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福永武彦『死の島』を読んだ。

福永武彦 『死の島』 上・下 新潮文庫

 福永武彦の長編小説『死の島』(1971年発表)は、10年以上も前に、当時すでに版元品切だったが、古本屋に頼んでおいて入手し、いちど読み始めたもののすぐ頓挫して、積ん読にしていたのだけれど、3月の震災以後、再び通勤の車中で読み出した。

 このような‘文芸大作’にネタバレ云々はないと思うので、超-簡単にあらすじを言えば、出版社員の青年・相馬 鼎と、彼に関わる、また二人どうしも親密な若い女性、萌木素子、相見綾子の三人が主たる登場人物で、もう一人、男性の登場人物の独白部分が重要ではあるが、ほとんど三人のからみだけで進んでいくといっていい。

 萌木素子が広島での被爆者であり、相馬の書く小説中で、彼女の広島での人間関係に被爆者が関わっていることで、この作品は「原爆文学」のジャンルにも入っている。

 構成はえっらく凝っていて、相馬の視点から、二人の女性が広島で睡眠薬心中を図り、相馬が病院に急行して二人の安否を確認する時点を終結とし、これがメイン・ライン。
 その他に相馬の執筆中の三つの小説、素子の心内の情景を描く「内部」【=ここにのみ象徴化された被爆体験が描かれ、相馬の書く小説よりむしろ優れた創作、という感がある】、もう一人の男性の独白「或る男の〜」が途中から加わる(った、と思う…)。

 相馬の視点から描かれるメイン・ストーリーも、二人の女性の安否確認のために、相馬が鹿児島行き急行「きりしま」に乗ってからは、「○○日前」という、ことの起こる前の日数で表記される章と、車中での章が交錯、つまり2本の時間の進行軸が交錯する、という手の込んだもので、読むのははなはだシンドイ。

 この作品の主テーマは、男女の愛と被爆、さらに自殺が全篇に通低するテーマになっているように思える。
 最後に二人の女性が服薬心中するが、その他にも、相馬の創作中における被爆した反戦運動中の大学生「K」の自殺など、被爆者の中にこのような人々がいたのか無知にしてわからないが、「自殺」は通奏低音のように明滅し、やがて炸裂する終末を迎える。

 …震災以降、家を出る前のニュースでは福島第一原発とそれを取り巻く政治の混乱を見、駅に着いては節電で暗くなった車内でこの作品を少しずつ読み進めることは、不謹慎なことでもあるけれど、なんとも‘合う’のだった。

 最も流布した版もたぶんこの新潮文庫だったろう。上巻460頁、下巻450頁(加賀乙彦氏の解説含め)の、押しも押されもしない「長編」である。
 3月下旬から読み始め、ちょうど広島・長崎の被爆から終戦記念日までの週に読み了えた。

 今年の報道番組やドキュメンタリーは、とくに原発事故と敗戦66年という時機を得て、それなりに気合いの入った報道もないことはない。
 その今年 ― 今再びの放射能被曝と、毎年3万人超続きの自殺者 ― に発表後40年を経て、すでに「文学史」の中の1項目でしかなくなっている小説を読んで、いろいろ感じた。

 素子の心内「内部」でのみ、それも漢字カタカナ交じりで散文詩のように描かれる部分にだけ(象徴化された)「被爆」がある。
 現実の、人体が焼け爛れるありさまを如実に描くことを避けることで、かえって象徴化・結晶化された悲惨を描こうとしたことが伺えるが、これはやはりどう考えても、核爆弾被爆の実態から遠く、それでいて被爆ゆえの「死にとり憑かれる」(作中で「それ」と呼ばれ、暗示される)ことのおぞましさが、描ききれているかというと、私にはそうとは言い切れない。

 福永の子息・池澤夏樹氏の作品は、わずかに斜め読みしたことがあるが、じつに平明な人間・家庭描写だった。『死の島』から被爆と自死と(放蕩も、か)を取り去ると、池澤さんの作風に近づくのかな、とちょっと思った…。

