グールドの『平均律』、買い直し。

 この記事で書いたように、Sonyの、 b-sharpスタジオ(ボックス・セットには記されていないが、ショップ・サイトで明記している)のリマスターになるボックス・セットを数セット、他のヴァージョンに買い替えている。

 そして、転居後に買った、グールドの『平均律』のいちばん新しく、いちばん安い4枚組セットなのだが、これにはリマスターが b-sharpであること、担当者名もフィリップ・ネーデル Philipp Nedelと記されている。

 最初は気にせず聴いていたのだけれど、このセット、ピアノの音像が2つのスピーカーの間に大きく広がり、かっちりした「像」感が少ない。
 音自体も、倍音が強調されて、耳にビンビンと来る。

 『ゴールドベルク変奏曲』の手持ち盤は、散文的なブックレット/インレイ・デザインの、20-bitリマスターを明記し、SBMのステッカーがケースに貼ってある外盤(SMK 52619。「remixed by Andrew Kazdin (Producer) and Miguel Kertsman (Engineer)」とある)である。
 これと比べた時、新しい「平均律」が顕著に異なることに気づいた。

 取りようによっては、新しい b-sharpによる音作りのほうが、‘グールドらしい’ものなのかもしれない、とも思った。
 が、聴いていると、私の耳とシステムには、やはり従来の SBM表示のもののほうが自然なのである。

 『ゴールドベルク』は、つねづね第32トラックの主題の再奏を、一夜の「レコード・コンサート」のクロージングに聴くばかりで、最初から聴き始めたことがじつはない(!)のだったが、先日、最初から半分くらい聴いた。

 SBMの『ゴールドベルク』は、音像の周囲に適度に余韻のオーラが漂い、この音作りが声部の対位法的なからみを、むしろうまく聴かせてくれるように感じる。

 と! いうことになり、Amazon中古では2枚組×2セットでは、SBMの外盤はまだ安く求められる。
 が! これだとスペースを食うので、新セットと同じく4枚がシングル2枚分の厚みのケースに入っているセットを探すと、これがなかなか出てこない。
 最も新しいのは、国内盤のSACDハイブリッドのセットがあるが(これはまた別マスタリングを依頼している)、こんな高いものを買うべくもない。

 そこで、いろいろ見ていると、殺風景な表紙のヨーロッパ盤が4枚セットで、Amazonでは HMVが送料別で1,000円くらいで出品しており、それなら、と、バッハのピアノ演奏ディスクで欲しいと思っているものを加えて2,500円超にして、送料無料で注文した。

バッハのピアノのCD群

 ガヴリーロフの新盤のほうの『フランス組曲』(DG、2CD)と、ポゴレリチの弾く『イギリス組曲』第2、3番(DG、MASTERS)をいっしょに。

 もう1点は、オクで500円で買った、バルトークのヴァイオリン・ソナタ、スターンの旧盤(ザーキンがピアノを弾いているもの)。

 では、グールドの『平均律』、2種の写真。

グールドの平均律


 ↓レーベルとブックレット。入手した旧4枚組は、薄紫系のレーベルで、ブックレットには、グールドの著書を引用しただけの、Michael Stegemannという人の簡略なノートだけ。
 各トラックの録音日と場所は記されているが、リマスターに関する情報は一切ない。

グールドの平均律、中身


 Amazon.co.jpの、このレビューに書かれていることがほんとうらしく、SBMの外盤と同じと考えてよいようだ。

 ‥‥というわけで、グールドを聴くのは、こっちにしよう。

ポゴレリチのインレイ、背。

 今回、ポゴレリチは、新盤は2枚組のガヴリーロフの『フランス組曲』より高く、ちょうど HMVが432円の中古を出していたので、そちらにした。
 盤質A盤表示だったが、ブックレットはちょっと汚れがあって、ページがくっついていたり、何より、インレイカードの背の黄色が褪色していたのがショック。

 MASTERSシリーズ(外盤)の背は、上と下のラインの範囲内のみ黄色で、レギュラー盤の全面黄色ほど印象的ではないので、まあいいかな、とは思うのだが、新盤を注文したほうがよかったかも。

 ガヴリーロフとポゴレリチ、それぞれ個性的だが、グールドの持つ「思弁性」からは遠い。
 いずれの組曲にもある、ゆったりした「サラバンド」を、ショパンのワルツやノクターンを聴くような感じで聴くのが心地よい。

 ‥‥余談だが、HMVはショップ直でも Amazon経由でも、中古品の発送は3営業日めになるようだ。
 昨今の中古の発送では、ちょっとびっくりするくらい遅いが、この辺は気長に待って、安くて欲しいものを購入したいと思う。

 もうひとつ余談‥‥は、けっきょく b-sharpがリマスターしたものの中では、ブダペスト四重奏団によるベートーヴェン:弦楽四重奏曲全集だけが、手許に残った。
 他のヴァージョン候補としては、中古でもけっこう高価な国内Sony盤しかなく、かつ b-sharpのセットの中では、ちょっと高域をトーンコンで下げてやると、聴ける音にはなる、ということで、残っている。

 おっと、3つめの余談。こちらで、アッカルド+ジュリーニのベートーヴェンが、ディスクのばらつきのせいか、音がキンキンした感じなので廃棄を考えている旨記したけれど、中性洗剤とぬるま湯で洗ってみたら、プラシーボ的なのだが少し聴ける感じがしてきたので、置いておこうと思う。

室内楽のCD、4点。

 CD漁りはもうぼつぼつ一段落しないと、と思いつつ、室内楽を4点とオペラを2点、買った。

室内楽、CD 4点。

 モーツァルトのピアノ四重奏曲は、前に、プレヴィンとウィーン・ムジークフェライン四重奏団の LONDON国内盤と、さらにワルター・クリーンとアマデウス四重奏団の DG盤の、タワーレコードの復刻盤を持っていて、いずれも手放している。

 昔からの評価では、ホルショフスキー/ブダペスト四重奏団(CBS)や、ヘブラー/ベルリン・フィル団員(PHILIPS)、デムス/ウィーン室内合奏団(Eurodisc → DENON)などが名盤とされ、私の買った2点も評価は高い。

 どういうわけか、弦だけ、あるいはクラリネットの入った楽曲に比して、フルート四重奏曲とピアノ四重奏曲には、さしたる魅力を感じかねて、「手許になくてもいいや」となる。

 オクで、デムス盤(DENONの CRESTシリーズの千円盤になっている)が極く安く出ていたので見ていたら、入札が入ったので(ええこっちゃ!)、横取りはやめて、Amazonマケプレ中古から、最近売り出し中(← って日本独自の、ちょっと品のない言い方ですねえ…)のドイツの常設ピアノ四重奏団・フォーレ四重奏団 Fauré Quartett(検索では、「Quartett」とドイツふう綴りでググると出やすい)のディスク(DG。2005年録音)を、海外盤中古で入手した。


  ↑
 YouTubeにある第1番ト短調第1楽章の動画を。
 紅一点のヴァイオリン、エリカ・ゲルトゼッツァー Erika Geldsetzerおねえさまが、外見的に目だち、また彼女の睨みつけるような目線にはなかなか迫力がある‥‥とゆーようなアウトルックに惑わされずに聴くと、ピアノ(ディルク・モンメルツ Dirk Mommertz)にかなり主張があり、モーツァルトの場合も、「ウィーン風」というのとはかなり違うような、緊張感の高い演奏をする。

 なお、「フォーレ四重奏団」という名称のピアノ四重奏団は、すでに「Quartetto Fauré di Roma」という、イタリアのアンサンブルがある(瑞ClavesからCDが出ている)。

 このディスクと演奏団体が気になるにつれ、ググるとよく出てくる、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番と第3番のディスクにも食指が動く。これもDGで、2007年録音。両方ともベルリンの Teldexスタジオでの収録、そこそこお洒落なブックレット、レーベルのデザインには共通性が持たされているが、プロデューサー、トーンマイスターは異なる。

 で‥‥ブラームスのほう、新品ショップでは新しいせいかモーツァルトよりお高い。国内盤も同じくらいで手に入るようだが、こっちは SHM-CDで、経験的に SHM-CDは高域エッジが強めで好きではなく、オク出品の外盤中古を、送料込み1,100円ほどで入手。
 そうしたら、書いたように、ディスク周囲部を緑のマーカーで塗ったお品が送られてきた。

