フェイクニュース・パブリッシャー

 YouTubeで、ウルトラマンの配信とか‥‥も見ておりまスが、こういう↓ニュース系で「お!」というものにも遭遇する。



 TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』の音声で、アップが今年2月2日とあるので、放送はその直前か。

 昨年(2017年)12月に沖縄で起きた交通事故に際し、アメリカ海兵隊曹長が、日本人を救出したのに、沖縄の新聞(具体的には『琉球新報』と『沖縄タイムス』)はこれを伝えず無視した、ゆえに「救出を報じない沖縄メディアを「報道機関を名乗る資格はない」などと批判した」『琉球新報』の反論記事より)という。

琉球新報サイト


 『産経』当該紙はというと、こう↓である

『産経』、削除記事

 産経支持者(=政権翼賛派)に言わせれば、「それ見い! 『産経』は『朝日』なんかと違ってマジメに訂正しとるぞ!」となる記事である。

 このニュースは、ある意味、もうこういう↓形で拡散済みなのである。一例、だが。

「沖縄左翼死ね」

 きちんと(!)ライブドア・ニュースが引用元としてリンクされている形を取るので、「そうなんだ」と思う手合いが出てきそうだが、当該ライブドア記事は、「提供社の都合により、削除されました」となってしまっている(そりゃそうだろ)。

 もちろん、これらの経緯を押さえた上で、逆方向で『産経』の資質を批判 or 嘲笑するサイトも多い。

 この事故で、この曹長が重傷を負われたことは事実のようで、回復は心から祈りたい。
 問題は、『産経新聞』の記事が、「海兵隊曹長の誠実な行為を顕彰したい」ということだったのか、という点だ。

 『産経新聞』の該ページは、すでに「記事は取材が不十分であり削除します」となっているが、当初の印刷記事は、こちらで確認できる。
 この論調に似た、「アメリカ軍への感謝を、沖縄の(左翼的な)者たちは忘れている」という論は、他の件にまつわる評論家・研究者の意見にも、けっこう見かける。
 「アメリカは、日本を、命を懸けて守ってくれているのだから、常に謝意を持つべきだ」ということなのだが、これは、逆方向に向かうファクターが重要で、「それなのに、米軍や、米軍との地位協定などを批判するのは、日本国家に対する反逆的態度だ」というところが、ポイントだ。

 この視線は、しばしば「沖縄のメディア」に向けられ、「沖縄の政治家、メディア、知識人には反-日本的な者が多く、これらを排除しなければならなない」というメッセージが常に底流している。
 『産経』の“誤報”、というより、重点は「沖縄メディア叩き」であるが、これは『週刊金曜日』の、こちらのページが伝える、櫻井よしこ氏の講演発言:「『朝日新聞』はひどい新聞です。‥‥(中略)‥‥それと同じくらい悪いのが『琉球新報』と『沖縄タイムス』です(拍手)」にも通底する。

 上のリンクにある、『産経』当初記事の末尾に、「米軍がらみの事件・事故が起きればことさら騒ぎ立て、善行に対しては無視を決め込むのが沖縄メディアの常となっている」と明示しているところ、これが「言いたいこと」なのである。

 このコンテクストで見る(以外にないが)と、『産経』が、フェイクを報じたのは、取材が杜撰だったからではなく、このようなフェイク・ニュースをひとつ垂れ流したかったからやった、としか読めない。
 そこで‥‥この交通事故自体を考えると‥‥とりあえず、英語で、この曹長さんの氏名:ヘクター・トルヒーヨ Hector Trujilloと、「help Japanese」などでググると、私的に書いているサイトを除き、ニュース・メデアと考えられるところでは、《NBC Sandiego》のページと、《CBS8》のページが見つかった。

 前者は、「Hector Trujillo pulled over to help someone who’d had an accident, according to his wife, and was hit trying to protect the other person」と記している。
 たしかに、トルヒーヨさんは「事故に巻き込まれていた人を引っ張り出し、他者を助けようとして轢かれた」と書いているが、あくまでも「according to his wife」なのである。