 『死の島』のタイトルは、作中でも言われるとおりベックリンの絵『死の島』である。文庫のカバー絵は上・下巻ともムンクで、上巻のはメロス四重奏団のシューベルト弦楽四重奏曲集(Harmonia mundi France、2CD、売却ずみ)にも使われていた。

 ラフマニノフに、ベックリンから印象を得た交響詩『死の島』があるが、そちらは登場せず、作中で語られる音楽は、シベリウスである。
 相馬の小説中、最も力の入っているものが「トゥオネラの白鳥」であることも、シベリウスの音楽をそこそこ重要な要素としていることがわかるが、シベリウスと「死」とが作のように結びつくかどうかは、読者の感覚によるだろう。

 一読 ― 文字どおり一読のていどで、熟読とはいかない ― しての感想は複雑だ。
 このような作品を忘却の彼方に追いやってしまったわが国の読書人は、ちょっと情けないのではないか、と思うと同時に、劇中劇ならぬ相馬の‘作中小説’で描かれる、戦後広島の反戦地下運動というのが、どうにも薄っぺらく感じられる。こういうものだった、あるいはこういう運動があったのだろうか…。

 アンジェイエフスキ『灰とダイヤモンド』の浅薄な描出といっしょにするのは酷に過ぎるにしても、やはり、この作品の筆致では、核被爆のもたらした尋常ならざる悲劇と、そこに関わる「自死」の深い闇とは、描ききれていない、と感じてしまった。
 核に限らなければ、戦争の本質を剔抉した文学を読みたければ、大岡昇平などのほうが優れているのだろうか…。

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  • 2017.05.22 Monday
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  • 03:03
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コメント
へうたむさん

お久しぶりです。
解説、非常に解りやすいですね。
小説は一連のハイペリオンシリーズ以来読んでいません。
最近読んだ本は、「ほっとする老子のことば」や徒然草です。老子の...は本当にほっとしました。寝る前によく読んでます。
  • Phoenicia
  • 2011/08/16 12:21 PM
Phoeniciaさん、こんばんは。その節はありがとうございました m(_ _)m。
こういうエントリにもお越しいただき、ありがたく存じます。

『ハイペリオン』シリーズ…超大作、みたいですね。
私は、SFはほとんど読まないのです。例外は、コリン・ウィルソン『賢者の石』(創元推理文庫)でした。知ったのは長岡鉄男さんの本です^^。
基本的に、読書好きではないので、“読む価値のある”とアタマで決めつけた本を読む感じです。なので、延々と続く娯楽大作 ― 栗本 薫とか吉川英治(古.^^)とか ― はダメなんです。

>老子の...は本当にほっとしました。寝る前によく読んでます。
癒されそうですね^^。『老子』は朝日文庫で原点+注釈を読もうと思って中断してました^^;。『ほっとする老子のことば』、見てみたいと思います。

『徒然草』‥‥は、‘商売もの’だったりします^^;。兼好さんはちょっと‘わかりすぎている’ところに抵抗なきにしも非ず、鴨 長明のほうが共感したり…。

>解説、非常に解りやすいですね。
お、恐れ入ります〜 (^^;)ゞ。そ、そうですか〜(汗;)。
超簡単なセツメイを読んでいただいても、伝わらないコミイッタ小説でした。
ちょっとおおぜいの方にお薦めできる感じはないですが、こういうカタい本は敬遠されるとともに、そういう形でしか被爆の問題を扱えなかった文壇に残念さを感じもします。

研究者の素質もやる気もないのに、逃げでこんなところまで来た愚生でして、仕事がら、ホンは読んでおいたほうがいいのですが、いくら‘自己研鑽’しても、永遠に手取り時給1,700円の採点指導講師です… (´o`;)。
  • へうたむ
  • 2011/08/16 11:31 PM
へうたむさん、こんばんわ^^ノ