 いちおう無水アルコールを浸したティッシュでゴシゴシ、エッジ部をこすって落としたが、若干染み付いていそうな? ;;;
 その旨は伝え、が、除去はできたので「今回はOKだが説明は欲しい」というメッセージを送っておいた。諒解したのでいいと思ったのだろう、返事は、無い。

 ― そのブラームスなのだが、これもなかなかいい演奏で、名盤といっていいだろう。
 1枚ものなので、当然ながら第2番が欠けているが、これは、ピアノ三重奏曲の、ピリス、デュメー、ジャン・ワンの DG盤と同じ。

 米Amazonの商品ページには、第1番と第3番だけのレギュラー盤である当盤より、2枚組で全曲が安く揃う、ドーマス Domusの Virgin(現 Warner/Erato)盤のほうを勧めるレビューが上がっており、それを意識してか、別のレビュアーは「In any case, I recommend that you look past the omission of the second quartet and just get this disc - it's worth it(いずれにせよ、第2番がないことは忘れて、このディスクを入手することをお勧めする。その価値がある」と書いているのは、頷ける。

 ドーマス盤も持っており ― なのでフォーレ盤はちょっと躊躇していた ― ドーマスのもたいへん熟した、室内楽としてのよさを十全に表現したものだと感じるが、フォーレ四重奏団盤は、月並みな言い方になるけれど、「ドイツ的」な緊張感が高いものだ。
 ちょうど、ピアノ三重奏におけるトリオ・フォントネと通じるところがあるが、表現の幅はさらに広く、音楽に沿って激しくもなる。

 ダイナミック・レンジも大きな演奏なので、弱奏部分をちゃんと聴こうと音量をセットすると、強奏部分で音量を下げたくなる、ということはある。

 ドーマス盤は、ピアノのスーザン・トムズ女史の懐の深いピアノが全体を柔らかく支えるが、フォーレ・クヴァルテットのほうは、舞曲楽章のリズムが切迫感を帯び、“青春の、暗い情熱”みたいな雰囲気を醸し出している。

 あと、左上のは、評論家の推薦盤には上がってこないが、ネット上に評価のある、プレヴィンとウィーン・ムジークフェライン(と向こうの人は発音するのかな? 「ムジークフェアアイン」のような気がして…)四重奏団による PHILIPS盤。
 オクや Amazonには海外盤がそう安くもなく出ているが、1,450円の「フィリップス・スーパー・セレクション」で出ていて、これがオクで送料込みの激安、加えて、Yahoo!上でよくあるのだが、期限付きTポイントが300点付いていたこともあって、即落。

 ブラームスのピアノ五重奏は、冒頭がユニゾンで始まるという、ナンとも芸のない(と聞こえる)始まり方に、あまりいい印象を持っておらず、ポリーニとイタリア四重奏団の有名な盤も手放して、1枚もなかった。

 今回のプレヴィン盤の顔ぶれでは、モーツァルトの四重奏曲を聴いていて、これは「国内盤新品を定価で買う」という行為が、あまりありがたみをもたらさないことも相俟って、印象が薄かったのだが、ブラームスのほうは、全体の、こちらはまさに「ウィーン風」の「歌い上げる」演奏で、モーツァルトよりこちらのほうがこの顔ぶれには合っているように感じた。

 音は、上の DGの2枚などに比べると、高域エッジがちょっと強調されたように聞こえる。
 これはドイツ盤のほうが柔らかいかもしれない。ポリグラム(ポリドール、現ユニバーサル)系は、同じマスターでも内外で若干違いを感じる。

 下段左は、モーツァルトの弦楽三重奏のためのディヴェルティメント K.563。
 他の「ディヴェルティメント(喜遊曲)」とは同カテゴリーとは言えない、単独の「弦楽三重奏曲」という存在で、ベートーヴェンの後期の四重奏曲みたいな立ち位置にある楽曲かも?
 アマデウス四重奏団員の DG盤だけ持っていたのだが、もう1枚欲しくなり、クレーメル、カシュカシアン、ヨーヨー・マの CBS盤(Sony)。

 「High Clear Digital」のロゴのある、1996年発売の、国内ソニーの「ベスト・クラシック100」の1枚。Amazon中古ショップで、未開封品でした。
 ソニーの「ベスト・クラシック100」は、この次くらいのラインナップから DSDリマスターを施してきたと思うが、私は、バーンスタインの東京公演のショスタコーヴィチなど、DSD盤は好きでなく、この96年のシリーズに買いなおしている。

 以下、余談。
 この「ベスト・クラシック100」、最新のは1枚本体1,600円でブルースペックCD2、何より RCAを飲み込んだため、それぞれの名盤が大幅にカットされるに至っている。室内楽は、ついに1枚もなくなった。 訂正:室内楽は、モノラル期の、ハイフェッツ・トリオの『大公』のみになった。ステレオ録音の室内楽はなくなったわけだ。

 生田絵梨花チャン♪ をイメージ・キャラクターに起用して意匠を凝らしているが、CBSと RCAという、アメリカ二大レーベルを統合して、なおかつ「ベスト・クラシック100」というのは、どう考えてもムチャである。
 日本のレコード会社に対して、まったく余計なおせっかいだが、この辺で「ベスト・クラシック200」とでもするか、「ベスト・クラシック100プラス」とでもして名録音を常備するのがいいと思うのですが‥‥もうディスクの時代じゃないのかなあ。

 クレーメル、他の K.563(「ごくろうさん」と覚えてしまう。あ、このナンバーの真空管、あったな^^‥‥いや、まさに文字通り「ご・く・ろう・さん」=5963でしタ^^;;)は、意外に‘室内楽’した、緊密な演奏。マ氏が、自分を全くといっていいほど主張していないのがまた、すごい。

2セット、ポチっちゃいました^^。

ブルックナー、ヨッフム(DG)  ショスタコ、ペトレンコ


 ま、買うか買わないか考えていると、だいたい買うことになりまス;;。

 ショスタコーヴィチは、オクに久しぶりにバルシャイ/ケルン放送響のセットが安く出てきたりしていたが、当初の予定どおり、Naxosのペトレンコ盤。
 ネットオクに新品が、Amazon海外ショップとタワーや HMVの中間ぐらいの値で出ていたもの。送料別で5,000円の新品。

 マルケヴィッチの子息、オレグ・カエターニのセット(単品はSACDだった記憶があるけれど、セット(Arts)はどうもCDらしい)も安く、気にならないこともないが、単発の時からリスナーの間で評判だったヴァシリー・ペトレンコのものを購入。

 問題はブルックナー。
 ヨッフムのドレスデン盤は、初出の海外盤と、ARTリマスターのボックスを両方聴いたことがあり、両方とも手放している。
 前者は低域は豊かだが中域より上がモコモコ。後者はずっとよくなったが、今度は高域を強調しすぎ、かつ、西側レーベルに来ている旧東独VEBのテープは、どうもどこか劣化しているふうがあって、基本的な透明感に欠けていた。
 加えて、ヨッフムの演奏のいささかの‘あくの強さ’がやや肌に合わず、ということがあった。

 ブルックナーの交響曲全集が欲しいのは、第1番、第2番、第6番の、とくに緩徐楽章が聴きたいからだ。
 後期三大交響曲などは、すでに大名盤が手許に複数ずつあり、それでもう十分なくらいなのである。

 まず、スクロヴァチェフスキー。Arte Novaより、あとで移籍した Oehmsのリリースのほうが若干でも音がいいかも、と思い、試聴ファイルがあるサイトに‥‥と探すと、Prestoclassicalのページで聴けた。
 が、聴いてみると、00番、0番の急速楽章の出だしなどは、楽曲自体がそうなのだが、えらく高速で元気な感じがして、違和感がある。

 う〜ん、ほかに候補というと‥‥と探して、ハイティンクのアナログ期の全集があり、まだ4,000円ちょいで求めることができそうだ。
 この試聴ファイルを聴いてみたら、緩徐楽章の低弦の深〜い響きなんか、じつにいい。