 後者のほうは、「Master Sergeant Hector Trujillo was hit by a car in Japan moments after he came across a car crash on an expressway and pushed another man to safety」と記していて、独自取材による情報とも読めるのだが、上に、「Trujillo’s best friend, Jason Texeira, said it was Trujillo’s selfless nature ‥‥」という行文があり、「トルヒーヨ氏のベスト・フレンド、ジェイソン・テシェイラ氏は、このことはトルヒーヨさんの無私な性格の賜物だと言っている」と言っているので、どこまでが「裏の取れた情報」で、どこからが「妻や友人からの聞き取り」なのか、ニュース記事としては曖昧な感じだ。

 トルヒーヨさんが頭蓋骨骨折(skull fracture)を負っていることは間違いないようで、これについては一刻も早く全快してほしいものだ。
 が、『産経新聞』当初記事は、「意識不明の重体」と明記しており、トルヒーヨさん自ら日本人救出を語ったとはいささか考えにくく、非常にわかりにくい。

 『産経』は、「削除」後記事で、「「日本人を救助した」は確認できませんでした。現在、米海兵隊は「目撃者によると、事故に巻き込まれた人のために何ができるか確認しようとして車にはねられた。実際に救出活動を行ったかは確認できなかった」と説明しています」と言うのみだ。

 少なくとも、トルヒーヨ曹長は、何かできることはないかと自分の車の外に出て見たことは確かなわけで、誠実な人であることは間違いなかろう。
 明らかに、『産経新聞』は、その「顕彰」のためにではなく、沖縄のメディアを「日本会議」的視線で貶めようとして当該記事を仕立てたのである。

 そして結果的に曹長とその家族に対しても礼を失した、「事故を自分たちの政治性のために利用する」がごとき醜悪極まりないものになった
、としか言いようがない。

 この点に関しては、上にリンクした『琉球新報』の反論記事のほうがずっと詳細かつ誠実であり、曹長と家族に対する配慮もうかがえる。一読をお勧めしたい。

 『産経新聞』の削除の言い訳は、曹長の予後などにも一切触れず、「え? ちゃんとフォロー取材しないの?」という感を持つほどドライだ。

 さらに視線を広げて、政権+政権翼賛メディアと沖縄県民との関係という点では、第二次世界大戦末期の、沖縄における住民「集団自決」の問題と二重映しとなる。
 政権が「鬼畜米英」を謳う時には、英米を鬼畜と見て敵視することが求められ、かつ自国の利益とされるならば自殺への決断を促され、その戦争が終わると同時に、「米」は「政府の友」となったのだから、これを大切に遇せよ、というのだ。

 つまり、「政権・政府の言うとおりにせよ」というロジックだ。
 さしあたっては、沖縄がクリティカルな地政学的位置にあるゆえ(近世以降ずっと)、沖縄に対して向けられるのだが、もちろん全国民への「見せしめ」に直結する。

#0316 首相官邸前(=国会議事堂前)抗議集会。

 テレビも新聞も購読していなくとも、このところの政治の世界のヒド過ぎる展開には、ことばがない。

 「森友問題」に関し、公文書改ざん=公文書偽造の情報が否みえないものとなってきて、もはや行政の透明性もクソもなくなってきている。
 首相たる者の態度が、ここまで「なんっとしてでも保身する!」以外の何ものでもないとなってくると、むしろ事柄がほうっておいても自己増殖してゆく。

 バラエティ番組で、出演者のタレントたちに、空気を入れて膨らみ続けるゴム風船を持たせ、クイズに答えさせつつ風船を次の参加者に手渡し、どこで破裂するかを見て楽しませるゲームが‥‥今はあるんだろうか^^。

 参加者は、自分の番が回ってくると、早く答えて風船を次にまわすのだが、またまわってくると、より膨らんでいて、「破裂」に遭遇した参加者は悲鳴、で終わり。
 ‥‥なのだが、「文書改ざん・解明回避ゲーム」は、破裂に遭遇するするのは行政当局と政権と決まった上で、逃げて延ばそうとした分だけ、風船は膨らんだ