今日はブログ巡回タイムオーバーで、ここで力尽きましたorz
明日また伺いますね!
おやすみなさい<(__)>
  • きゃーる
  • 2011/08/18 1:41 AM
きゃーるさん、こんばんは。

行き着いたところが、こういうシンキクサい記事でこれはお気の毒でしたぁ〜 m(^^;)m。

おやすみなさい。
  • へうたむ
  • 2011/08/18 2:18 AM
へうたむさん、こんばんわ^^ノ

うむー、重たい内容の小説みたいですね(T_T)
読むと疲れそうorz
私もいつか立ち止まる時がくれば読もうと
いう気分になるのでしょうか??


そうそう、「ドン☆キホーテ」というタイトルのドラマの
オープニングの曲、なんていう名前の曲がご存知でしょうか?^^;
聴いた事のある曲なので有名な曲だとは思いますが。。。
ほんのり哀愁があってアルテックで鳴らしてみたくて^^;
  • きゃーる
  • 2011/08/21 12:43 AM
きゃーるさん、こんばんは。

いや〜、週末です〜^^ノ 今週はちょいハードでした^^;。今夜は早めに夕飯(105円ピラフ+マイタケ、ニンニク^^)食べて風呂入りました^^。

『死の島』、重たかったです‥‥が、重いテーマを説得的に描くには、福永武彦という作家の筆力を以てしてもいまだし、の感あり、でした。お薦めはしません^^;。

しかし、それだけ「被爆」、「被曝」のテーマは重いということです‥‥この3〜8月に読んだので、それは印象ありましたね〜。
そうそう、福永にはボードレール『パリの憂鬱』の翻訳もあるかと思えば、映画『モスラ』原作の共同執筆者の一人でもあります。

‥‥ところで、ポップス系にはほとんど食指の動かない へうですが、最近、クミコ(旧名・高橋クミコ)さんという人に魅力を感じてます…。
  • へうたむ
  • 2011/08/21 1:33 AM
P.S.
『ドン☆キホーテ』の‘主題歌’ならネット上に情報あるんですが…私の知らないジャンルです^^;;。
  • へうたむ
  • 2011/08/21 1:36 AM
へうたむさん、こんばんわ^^ノ

主題歌じゃありません!!
「オープニング」です!
ようつべでみつけましたが、結局曲名はわからず(T_T)
http://www.youtube.com/watch?v=ViUIeXXCSA4
これですけど、たぶんJ-POPではないです^^;
  • きゃーる
  • 2011/08/21 1:51 AM
きゃーるさん、どうもです。

どうにも無知な分野で、原曲、作曲者など不明><;。
ですが、来週、サントラ(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0056VXK7S/ )出るみたいっす^^ノ。金子隆博という名前がクレジットされてますね。試聴できます ― 2曲目です^^♪
  • へうたむ
  • 2011/08/21 2:23 AM
へうたむさん、こんにちわ^^ノ

あ、これです!
サントラがでますか!
って、これって昔の曲じゃないんですか??
ききおぼえがあるんですけど。。。
ひょっとして、パクリンな曲??(T_T)
  • きゃーる
  • 2011/08/21 4:34 PM
きゃーるさん、こんにちは。

ふひ〜‥‥11時間、フトンに入ってました^^;。

これ→ http://www.vap.co.jp/dq/ost.html が発売元・バップのページです。
どうも思うに、全曲 金子隆博のオリジナルみたいですが‥‥米米CLUBの中心メンバーだったそうですから、パクリンはないでしょうな〜。でも古い曲のリメイクかもしれません。