 しかし‥‥よ〜く見てみると、ハイティンク盤は、かなりの楽章でミスターSより演奏時間が短い、つまり速い(繰り返し等は考慮に入れず)。
 ハイティンクのブルックナーは、のちのウィーン・フィルとの再録音、さらに三大交響曲のコンセルトヘボウとの再録音が高い評価を得ていて、60年代のこの全集はほとんど言及されない。

 いや、それなりの巨匠の全集であって、どちらも聴き込めば得るものは少なくないだろうことは想像に難くない。
 が‥‥やはり第1、第2、第6の緩徐楽章の、弦楽の深み‥‥となると、ヨッフムの旧盤=DGのセット、ということになる。

 上のリンクは、DGのサイトのページだが、各楽章1分間ずつ、じっくり(でもないか)聴ける。
 旧全集は、第1、第4と後期三大交響曲だけがベルリン・フィル、ほかがバイエルン放送響の演奏で、これはよさそうだ。

 ヨッフム/ベルリン・フィルのブルックナー:第1番は、40年以上昔だったろうか、国内盤LPで聴いて、第2楽章の美しさがとくによかった記憶がある。
 単発のCDも買った記憶があるが、手放している。

 なんで第1かというと、宇野功芳氏の『名曲とともに』(帰徳書房、1974年)の最終章「ぼくの愛聴盤」中に、夕食後の愛聴盤としてブルックナーのいくつかの中に「ヨッフム指揮の「第一」スケルツォ(グラモフォン MG1361)は浮き浮きするほど愉しい。ヨッフム指揮の「第六」アダージョ(グラモフォン SLGM1388)からは清らかな自然の寂しさを実感し、…」(222〜223頁)とあったからだと思う。

 たぶん買ったLPレコードは文中にあがる MG1361だったのだろう。音質的には高域が明るいカッティングで、のちには不満を覚えただろうが、当時はそこそこ満足していたようだ。
 そうそう、今回初めてヨッフムのDG盤全集を、その第1以外も ― 宇野氏の言う第6も ― 聴ける。

 こちらもオクで新品、4,000円ほど。
 両方とも配達は日本郵便(ゆうメールと、レターパック)なので、ヤマト運輸のドライバーさんの過酷労働にさらに負荷をかけることもなく‥‥が、これはまた現今深刻な問題なのであるが。

 ヨッフムのドレスデン盤は、EMI最末期に Iconシリーズの20枚セットで、ベートーヴェン、ブラームスの交響曲全集にバッハの『ロ短調ミサ曲』なども加えて、大半が再度リマスターされた形でまとめられ、まだDG盤のブルックナーより場合によっては安く入手できる。
 ブルックナーだけでも音質面では改善があると思われるが、さすがに20枚組のCDボックスというのは、手許に置くことだけでも抵抗感がある。
 現在、最も枚数の多いセットは、弟宅から強引にもらってきたサヴァリッシュの『指環』(EMI+NHK)の14枚セットである。


 ‥‥という、「ポチっちゃいました〜」報告でした。

ぼつぼつCD購入も…。

E.クライバーのベートーヴェン
 休みは多いのに、前日の未明までネットを見ていて、起きるのが極度に遅く、意外に音楽が聴けていない。

 が ― 先日、ちょっと衝動買い的に買ってしまった、エーリヒ・クライバーのベートーヴェン、その第6番『田園』の第2楽章を聴いてみた。絶品でした。

 ONTOMO MOOK『リーダーズ・チョイス −私の愛聴盤− 読者が選ぶ名曲名盤100』(音楽之友社、2000年12月)では、読者投票リストに、第6番『田園』のみ、8位に入選している。
 第3、第5はリスト入選はなく、第3のほうがコンセルトヘボウ盤への読者コメントだけが載っている。

 入選の第6番は、ワルター、クレンペラーについで、高齢者=60代の支持が高い。これは初出の時代の影響が大きいだろう。

 私の入手した E.クライバー/コンセルトヘボウの『田園』は、ポリグラム盤ではなくキングレコード盤で、音質に不安がないことはないけれど、実際に聴きすすめると、高域には若干の混濁感がありつつ、中〜中低域と低域(ほんとうの低域はうちでは出ない)の充実感が補い、かなり厚みのある音を聴くことができて、速いテンポで進む第1楽章を通過し、第2楽章に入ると、すでに指摘されるように悠然とした進行になり、もう何もかも忘れて「ベートーヴェンの田園の、小川の光景」に誘い込まれる。

 末尾に近づいて、カッコウの擬音が奏される時には、聴き手は完全に音楽の描く世界に散策している。
 ‥‥あまりにすばらしく、そしてちょっと長く聴いていたので、その日はこの印象でリスニングを終わるべく、第3楽章以下は聴かずに‘針を上げた’…じゃなくてCDを取り出した。

 これは買ってよかった。
 同時に入手した、ウィーン・フィルを振った第3『英雄』、こちらはポリグラム盤だったのだが、高域は透明できれいな音なのに、中〜低域が薄く、全体として音楽の感興が、キング盤のコンセルトヘボウの『田園』のような具合に感じ取れない。
 低域が分厚くないのは、ウィーン・フィルの特色でもあるので、その辺もあると思われるが、キング盤が必ずしも悪いとは言い切れない例を、今回も経験した。
 全体にノイジーなところがあるが、キングに来ているマスターテープをそのまま、情報量を抑えも強調もせずにデジタル化したというふうである。

 もっとも同じマスターを使った MZ規格や K15C規格などのLPレコードだったら、高域の強調感が耳障りだったろう。

 ‥‥ちょっとCDを買い過ぎている、それでいてまだオクや Amazonを渉猟してやまない物欲地獄をさまよっている愚生であるが、手許に集まったディスク群をしげしげと眺め、実際に再生してみて、「いや〜、いいレコードばかりだぁ」と感心しない日はない。

 その上、まだまだじっくり味わっていない、とくにオペラのディスクは全トラックに耳を通していないアイテムも少なくないので、ほんとうに「もう買うのはやめよう」と思うこと頻りなのであります‥‥が。

 だいたいちょっとしたクラシック・ファンでCDを集めている人なら、「こういうのは持っているだろう」というセットで、持っていない(含む:手放した)ものは意外に多い。

 交響曲全集で、持っている作曲家:ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、シベリウス、ニールセン。
 同・持っていそうで持っていない作曲家:ブルックナー、チャイコフスキー、ドヴォルジャーク、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ルーセル、オネゲル、ヴォーン=ウィリアムズ。

 エルガーやスヴェンセンはそれぞれ2曲しか書いていないので、持ってはいる。マーラーは、バラで全曲、あることはある。

ブルックナー/ミスターS   ショスタコーヴィチ/ペトレンコ


 それらのうち、ブルックナーとショスタコーヴィチの交響曲全集は、持っていてもいいかな〜、と思いつつ、いろいろググっている。

 ブルックナーは、ヨッフムのドレスデン盤、EMIで ARTリマスターしたボックスを持っていたけれど、そんなに聴かないまま、生活費に変わった。
 ショスタコーヴィチは、バルシャイの Brilliant Classics盤をいちど入手するも、これもあまり聴かないうちに換金。
 ひとつには Brilliantにありがちな、情報量の少ないツルツルした音も不満だった‥‥現用の装置ではもっといい印象を得られるかもしれないけれど。

 ブルックナーは、買うとしたらスクロヴァチェフスキーの Oehms盤か。ショスタコーヴィチは、ペトレンコ盤(Naxos)を考えている。

 両セットを揃えるとすると、8,000〜11,000円くらいの出費だろう。
 2016年度分の税金と国保・年金保険料は、1月末までで収め終わったので、少し余裕のある分が回せるけれど、賃貸の契約更新手数料なども今年はかかってくるし、(私としては)お高いスニーカーを、もう1足買った(後述)。
 さてさて。
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二つの『スコットランド』、そして『時の旅人』。

 ‘幸福すぎる人生を送るあまり、その音楽に深みがない’ふうな言われ方をされがち(?)な、ヤーコプ・ルートヴィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディさん。