 3月後半の仕事は、書いたように歯の治療が入るかということで入れなかったので、この金曜(16日)の夜は空き、で、こ れ

#0316 首相官邸前抗議行動

に行ってみた。

 ちょっと予想はしていたけれど、も〜っのスゴい警察官の人数。
 私は(19時30分までの「反原発」には出ず)19時30分からの、“文書改ざん抗議集会”のほうだけに出たのだが、東京メトロ・国会議事堂前駅を出た時、警察は、4番出口から出るよう誘導していた。
 他の時間帯や出口では、不必要なほどの規制が行なわれたとか、「妨害だ」というような声もネット上に散見するのだが、実態はいかが?

 スムーズに出られはしたものの、参加者の数もはんぱなく、上は歩道なので、当然、混む。
 雨はやや強まったりやみかけたり、全体にそうとう寒く、21時まで、約90分、コールにお付き合いするのは、けっこうシンドかった。

 こういう集会は、いわゆる「オールド左翼」老男女が多く、考えが凝り固まっていて、フランクに話す機会は得にくいものだ、と、去年の憲法記念日の集会などから感じていたのだが、二人のおじさんと話すことができた。

 二人とも私より間違いなく年上、コールにも気炎を上げていた。
 この二人、自民党支持者だと言っていた。なんと一人 ― 「安倍やめろ〜っ」とコールをはずれて大声で罵詈していた ― は、自民党員だということだった。
 二人とも、反-自由民主党、なのではない。安倍晋三個人の振舞いが許せん、というのである。

 警官の集団は、何かのはずみに、数人が慌てて走り出す場面、交通整理にムダに笛ばかり吹く場面が多く、「ほんとうの暴動やテロが起きたら、だいじょうぶなの?」と思うほどの不安定ぶりだった。
 事前に、「デモ集団を官邸だけには近づかせるな」というような指示を、周到に、ではなく、「忖度せよ!」とばかりに出していた、と思しい。
 集会・警備とも、その様子が YouTubeを含む諸サイトに上っているので見られるが、単調なので面白くなく、リンクはしないでおく。

 午後までの時点で、YouTubeで「0316 国会議事堂」などで検索すると、あの“チャンネル桜”の安倍応援=煽動ビデオの動画が出てくるだけだった。

チャンネル桜・煽動ビデオ

 この記事内で再生されるのも不快なので、埋め込みはしない。

 いっやもうねえ‥‥“こういう手合い”からしか応援してもらえない政権、っていったいナンだろうな、と思う。
 「反日サヨク」ってねえ‥‥サヨクってそんなにいないよ。逆に、昭和20年8月の、あの、皇室存亡の危機に、再度立ち至らせたい「破日ウヨク」はだれか。

 私個人は、皇室の存廃は国民がオープンに議論できるのでない限り、民主制の原則は活きていない、と考えるが、ともかくも昭和20年8月に、もういっぺん持ってゆきたい手合いが、現政権の応援者であることは間違いない。

 ところで、この煽動ビデオ、BGMがマーラーの交響曲第6番冒頭である(あっれま)。
 ずいぶん速いテンポである。
 手持ちの3音源‥‥ホーレンシュタイン/ストックホルム・フィル(1966年、Unicorn、Live)、バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア(1969年、EMI)、テンシュテット/ロンドン・フィル(1991年、EMI、Live)のいずれよりも速いようだ。
 著作権を主張されないように、そういうディスクから選んだとすると、ホルヴァート盤かもしれない。ホルヴァート盤は、一時期持っていて、悪い演奏ではなかったですよ (‥)。

 ‥‥国会議事堂前駅からは乗れそうになかったので、霞ヶ関駅から乗り、新宿まで。いつも(いつもって、こういうのは2回めじゃん;;)どおり沖縄そばを食べて、ドトールでスイートポテトとコーヒー、千円を超すゴージャスな夕食をしたため、西武新宿から始発で座って帰宅。