さて、SRWare Ironは速いんですが、Amazonのクラシック詳細検索ページで、外盤のウインドウに入力した文字列が、次に行ってからもどると国内盤のウインドウに入ってたり、Googleのメイン・ページで検索して戻ると検索文字列が消えていたり‥‥で、ちょっとメイン・ブラウザにはしづらい、ということで‥‥
PaleMoonを試してみました。ところが! 最新版の Pale Moon 5.0を入れたら起動せず。
なぜかとググると、Pale Moon 5.0は SSE2を利用しているので、SSE2をサポートしない AMD モバイル Duron搭載のうちのPCでは動かないのでした。
で、‘Athlon XP用 Pale Moon 3.6’というバージョンを入れて無事起動^^♪

けっこ軽いです〜。Operaの設定・ブックマークをインポートできる、としながらブックマークはインポートしてくれないので、OperaでHTMLにエクスポートしたやつをインポート。

しかし、今後 Pale Moonは SSE2を基本として開発するようなので、以後はパソコン買い換えないと使えません><;。
  • へうたむ
  • 2011/08/21 6:43 PM
先輩、こんにちは☆

うん。。。そろそろ、PCも現役引退の頃と思うの。ムーアの法則じゃないけど、そろそろ限界っぽい感じ。

ブラウザ、難しいのよね、選択。Firefoxは、次のバージョン7位から軽くなりそうな感じ。ベータ版使ってみました。ただ、やっぱり、先輩のCPUだと、動作しないと思うの。

今は画像合成とか、GPU(グラフィックのチップ)で行ったりしてるから。

ノートもいいけど、先輩の知識があったら、自作とかそれに近いショップのモノがいいです☆

でも10マン近くしてしまうから、今回は、マザーボードで15000円とか、次はケースで、何円とか、1年位買いためて行くと、いつのまにかPCが出来上がったり(笑)

会社でも、PC一式は稟議書が必要だったりしたから、課長決済で済む3万円枠で、パーツ買って組み上げた、存在の無いPCがあったりでしたw
  • 音巴
  • 2011/08/24 9:33 AM
音巴さん、こんにちは〜♪

>そろそろ、PCも現役引退の頃と思うの。
うへ〜… (~o~;) …単刀直入に!! ‥‥いえ、そのとおりです、ほんと orz...。

Wordで保存している「家電・家具購入表」を開いてみたら、現用ノート、2001年11月購入、となってました^^;。

当時、もう大学の任期制助手も終っていて(今同様)定収入はなく、それでも非常勤職の教材作成が、本のコピーをコピー用箋に貼り付けて作成するだけではとても間に合わなくなり、加えて個人的娯楽のためにも、と貯金をドカ〜ッと崩して(プリンタ、スキャナも合わせて、2日で23万くらい消費〜~~;)初めてプライヴェートで買ったPCです。

富士通 FMV BIBLO、AMD モバイルDuron 800MHz、メモリはデフォルト 256MBを384MBに増量。
当時、Duronは Spitfireコアから Morganコアに移行していた時で、買うPCの候補の Duronはどっちだろう、と、日本AMDに二回も電話をかけて訊いたことがあります。
現用PCはたぶん Morganコアですが、富士通が識別利用していないので、Morganコア独自の節電技術“Power Now!”は使用できません。
― とまあ思い入れのあるPCだっちゅうことで^^;。

で、(以下、太字^^)〈B〉もうPC買うお金なんか、1銭もありません!!! \(ToT)/〈/B〉

如上、現用機の性能はもう限界越え、高速をスバル360で走ってるようなものかも。いや、スバル360ほど可愛くもないし〜。
アキバのちょっとアヤしい店に入ると、XPの中期くらい(2005年以降?)のノートを中古で3万くらいで売っているようで…この辺、スペックも高いのでは、と思うんですが、それでもちょっと買えませんねえ。泣。

考えてみれば、ギリギリ予算との妥協で最低限のスペックの機種を購入し、10年持たせ、XPのキレイなウインドウは全て解除、少しでも軽いブラウザを探し、重くなりがちな今どきのウェブもなんとか見ている私は、けっこうなPC使い倒し屋、ひたすらプアな方向でのヘヴィーユーザーかもしれません。
  • へうたむ
  • 2011/08/24 4:42 PM
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