 しかし、その交響曲第3番『スコットランド』はとても深い情緒を延々と歌う。
 交響曲第3番と、序曲『フィンガルの洞窟』(ヘブリディーズ序曲)とは、作曲者が、16世紀に悲劇的最期を遂げたスコットランド女王メアリー・スチュアートへの関心、具体的にはホリルードの宮殿を訪れた印象にインスパイアされた、ということのようだ。

 メアリー女王の閲歴は、かかわる諸事件がもう複雑で、私には何がどうなっているのやら、説明など不能。マニアの人たちがたくさんサイトを作っているので、興味のある方はググればいくらでも出てくるし、書籍も多いだろう。

クレンペラーの『スコットランド』、2種

 その、メンデルスゾーンの交響曲第3番『スコットランド』。
 世評で、抜かすことができないと言われるオットー・クレンペラー指揮の録音。ゆったりしたテンポで、悠然と盛り上げてゆくロマンの深さが圧倒的だ。

 この交響曲は、第2楽章を除いて全体に暗鬱な雰囲気を濃厚にし、メアリー女王の悲劇的最後に向かってゆくような暗さを基調としているけれど、終楽章のコーダで長調のコラールが姿を現わし、そのコラール(ファンファーレふう?)を高らかに歌い上げて全曲の幕を閉じる。

 しかし、知られているように、クレンペラー自身はこの最後に突然現われる明るいコラールは、楽曲にふさわしくなく、作曲者自身も疑念を持っていた、と考え、暗いまま終結するコーダを作り、これで演奏した録音が残っている。事情は、こちらなどが簡潔かつわかりやすい。

 独自コーダのヴァージョンで残されている録音のCDは、バイエルン放送交響楽団を指揮した1969年(クレンペラー、84歳!)のライヴである。
 ニュー・フィルハーモニア管とのスタジオ録音(1960年、マエストロ 75歳)のさらに9年後。

 いずれもリリースは EMIで、ライヴ盤のほうはショップ・サイトやオクでは、ものによってはトンデモ価格になっているが、ディスクユニオン店頭では、実際に売ることを前提にしているので、千円前後の価格で見つかる。

 この独自コーダのライヴ版(盤)については、宇野功芳氏は、「これ(ライヴ盤)は終曲の結尾を自作のものに変え、短調のまま淋しく終わる。その味わいは抜群で、両方とも(スタジオ盤と両方)持っていたい」(『クラシックCDの名盤』文春新書、新・旧版とも同文)と言及している。

 また、アマチュアのレコード評も多く掲載した、『クラシック名盤 この1枚』(光文社知恵の森文庫)には、この本の中でもとくに魅力的な文章を寄せている「安本弦樹」氏が、スタジオ盤を取り上げる中で、以下のように書いている。
 「第4楽章ではアレグロ・ヴィヴァーチッシモの表示には目もくれず、堂々としたテンポを固持するが、リズムのキレが良いので「遅い」という感じはなく、さらに雄大なマエストーソで曲は締めくくられるので、全体の充実感はこのうえない。ただし、コーダが雄大であるがゆえに、帰ってこの最後の部分が冗長に感じられるという、この曲の構造的問題点をも浮き彫りにしているような気もする。
 クレンペラーはこの問題点に気がついていたからこそ、1951年のウィーン響との「スコットランド」では、第4楽章の指揮をとらなかったのだろうか。また、1969年5月23日のバイエルン放送響とのライヴ(EMI)では、短調のまま終わる自作のコーダを演奏したのは、一つの解決を示そうとしたのかもしれない(この最晩年の「スコットランド」もみごとだ。まったく緩みがなく、幻想的なまでに美しい!)。」
(62頁)

 少し前、写真のとおりライヴのバイエルン盤を入手して、先日通して聴いてみた。
 私は個人的には、終楽章コーダの高らかに歌い上げるコラールが、そしてこのコラールで盛り上げて終わる『スコットランド』が大好きなので、クレンペラー「説」にはどうも違和感がなくもなかったのだが、聴いてみると、みごとに悲哀と暗鬱の中に、あたかもメアリー女王の悲劇そのままを描いたごとくに全曲を閉じる、その説得力は大きかった。

 では、少なからぬリスナーが、むしろ「不自然」と感じ、そしてクレンペラーの独自コーダが十分受け容れられるにもかかわらず、なぜあのようなコラールでの終結を、作曲者は残したのか。
 もちろんそんなことはわからない。

 閑話休題‥‥ではなく、以下がこの記事のもうひとつの素材なのですが…。
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アルゲリッチ/デュトワのショパン‥‥マスタリング。

 前記事で、アルゲリッチ/デュトワ/モントリオール響によるショパンのピアノ協奏曲第1番、第2番のCDを買ったことを書いた。

 ちょっとした風の吹き回し? で、岡崎マスタリングの EMIミュージック・ジャパンの24ビット・リマスター盤(TOCE-14003)を買ってしまった。
 オーケストラは懸念した EMIにありがちな混濁感がかなり回避されていたけれど、アルゲリッチのピアノ・ソロの、とくに高音の強打鍵で、耳にビリッと来るような刺激感が、ちょっとひっかかった。

 未練がましく Amazonやオク上を探し、海外EMIの、初出CD(CDC 5 56798 2)が送料入れて600円ほどで出ていたので、落札した。

アルゲリッチ、デュトワ

 今日すでに届き、今さっきちょっと比較試聴してみた。

 第1協奏曲が始まり、一聴して海外盤のほうが高域が穏やかだ。ここは、岡崎マスタリングのほうが透明で、ディテールもよく聞こえ、岡崎マスタリングのほうがいいとも言える。

 4分ほどのオケの前奏が終わり、ピアノが入ると、海外盤はとても自然だ。高域の煌きが耳につくことはない。
 やっぱり‘日本流’マスタリングは楽器の音というものがわかってないのかな〜、と思い始める。

 しかし、第2楽章と第3楽章のそれぞれ冒頭部で比べると、海外盤のほうもピアノの音は厚みがなく、帯域バランスはナチュラルではあるが、それゆえ高音の精彩に欠ける。

 こんどは、第2協奏曲の第2楽章。
 4分ほど経過してからの、いったん静かになり、緊張が増してゆく部分。
 ここでは、海外盤は、私のシステムではピアノの音が精彩に欠けて無機的に響き、いいところなのに心が動かされない。
 国内盤は、ピアノの高音がキラめきすぎる嫌いはあるものの、アルゲリッチの集中がしっかり伝わってきて、「手に汗握る」感が十分にある。

 オーケストラのほうも細かい動きがしっかりと聞こえる。低弦のピチカートが少しボンつくようでもあるが、海外盤はこれがよりボワンと、締まらない音だ。
 第2楽章の終結部も、ピアノの心を込めた弾きぶりは国内盤がよく伝えるし、オーケストラの木管群とピアノ・ソロとのやりとりの、室内楽的な親密さを聴くことができる。
 反対に海外盤は、アルゲリッチのソロは曇った感じがつきまとい、終結部の管楽器はお団子になって混濁する。

 今のところ、どうやら岡崎リマスターの日本盤を採るのが若干ベターなようだ。
 比較の条件として、国内盤はアンプのトーンコントロールの高音を少し下げ、反対に海外盤は少し持ち上げて聴いた。このようにすることで、帯域バランスが同条件に近づくようだ。
 つまり、TOCE-14003を、高音をわずかに下げて聴くのがベスト、のような気がする。

レーベル

 ― システムや、部屋、好みによってまったく一概には言えないけれど、EMIのデジタル録音の、とくにオケの混濁感を回避するには、岡崎さんのリマスターは、「やりすぎ」感を伴いつつ、全く無益でもないようだ。
 テンシュテットやラトルの、マーラーのライヴ録音では、岡崎リマスターが奏功している気がする。

 今回、海外盤を入手してエンジニアの名前がわかった。
 ジョン・ダンカリー John Dunkerlyだった。
 この人の手がけたものでは、Decca録音の、アシュケナージ/ショルティ/ロンドン・フィルによるバルトークのピアノ協奏曲第1番を持っている。
 1980年(アルゲリッチのほうは1998年)のデジタル録音である。
 録音場所が違うということがあるけれど、Deccaのほうは、もう冒頭から‘Deccaそのもの’の高精細音質で、アルゲリッチのショパンとは、通底するところは全然ない。