 ほかにも、政治ネタ、メディア・ネタで気になることにいっぱい遭遇する昨今である。

[追記 3.17]
 上に書いた、「チャンネル桜」の“呼びかけ”に乗っかって、安倍応援派も、実際に集まっていたようで、あるサイトに引用された、Twitterの画像だと思うが、撮っている。

安倍シンパ側集会

 むふ〜。
「いろいろあるけど」

 が付いている(大笑)。いっや、いろいろありすぎまっせ。
 こんなの付けたくなかっただろうけれど、ストレートに讃美・応援したら、バカ過ぎて笑いもの以下にもならないのだ。

兵庫県西宮市。大恥の上塗り?

 このヒト↓、領収書などもない政務活動費に関する記者会見で、“号泣”しだして有名になった、“西宮維新の会”の、野々村竜太郎・元兵庫県議。

号泣県議

 このヒトは兵庫県西宮市とは、直接の関係はない ― 大阪出身で、北野高校から関西大卒 ― が、「大阪維新の会」の虎の威を借りて「西宮維新の会」を名乗って、兵庫県議会議員選挙に、西宮選挙区から出馬、当選していた。

 2014年のことということで、もう忘れかけていたところに、別のニュースサイトへのリンクで、今度は、正真正銘(?)、西宮市の市長が、記者に対して「殺すぞ」などの暴言を吐いたという件が出来している。

西宮市長、暴言辞任

 この件については、神戸新聞のこちらのページで、録音された音声(動画であるが、静止画に音声を乗せてある)がアップされていて、テクストにも起こしてある。
 あの、“松本復興相”を思い出させる音声だ。

 この人物は、野村氏と違って、外貌はなはだかっこよく、甲陽学院(関西屈指の進学校)から京大卒というほんもののエリートコースを歩むと同時に、若いころはそうとうヤンチャでもあったところが、有権者にもエラく魅力だったみたいだ。

 もうこの町から離脱して30年以上になりますかねえ。何ともねえ。

 政治家の「レヴェル」が、「優秀さ」ではなく「劣悪さの少なさ」で、そのポストが上がっていくような感じである。
・想像もできない異常行動に出る → 県会議員。
・人に罵詈・暴言を浴びせる → 市長、ないしは、復興担当大臣のようなあまり重要でない大臣。
・発言がころころ変わり、政府翼賛的新聞からさえ「お子さま」と批判される → 防衛大臣のような、かなり重要な大臣。
・矛盾した発言を繰り返すも、前三者ほどひどくはない → 内閣総理大臣。

 む〜〜‥‥。

落語家のツイート。

 このエッセイを読んでいて遭遇したのだが、こちらの、桂 春蝶なる落語家のツイートが、炎上を呼んでいるらしい。

桂春蝶ツイート

 単純にまとめれば、「すばらしい国・日本における貧困は、絶対的に自己責任なのだから、これについて政府の責任・政策を云々する者は、強欲または売名の意思が強いのだ」ということになろう。

 ふむ。「炎上」に恰好のエサたる言説! であるし、“突っ込み”の声を、また「サヨク!」と嗤う恰好のネタでもあり。
 しかしまあ、ここに綴られたことば ― 書いた人も「ことば」を職業にする人間である ― を、そのままに読み解いてみたい。

 まず「世界中が憧れるこの日本で」と始まる。ふ〜ん、この筆者は、日本は世界中が憧れるすばらしい国だ、と認識している、ということになる。
 そのような「思い」を持つ人は多いだろう。が、その「事実」よりも、ここで押し出されてくるのは、「私は日本、なかんずく国家としての日本を讃美したい」という意思だ。
 ここで、この筆者は、自国の政府を讃美する(中国や北朝鮮でよく映像化される?)「政府讃美者」であるぞ、という主張が臭ってくる。

 次に、「「貧困問題」などを曰う方々は」のテクスト。珍しい「曰」字を使っているのは、まあいい(変換したら出たのだろうか。さっすが噺家さん!)。
 ここで「「貧困問題」などを曰う方々」というのは、想定するに二つ‥‥ひとつは貧困の当事者で、自らの貧困を訴える者。
 もうひとつは、「貧困」を「問題」として論じている人びと。

