品を獲得している。
 これは、第二次世界大戦末期以降の日本の推移とは、そうとう違う。
同じなのは「あとが平和になった」ことだけか…。

ヤマタノオロチとキングギドラ

 神話と歴史じゃないか、こんな比較はバカげていると言うなら、「神話を教育に」という説もまさにバカげている。
 「神話を教育に!」という人びとや、今はやりの安全保障の研究家たちは、このスサノオノミコトの戦い方など、少し考えてみてもいいのではないかと思う‥‥のだが、ムリそうな気もする。

 ではあるけれど、ほとんどのヒーローものが「最強火力の光線で敵を爆殺」という結末オンリーのありようは、ヤマタノオロチ退治神話を考えるようなところから、“相対化”できるかもしれない。

 こんなところが、「ウルトラマン」シリーズへの、私の±の評価である。
 いやはや、ヘンな雑談でした‥‥。

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  • 2018.07.23 Monday
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