 EMIのデジタル音源で、岡崎リマスターの、完全な‘やりすぎ’でヒドい目にあったものは、アルバン・ベルク四重奏団によるブラームスの弦楽四重奏曲全集と、ポール・トルトリエによるバッハ:無伴奏組曲の再録のセットである。
 もともと鮮明な録音だったから、高域と倍音の強調で、ほんっと〜に耳障りな音質になっていた。もう手許にはない。

 混濁したオケ録音の‘修復’ならなかなか有効なのだが、そうでないものまでひたすら鮮明化するというところに、岡崎氏の感覚をどうしても尊敬しきれない部分が残る。

 さて、このアルゲリッチとデュトワによるショパン、今はワーナーによる国内盤がミッドプライスで出ていて、たぶんこれは「2016年最新マスター使用」とかになっていて、いちばんバランスとクオリティがよさそうな気もする(じゃ、なんで最初にそれを買わないの^^;)。
 全体としては、EMIのクラシック音源が Warnerに買収されたことはとてもいいことだと感じている。

 そしてこの演奏‥‥デュトワ指揮のモントリオール響がソロのスピードについていけていないところがある云々ということが言われたりするが、デュトワのバックは、しっかりとテンポをキープし、コンチェルトの基礎を押さえた磐石の演奏であり、やはりこの2曲のベスト盤と言っていいのだろう。
 両盤はしばらく聴き比べてからいっぽうを残そうと思う。
 いやはや、またマスタリング買い換え、でした‥‥;;。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、など…。

 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の手持ちディスクが、シェリング/シュミット=イッセルシュテット盤だけなのでちょっと淋しく、先日アッカルド/ジュリーニ/ミラノ・スカラ座フィルのディスク(Sony Classical、米プレス)を、激安出品だったこともあって、ポチってみた。

 この記事にもう触れているけれど、ディスクの音全体が、どうも潤いに欠け、耳につく音がするのである。
 Sony Classicalの、ジュリーニ/スカラ座によるシリーズは、『田園』だけいちど聴いたことがあるけれど、もっと柔らかな音だったように記憶する。
 何より、‘美音’で知られるアッカルドの音が、若干ではあるがとげとげしい。

 SBM使用の20ビット録音という記載があるけれど、SBMは金属的、と決まっている感触はない。
 どうも、ちょうどオーディオ機器における個体間のバラつきのような現象のような気がする。

 CDで、マスタリング、プレス元が同じものでさえ、こういう事象はある。
 アンドラーシュ・シフ、塩川悠子、ミクロシュ・ペレーニのトリオによるシューベルトのピアノ・トリオの2枚組アルバム(Warner/Teldec)は、ぺレーニの音がややギスギスした感があったので、当時は収入も潤沢にあったので、同じものを買って比べてみた。

 すると、音質はほぼ同じで、ペレーニのチェロがギスギスするのは収録自体のキャラだということで納得したけれど、同一ディスクの異なる個体で、CDプレーヤーのメカが発する機械音が、違った。
 ピット成型等の状態がわずかながらでも異なるゆえに、サーボのかかり方が明らかに違っているのだった。

 ‥‥ということだと考えても、入手したアッカルド盤を聴き続ける気は霧消した。
 演奏面でも、ジュリーニの遅いテンポ設定とオーケストラのスケールの大きな鳴らしっぷりは、『英雄』あたりにはぴったりなのだが、ヴァイオリン協奏曲は、そういう性格の楽曲ではないという気がする。

 もう一点、アッカルドとジュリーニのキャラが、そうとう異なるのではないかということ。
 カデンツァなどの技術的難所ではまったく揺れを見せないアッカルドの技巧なのだが、むしろジュリーニのゆ〜ったりしたテンポに合わせざるをえないところで「お〜っとっと…」という感じで、音程が定まりがたそうな雰囲気を見せるところがある。
 これは、ある意味面白い。たぶんセッション中、両巨匠は和気藹々だったろうと推測できるけれど ― グールドとバーンスタインみたいなことにはならない ― 芸風のズレは埋まらない。

 どうも、このディスクは売るのも憚られ、残念ながら廃棄しようと思う。

ヴァイオリンのCD

 そこで、なのだが、今度はオイストラフ/クリュイタンス盤を、オク上に安い出ものを見つけてぽちった。
 今日、到着。
 東芝EMIが、EMIミュージック・ジャパンに改称してからの、「EMI CLASSICS BEST100」という、青い帯で、「24bit最新リマスタリング」を謳った1,500円のシリーズの1枚である。

 東芝が手を引いて EMIミュージックになったあとのリリースでは、「リリー・クラウスの芸術」の1枚を持っており、これには Yoshio Okazakiの名はない。岡崎さん、もう引退かな、と思ったのだけれど、今回のオイストラフ盤には「Remastering Engineer:Yoshio Okazaki」とあった(笑)。しかも、原録音のプロデューサー、エンジニアの記載はない。

 これでちょっと落胆したせいもあるかもしれないが、オケ、ソロともヴァイオリンのハイエンドが、やはりちょっとザラつく感触がある。
 が、以前の「HS2088」を銘打ったものとはかなり異なり、テープヒスは低く、マスターテープを EMIに再請求した可能性もありそうだ。
 が、やはり、現在日本の Warnerが出しているディスクを買うべきだったか、とも思う。

 上の写真で右上にあるのは、ずっと前に買っているシェリング盤であるが、これが、3枚の内ではヴァイオリンの高音が最も滑らかに聞こえる。
 このシェリング盤も、「クラシックCD文庫」盤はやや音がザラついたので、「Super Best 100」盤に買い換えている

 当分は、EMIミュージック・ジャパン盤を聴いてみましょうか‥‥今さきは、まだ第1楽章冒頭を聴いただけである。

 ことほど左様に、ディスクの選択は、録音・マスタリング、さらに個体バラつきまで含めると、実にむずかしい。
 オーディオ機器ならば、パーツ交換や組み合わせによる改善が期待できるが、LPでもCDでも、できあがった「レコード」は、どうしようもない。

 もちろんある程度は、トーンコントロールや、機器を換えるなどで変化は得られる。
 今回、久しぶりに Sony CDP-XE700の電源を入れてアッカルド盤を再生してみた。
 すると、オーケストラの低弦やティンパニなどは常用のオンキヨー C-7030よりもずっと深みと存在感があって、ハイファイ度が高いことを実感させた。

 CDP-XE700は、オペアンプが、音がキツめな AD712のままなのだが、たいへん立派な音を聴かせる。
 時間が取れれば、早く NJM2114Dに交換したいのだけれど、‘ほぼ失業’のはずの2月後半〜3月中盤に少しお手伝いの仕事が入ったもので、また遠のきそうである;;。

 左上のは、協奏曲ではなく、ローラ・ボベスコ、ジャック・ジャンティによる、フランクとルクーのソナタ、千円の国内盤が送料込み470円で出品されていて、1回目の終了でだれか落札してしまうだろうと思ったけれど、だれもポチらなかったので、その次の終了でポチらせてもらった。

 帯つきの美品であり、ただ帯の「¥1000」の表示が、紫地に白字のところ、紫はすっかり褪色していた‥‥こんなのは問題ない。
 こういうものも、多くの出品者は1,000円以上、人によっては2,000円以上の開始価格で出品している。
 個性派ヴァイオリニストの場合にこうなりやすいが、通常のCDの場合、こういう高価な出品にはだれも入札することはなく、サーバーのこやし、ないしはゴミと化している。

 他方、安い出品は、帯もない国内盤、そしてセット商品のバラの残りものが山のように出ていて、わが国において音楽CDが十分豊かな形で流布することがなかったのだなあ、としみじみ嘆息してしまう。

 ‥‥それは置いといて‥‥ボベスコの日本録音のソナタ、すばらしい演奏だと思う。
 1981年、新座市民会館での収録。ボベスコ女史62歳ということになり、この人のテクニックは本物ではなく、一流とは言えないという評が定着しているけれど、年齢を考えてもそうでもないのではないかと思う。