 この二者のどちらかわかりづらく、それゆえ、曖昧に両者を指して指弾し、「自らの貧困を訴える者も、「貧困問題」から政府・行政批判をする者たちも、みな「強欲」か「売名」の者たちだ」という理解が成り立つ。

 画像で4行めになる、「我が貧困を政府のせいにしている」というテクストは、明らかに「貧困の当事者」、かつそれを「政府が悪いから」と表明している者たち、ということになる。
 実際にこのような「自分の貧困が政治に由来する」と考え、また主張している貧困当事者が、そんなにいるのかどうか、大いに疑問ではある。
 一例だが、貧困などの問題に取り組む田中俊英氏が、G.スピヴァックの「当事者は語れない」という見解を援用しつつ書いている「文京区の貧困当事者は、語ることができるか」の記事がある。

 こういったことは社会学者の調査などが求められよう。
 が、春蝶師匠は、そうした研究者・支援当事者こそ、「「貧困問題」などを曰う」けしからぬ輩である、と言いたそうだ。

 ところが、この文中に、「働けないなら生活保護もある」というテクストが唐突に現われるのには、違和感も並ではないものを感じる。
 「生活保護」は、ある部分、「自己責任」論からはみだすことがらだ。

 いちいちリンクを示すまでもないくらい多くのサイトが指摘するように、わが国の生活保護必要者の捕捉率は、低い。「保護なめんなよ」事件でも見えてきたように、「低くすること」が行政職員に求められる。

 で、春蝶さんが言いたいのは、やはり「生活保護はちゃんとあるんだから、捕捉率が問題だ、とか行政上の運用を議論する輩は強欲 or 売名だ」ということなのだろう。

 問題のテクストをつらつら読んできて、はっきり見えてくるのは、この人は貧困者や貧困問題について何か言いたい、というより、「日本はすばらしい」、「現政府はすばらしい」ということを宣伝したいのだ、ということだ。

 弱者の立場に立つ、という形で政策・行政に批判を加える者こそが、社会・国家を危うくする「サヨク」なのだ、という、大勢の、意味をいっさい思考・定義しない「サヨク」なる語も、こうした、政府讃美のコンテクストで用いられる単語だ。
 それは措いておいても、こういう“政権翼賛落語家”が出てくるなんざ、面白いのか面白くないのか…。

 お父さんの先代春蝶師匠、頬のこけた風貌が、庶民的でしたけどねえ。

また、NHKの営業の話。

 拙ブログに、時折り1日のアクセスが1,700前後になる日がある。

アクセス元URL

 前にも書いたことだが、その「リンク元URL」の上位に、記事ID=729「NHKから封筒が。」が来る。

 じ〜っつにまあ NHKの“契約=受信料取り営業”に対する関心、というより反感・不快感なのだろうが、これが甚だしいことを知らされる。

 2015年2月にテレビ廃棄 → NHKとの契約終了
 2017年7月に、上記記事に書いた、「○月○日までに書類を返送せよ」という高圧文書の投函

という流れなのだったが、昨年(2017年)末だったと記憶するが、NHKの委託を受けた契約締結営業の営業マンが訪問してきた。

営業名刺

 株式会社ネクスレプトというところの人で、この人はちゃんと営業の常識を心得た人で、こちらの ― 7月の“高圧文書”の件も伝えた ― 説明も「おっしゃるとおりです。申しわけありません」と一応態度の上で理解を示し、自分たちの業務上の義務でこのように回っている、上の者にはあなたの言うところを伝える、ということで、帰っていった。

 それから3ヶ月も経たない今日、正午ごろ、寝ていたのだが、配達にしてはありえない大声で、加えてドアをがんがん叩く音。
 ほうっておこうかとも思ったが、とりあえずパジャマのままドアを開けると、前回とは(たぶん)別の会社の、NHKから受託した契約取り営業マン。