 このCDは、ルクーに期待して買った。音がとても美しい。ルクーのソナタはグリュミオー盤がベストと言われるので、いちど聴いてみたけれど、どうも高域の滑らかさがあまり感じられないのだった。とくに、24 bitリマスターのCDは、潤いがなかった。
 今、通常盤を聴いたなら、またそのよさがわかるかもしれないけれど。

 アッカルドのベートーヴェンをがんばって聴いたあと、ボベスコのフランクを聴いていたら、感情はゆったりしている状態で、涙が出てきた。単に涙腺が涙を放出したのであって、感動したというのではない。入眠直前に涙が出る、あれである。
 つまり、ボベスコのヴァイオリンを聴いていて、当方の神経がとてもリラックスした、のだろう。
 この人の音と演奏には、そういう「徳」があるのか…。

リパッティ到着。

 リパッティ! 来ましたぁ〜。

リパッティとペルルミュテール

 ショパンのワルツ集は、ARTリマスター盤、英EMI“Great Rcordings of The Century”の、エンジェル・マーク・ヴァージョンとニッパー犬マーク・ヴァージョン(後者のほうがレア)とある中、ニッパー犬のほう。Amazon中古でたいへんきれいなディスクが、送料込み650円。

 “Great Pianists of The 20th Century”(PHILIPSなのだが、PHILIPSのロゴはほとんど見せない)のほう、これは、かのシューマンとグリーグの協奏曲が収録される上、バッハのパルティータ第1番と『主よ、人の望みの喜びを』、モーツァルトのイ短調のソナタなどが入って、お買い得の2枚組である。
 国内の Amazonとオクでは2,000円近い出品しかなく、海外盤でよいので、英Amazonのいちばん安い出品をポチリ。

 このシリーズ、海外盤は厚紙のスリーブに直接ディスクを滑り込ませるタイプなので、海外のユーザーの場合、たいていの場合そこそこ擦りキズをつけているかと思われたけれど、聴ければいいか、とポチリ。送料込み880円也、であった。

 思ったとおり信号面全体に擦過感と、皮脂にカビのついた点などが見えたが、水とアルコール(無水アルコールだけでは、カビが取れない)を染ませたティッシュで軽く拭いてプレーヤーに。再生はOK。

 次いで、「今回は断念」と書いていた、ペルルミュテールの、ワルツ集もオクでポチ。
 1962年録音の、コンサートホール録音の DENON盤である。

 リパッティ。と〜にもかくにも生まれて初めて聴く。
 1950年録音のショパン:ワルツ集は、巷に言われる‘歴史的名演だが、どうにも録音が古い’ということがまったく当てはまらないほど、厚みと重みのある、存在感のきわめて大きな音質で収録されていて、いったんCDプレーヤーのプレイボタンを押したら、止められなくなってしまうような、とめどなく音楽が溢れ出してくる演奏である。
 聴いてよかった。

 PHILIPSの“Great Pianists”(音源はもちろん EMIで、ライセンス・リリースであり、EMIのロゴもあり)から、2枚めの頭に、ぜいたくにシューマンとグリーグのコンチェルトが続いて収録されているのを、通して聴いてしまった。
 シューマンは、“例の”の修飾つきでも言われる(?)、『ウルトラセブン』最終回のBGM。ほんとうにこの音源だったらしい。

 そういうことも忘れて聞き手を没入させる異様な集中力の凝集した演奏だ。
 グリーグの強打鍵はすさまじいもので、「いつもこんな弾き方をしていたら、だれでも身体を壊すんじゃないか」とも思った。

 2曲のコンチェルトの ARTリマスター盤は、それぞれショパンやモーツァルトとのカップリングのようであり(実際にはシューマンとグリーグをカップリングしたART盤も、国内盤で出ていた)、2曲をカップリングした英Dutton盤のマスタリングは評判がいまいち、そこで、元レーベルとは一味違うマスタリングだといわれる“Great Pianists”(『New York Times』のサイト内らしきところにレビューあり)が、リパッティの名演が2枚に収まっている上に独自リマスターも期待できる、ということで選んだのだが‥‥。

 全体に、EMIの ARTリマスターのほうは、SP原盤の針音などは適度にフィルタリングしつつも、広帯域・高情報量を志向していて、明瞭な音質である。
 “Great Pianists”のリマスターを全て監修した Alfred Kaineという人によるほうは、EMIの ARTより高域をロールダウンしたように聞こえる。SP原盤の場合の針音はさらに抑制が強い。
 これだと、快適さを求めすぎてリアリティが減殺され、とくに日本のオーディオ・マニアには評価が低くなりそうな音なのだけれど、これはこれで、分厚い中域の存在感がたっぷりとあって、‘いかにもピアノ’という音がする。

 厚紙スリーブが直接接触するのが気になれば、ディスクユニオンなどで‘前方後円墳’型の内袋を買って入れるといいが、厚紙ウォレット・タイプのものなどは、「重力方向に信号面が向かないように」して収納するように気をつけているので、このままでもいいかも。
 “Great Pianists”の全貌の確認には、こちらが至便!

 それにしてもこの3枚のディスクに収められている‘音楽’の、どれほど豊かなことか。

 そして、「ステレオでは、繊細な表情と洗練されたフレージングの美しさで語りかけるように弾くペルルミュテール(Con)のワルツがすばらしい味わいをみせた演奏です」という小林利之氏の文言が頭を離れず、けっきょくポチってしまったペルルミュテール、コンサートホール録音のショパン:ワルツ集。

 これもまた、リパッティの緊張とはまったく違う方向ながら、ひそやかな抒情を湛えた、香り高い演奏が続く。

 コンサートホール・レーベルには、前奏曲集、ワルツ集、それに『幻想曲』、『舟歌』などを入れたショパン名曲集の、どうやら3アルバムがあるらしい。
 コンサートホールの国内盤CD、つまり日本メール・オーダーのリリースしたCDは、前奏曲とワルツを1枚に収めたものと、『幻想曲』などの名曲集の1枚になっていたようであり、いっぽう日本コロムビア=DENON盤では、前奏曲とワルツをそれぞれ1枚ずつ出し、名曲集はこの2枚のフィルアップとして分散させたようである。

 かつて日本メール・オーダー盤の名曲集を中古で買って持っていた記憶があり、強音部分で音割れが耳についた。
 この DENON盤は、広帯域を目ざしすぎてテープヒスがやや出てくるけれど、ピアノの音は透明で美しく、こちらがいいことは間違いない。

 CDでは、日本メール・オーダー盤と日本コロムビア盤のほかには、前奏曲とワルツ集を収録し、その他のショパンは入れず、2枚めにベートーヴェンの『皇帝』を収めた Scribendum盤がある。
 『皇帝』はモノ録音で、「ペルルミュテールの芸風で『皇帝』はちょっとな〜」と思って選ばなかったのだが、これがなかなかの名演らしく、指揮者のヴェヒティンクという人も気合の入った演奏をしているとか。

 アリス・沙良・オットのワルツ集も、いい演奏なのだが、曲を聴き進むごとに感銘が深まってゆくかというと、残念ながらむしろやや「飽きてくる」ところがある。
 彼女の、このアルバムの自己紹介的な映像(DVD付属ヴァージョンのCDは、確かそのDVDに収録?)は YouTubeでも一部が見られ、海外盤のデジパック・ジャケット見開き部分にある、港のクレーンのレールの間で演奏するという演出の意味が語られていたようだ。
 港は、実際にポーランドのグダニスクの港らしく、祖国を離れて二度と戻れなかったショパン、という、やや政治性も帯びたメッセージを動画から感じ取れるのだけれど、その鋭角的な感覚は、演奏にはまるで現われてこないのが不満といえば不満だ。

 ペルルミュテールは、その意味では政治性などかけらもない芸風なのだが、彼は現・リトアニアの、カウナスが生まれ故郷だそうだ。
 カウナスは、戦時中、ここの日本領事館で、“あの”杉原千畝が、ユダヤ人のために必死でビザを発給し続けた地である。

 ショパンのほうはと言えば、父はフランスからポーランドに移った‘移民’であり、ショパン自身はポーランドへの愛国心が強固でありながら、フランスに移り住んで二度と故国には帰らなかった、という人だ。

 西欧音楽の作曲と演奏の白眉は、西から東、東から西へのとどまることのない、多くの場合本人たちには不幸な「移民」の波の中に生まれてきている、ということなのか‥‥。

CDを1枚も持っていない演奏家。

 1月ももう終わり。
 ゆうべ、今月最後のCD注文をポチった。

 内容は、夭折したルーマニアのピアニスト、ディヌ・リパッティのディスク2点、3枚。
Great Pianists of The 20th Century - LipattiChopin: Waltzes
 リパッティのレコードは、LP、CD通じて全く所有したこと、聴いたことがない。
 リパッティの録音で有名なもの‥‥シューマンとグリーグのピアノ協奏曲、それとショパンのワルツ集。
 注文した2点で、これらがみんな聴ける。

 そもそも、極めて有名な演奏家で、クラシック・ファンなら少なくとも数点は所持し、聴いておくべきというような演奏家のディスクで、1枚も持っていない、という演奏家はかなりある。

 だいぶん前に、文春新書『クラシックCDの名盤 演奏家篇』が取り上げている演奏家を、拙ブログで1人ずつ取り上げて、持っているCDのことなどを書こうかと思い、その皮切りに、同書で最初に来るアルトゥーロ・トスカニーニを取り上げた

 その際、CDは1枚も手許になく、江原啓之氏が推薦していた、ゼフィレッリ監督による『トスカニーニ 〜愛と情熱の日々』のVHSを挙げるだけであった。
 VHSテープは転居時に全て廃棄したので、今はそれもない。
 当該記事に書いたように、Testamentレーベルのブラームスと M&Aレーベルのワーグナーとは、ディスク不良によって廃棄せざるをえず、RCAの、最も知られた録音、レスピーギのローマ三部作は、楽曲自体がつまらなくて手放している。
 まるでトスカニーニのスタイルが好きでないことがCDに伝わるがごとく、不良プレスが手許に来る。

 というわけで、“超有名ながら1枚もCD持ってません”アーティストのトップがトスカニーニ。

 あと、いろいろ見てみると、指揮者では、メンゲルベルク、ヘルマン・シェルヘン、マタチッチ、カイルベルト、それからロシア系のマエストロ、コンドラシン、スヴェトラーノフ、ロジデストヴェンスキー(通称ロジェストヴェンスキー)といった人たちのディスクは、コンチェルトのバックですら、1枚もない‥‥が、指揮者はこうして見ると、著名なマエストロのディスクはけっこう持っている。

 ピアニストとなると、エトヴィン・フィッシャー、シュナーベル、ギーゼキングは古くて録音の点で手が出ないのだが、ヴィルヘルム・ケンプが、1枚もない。以前、バッハ・リサイタルが1枚あったけれど、手放している。
 他に、ハスキル、ギレリス、ミケランジェリが1枚もない。
 リパッティもなかったが、今回それを卒業の予定。

 ヴァイオリンのほうを見れば、クライスラー、ハイフェッツ、シゲティ、ミルシテイン、スターンといった大御所陣が、1枚もない。
 ハイフェッツはいちど、海外RCAの2枚組を Amazonで買ったのだったが(当時は2,000円未満でも送料無料)、ブックレットの表記に、なんとボズ・スキャッグズのページが紛れ込んでいたので返品した。
 スターンは、バルトークのソナタを買った記憶があるが、生活費に変わっている‥‥ザーキンとの旧盤に加え、ブロンフマンとの新盤も買ったかも。

 オイストラフは、数枚持っていたけれど、今残っているのは、メロディア原盤、米Mobile Fidelityがオーディオファイル向けにリリースした、フランクとショスタコーヴィチのソナタだけ。
 両曲ともピアノはリヒテルでライヴ録音、これなど今はちょっと稀少になっていて、オクだと4,880円とか付けて出す手合いがいる ― だれも入札しないけれど ― アイテムである。

 実際に、しっかりと「音楽を聴く」となれば、それなりに落ち着いた、そしてまとまった時間が必要なのであり、現今のCD約600枚というのは、そのリミットをもう超えてしまっているとも言える。

 今夕、コンサートホール原盤の、ペルルミュテールの弾くショパンのワルツ集(DENON)をポチろうかと迷っていたのだが、今手許にあるアリス=紗良オットのDG盤、ちょっと深い味わいに欠けるように感じていたものだが、聴いてみると、この曲集によく合った、いい演奏だとも感じ、置いておくことにしようかと思い、ペルルミュテール盤は、今回は断念した。

 このレコードは、小林利之『ステレオ名曲に聴く』(東京創元社、1973年増補第12版)には、
「ステレオでは、繊細な表情と洗練されたフレージングの美しさで語りかけるように弾くペルルミュテール(Con)のワルツがすばらしい味わいをみせた演奏です。」
とあって高評価。「ステレオでは…」とあるのは、リパッティ盤の紹介(絶賛)のあとに続くので、である。
 が、ほかのベスト盤選などにはまず挙げられることはない。

 気になる名盤は、まだまだあるが、しばらくCD代の倹約に努め、手許のライブラリーを聴きましょうかね〜。
 で、今夜はエーリヒ・クライバー/コンセルトヘボウで、ベートーヴェンの第5。
 第1楽章冒頭部分のネット試聴では、トスカニーニ風に快速で、ややもすると無味乾燥の嫌いが? と案じていたのに反し、終楽章のティンパニが凄まじく打ち込まれるところなども印象深く、懸念したキング盤の音質でも十分よさが伝わってきた。

 エーリヒ・クライバーは、私には初体験であった‥‥おっと、いや、昔、ステレオ録音の『フィガロ』を聴いたことがあったっけ。
 ポリドールの国内盤CDで、最高域がややヒリヒリする感じの音が気に入らず、序曲とそのあと数分聴いただけで放出。

 「Kleiber's performance of the Fifth symphony is one of the finest ever committed to record. The cumulative excitement of the opening movement is breathtaking, without any sense of over-driving or hysteria and the preparation of the finale is worthy of Toscanini. (下略)」
は、『The Second Penguin Guide to Bargain Records』の評でありま〜す。

モノのベートーヴェンを5点も…。

 対照的なキャラの、モノラル期のベートーヴェン録音を、CD5点、9枚購入。

フルトヴェングラーとクライバー

 一人は、フルトヴェングラー。もう一人は、ネット上を漁って気になってきた、パパ・クライバーである。

 フルトヴェングラーのベートーヴェンは、英EMIの Référencesシリーズ(元は仏EMIの企画で、「レファレンス」ではなくて「レフェランス」)のARTリマスター盤の全集と、1947年のライヴ、いわゆる‘復帰ライヴ’(DG)だけ持っていた。後者はO.I.B.P.化盤ではなく、シューマンの交響曲第4番をカップリングされた国内千円盤である。

 というより、フルトヴェングラーのディスクはこれだけしかない。
 まずは、‘CD漁りをするだけが楽しみ’の中で、対照的芸風の、エーリッヒ・クライバーのベートーヴェンに興味が湧き、ちょうど第3番『英雄』の、ウィーン・フィルを振った Decca盤が安くオクに出たので、ポチ。

 実のところは、高評価な『田園』が最も聴きたく、しかしこれのポリグラム(ユニバーサル)復刻のCDは、ちょっと高くて、そうしているうちに千円ほどで買えるキング盤の出ものがオクに出たので、音にやや懸念がありつつ、ポチった。

 それから、海外Warnerがリリースした、フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集。
 これはSACD化のためのリマスターとして、ワーナーに身売り直前の EMIが2010年に新たにリマスターしたもの、ということで、現在国内ワーナーから1枚もので出ているものと同マスターらしい。国内盤1枚分の価格で全集が手に入る。今回のは、中古ショップだったが、未開封品。
 どれもまだ主要楽章の冒頭部‥‥ほども聴けていないような状態だ。

 私自身は、ARTリマスター盤でもそうひどくないと思っていたけれど、ネット上の評価は低く、新マスター盤が安いうちに買って聴いてみようと思った。
 ART盤と比べると、高域が明瞭になり、一般にいう「音質改善」は十分聞き取れる。

 もっとも、明瞭化したことで、フルトヴェングラー音源をしばしば‘ありがたい’雰囲気にしている、「何ごとのおはしますかは知らねども…」的な?‘模糊’感が薄れ、ありがたみがなくなったという感触を抱く人もいるかもいしれない。
 ただこれは、ART盤も音の存在感が「薄い」と言われもするようなので、ワーナー盤が正解かと思うが、有名なイタリアEMI盤がやっぱりいい、というふうに感じる人もいるかもしれない(イタリア盤は未入手、未聴)。

 その他は、かの‘ウラニアのエロイカ’の、Tahra FURT 1031の未開封品が、1,300円弱であったので、購入。
 この44年のエロイカ、東芝盤と露メロディア盤を持っていたことがあり、先に東芝盤を手放し、メロディア盤を聴いていたが、若干ながらハムが入ったりするのもイヤだし、手放してしまっていた。
 FURT 1031、さすがにいい音だ。これは、ノイズ・リダクションを効かせすぎていて情報や迫力が薄れている、という指摘もあるけれど、バランスはよく、問題ないと思う。たしかに、冒頭から「晴朗」の印象がきわめて強いけれど、フルヴェンだから「晴朗」はおかしい、ということもないだろう。

 グラモフォン・レーベルの43年の第4、第5は、これは混濁した録音。
 第4番はライヴと聴衆なしの2種があるそうで、今回買った、第5とカップリングの POCG-30070は、前者とのこと。
 聴衆なしのほうは、コンラート・ハンゼンの弾くピアノ協奏曲第4番とカップリングのディスクとのこと。

 宇野氏、他『クラシックCDの名盤』(文春新書)で、中野 雄氏が推す第4、第5はこの43年録音。記事では「EMI」としている()けれど、東芝EMIのCDはユニコーン音源を使用していて、いつも参考にさせていただく Kenichi Ymagishi's Web Siteのこちらなどによれば、音質、出自などの点でユニコーン音源はもはや無効だろうということらしい。
 ※新版では「(G)」(= Deutsche Grammophon)になっている。追記。

 43年の第5は、Tahraがやはりいちばんいいのだそうだが、DGの国内盤(上記、POCG-30070)にした。Amazonマケプレの古書店から購入。
 帯の背部分の褪色が少しあり、それと、ライナーノートの中、「ドクター・フリードリヒ・シュナップ」に赤いボールペンでアンダーラインが引かれていたのだが、こっちはかえって面白い。シュナップは、帝国放送局で、フルトヴェングラーの戦時下録音を担当した技師である。

 このディスクに手を出したのは、『クラシック名盤 この1枚』(光文社文庫)に一人の一般のファンの方が興味深い文章を寄せているのを読んだことにもよる。

フルトヴェングラー、中身

 ワーナー外盤のボックスセットは、内袋がいちおうオリジナル・ジャケットになっている‥‥これをバラにして「紙ジャケ仕様」と書いてオク出品する人、出てくるな〜、きっと^^。

 ドイツグラモフォンの43年のは、他のいくつかの番号でも出ているはず。SHM-CDバージョンなんかもあるかも。
 ARTの全集セットは、オクで新品購入した時から第3番のディスクなどにキズがある。音には出ず、当時、出品者さんに連絡すると「前後のロットもすべてキズがある。返品または値下げで了承、どちらかで」ということで値下げしてもらったものだ。処分はしにくいな〜。

キングとポリドールの LONDON盤

 E.クライバーの『田園』も、『英雄』に合わせてポリドール/ユニバーサルの盤 ― POCL-4598と UCCD-9126の番号で出た ― が欲しかったのだが、オクの出品はなく、Amazonのマケプレでは1,400円くらいする。
 意外にも安いのは英Amazonの中古ショップの売る PolyGramリリースのCDである。

 しかし、外盤、ポリドール盤とも、CDはLP(LPは、たいていの場合キングレコードの国内盤のことをいっていることが多い)の持っていた音の潤いに欠ける、という評が多く、躊躇しているうちにキングレコードの「ロンドン不滅の名盤」シリーズで出た、250E-1187が、980円で出品されたので、ポチった。

 このリリースの情報は、ネット上にほとんどない。
 一般に、CD化してからは、英Decca音源のCDは、キングレコードのリリースよりポリグラム(ポリドール、ユニバーサル)のリリースのほうがよいとされているようだが、キングのリリースした LONDONレーベルのCDは、ことステレオ音源に関してはポリグラムより格段に悪いとはいえず、むしろポリドール盤が高域のまろやかさに欠けるのに対して、バランスがいいように感じるものもある。

 それで、モントゥーの『ダフニスとクロエ』やシベリウスの2番、バーンスタインの『大地の歌』などは、キング盤をずっと持っている。

 今回の E.クライバーは、ポリグラム盤で入手したウィーン・フィルとの『エロイカ』が1955年、キング盤の第5、第6番(コンセルトヘボウ)が1953年と条件が異なるのが、やはり『エロイカ』のほうが高域が明るく、混濁・歪みが少ない音だ。

 ちょうど、手持ちのカール・シューリヒトの Decca音源では、ブラームスの第2番はポリグラムで、シューマンの第2番と第3番『ライン』の1枚はキング、という形になっているのと同じようなことになった。
 シューリヒトのほうは、シューマンの第3番『ライン』がポリグラムからは単独で発売されなかったからこうなっているのである(2枚とも、ボックスセットを買った弟からもらってきたものだ ;;)。
 という次第で、同じような‘ズレ’が発生してしまった。そのうちポリグラム盤か海外PolyGram盤を買って比較したいけれど、今は予算が‥‥。

 もっともコスト/パーフォーマンスのよいのは、現在まだ新品が手に入る、Deccaの E.クライバーの12CDボックスセットに違いないけれど、フルトヴェングラーも都合CD8枚、ワルターも9枚という状況で、エーリッヒ・クライバー 12枚、というのもアンバランスだ。それに、そんなにファンというわけでもない。

 キング盤を聴いてみると、ポリグラム盤の『エロイカ』よりカッティング・レヴェルが低く、CDプレーヤーのヘッドフォン端子ではゲインが不足して、よくわからない。
 アンプ+スピーカーで聴くと、やはり高域の輝きが少なく混濁感があるが、音の厚みはポリグラムよりいいかもしれない。
 演奏は、試聴ファイルで聴いていたとおり、どれも颯爽としている。第5は、こちらの体調・気分によってはそっけなさすぎるように聞こえる。
 これから聴き込まないと。

 モノーラル録音のベートーヴェンばかり、5点9枚も購入した。
 今回試聴して、モノ盤は定位が常にやや左に寄る環境(なので、Rotel RE-5SEで、反対になった時、慌てた)であるにもかかわらず、ヴァイオリンのラインが浮き出るのが、右のほうのように感じられたので、あれっと思った。

 アンプの(接点以外の)劣化などは考えにくく、ただ、スピーカーはここ1年はずっと今の左右配当で聴いているので、トゥイーターの、劣化というより「こなれ」の差が出てきた可能性はある。
 が、音源が変わり、ひとつの音源でも音域や音のキャラによって左右いろいろに飛ぶ感じはするので、部屋の環境の影響は大きいと思われる。
 フルトヴェングラーのマスタリングの評価で、「若干ステレオ効果を持たせている」、「疑似ステレオである」と評されるものがけっこうあるが、これはレビュアーの部屋の影響の可能性が高く、ヘッドフォンで聴くとだいたい真ん中に収まる。

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ベルリン放送交響楽団,チャイコフスキー,フリッチャイ(フェレンツ)
※クラシックで1枚、といったらコレ!! 国内廃盤で高くなってきたので、仏盤をどうぞ。
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Symphony No. 8
Symphony No. 8 (JUGEMレビュー »)
D. Shostakovich
ムラヴィンスキー/レニングラードの決定盤!!
求めやすい alto盤が、Amazon.co.jpにも入りましたので、入替えておきます^^。
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ミヒャエル・エンデ
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やっぱりこれは入れておかないと…。
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‘本館’に所感をアップしてます(^^)。
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丸山 圭三郎
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F.デヴィッド ピート
‘シンクロニシティ’を可能なかぎり、‘トンデモ’から離れて説いた良心的な一書。
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