 今回の人は、そのような研修を受けた演技かもしれなかったが、じつに事情を理解しない明らかに「アホな(を装った?)営業マン」氏だった。

 受信設備を持っていないことを伝えればそれで終わりで、退去するのだが、異なる受託業者をここまで頻繁に同じ宅に通わせる NHKのやり方は、“高圧文書”と、追っての訪問に、さらに加えての不快感を募らせるものだ。

 異なる受託業者間に、情報の共有があるのかどうかわからない。勘ぐれば、長期に契約していない世帯には、異なる業者を頻繁に訪問させ、「ほかの業者のことは把握してませんで…」と言わせる作戦なのかもしれない。
 今日の営業氏は名刺を置いていかず、聞くと「すみません、切らしてまして」とのことだったが、意図的に名刺を渡さない(名札は提げている)ポリシーなのかも、とも思った。

 ただ、私のようにほんとうに受信設備・装置をひとつも有していない世帯への訪問は、無駄足であるだけで、逆に正規の受信料支払いユーザーにとっては、これらの人件費も受信料から賄われている、という、つまり契約者負担になるのである。

 個人的には、NHK受信・視聴者、さらにいえば受信可能状態にある人は、契約して受信料は払うべきだ、という考えを持っている。
 いっぽうで、昨今のこのような NHKのなりふりかまわぬ“契約取り”行動は、どう見ても NHKの印象を下げているし、再度テレビを導入して視聴しようという意思を、著しく毀損する。

 加えて、大勢の人びとには、「受信料を払わないで見る」のではなく、「テレビを棄て、見ない」ことをお勧めする
 NHKは、ETV特集など高品質な番組も制作していることはお人のブログからなどで知りうるが、もしそれだけを試聴したいなら、ネットのオンデマンドだけでいい。
 その他の“政権放送”と民放のクズ番組は、日本社会の中で最低のクソ文化といっても過言でなく、大勢がこれらから離脱することも悪くないのではないかと思う。

 もうひとつ、個人的には、NHKが「国営放送」になってしまうことには賛成できない部分も強く感じる。
 その点では、上の文と矛盾することになるが、テレビを再導入して契約するほうがいい面も感じないわけではない。

 池上 彰氏が《荻上チキの Session-22》で言っていたのは、「NHKの職員がいちばんキラうのは、自分たちが“国営放送”だと言われることだ」ということだった。
 が、自らがそうなる方向性を突っ走ってゆく ― 番組制作面でも営業面でも ― のなら、NHK所属員の人たち自らの責任以外の何ものでもない。

アベノミクスでほんとにいいの?

 来たる衆院選は、自公与党の圧勝、になるということだ。

 ふ〜ん‥‥だいたいの有権者は、為政者が恣意的に学校設立の認可などをしたとしても、何も思わないらしい。

 経済政策についても、現政権の政策への追認と期待は、そうとう大きそうだ。
 が、ここ、ほんとうにこれでダイジョウブなのか、という部分が見落とされていないか?

 ↓下の動画。インタビュアーで主宰者の神保哲生氏は、こちらははっきりとリベラルのほうなんだけど、日本総研・河村小百合氏の見解は、ニュートラルな立場では、と思う。



 テキストとして、彼女へのインタビューをまとめたものは、こちらにある。

 河村氏は、アベノミクスの“異次元の量的緩和”の帰結を、強く危惧する。
 「異次元」というのは、この辺(こちらは一般的解説。河村氏のではない):
 「今まで、日銀は金融緩和を行い、デフレ脱却を目指すと言いながらも、反面バブルのトラウマでインフレに対して、相当なアレルギーを持っていました。デフレを脱却すれば、当然インフレ。つまりアクセルを踏みながら、知らず知らずのうちにブレーキを掛けていたのが今までの日銀の金融政策でした。言葉を変えて言うならば出し惜しみです。
 今回は、そのブレーキを外し、現政権がかかげる2%の物価上昇に向かって、できることはすべて行うという政策を発表されました。」

を読むと、「ノーブレーキの量的緩和」ということらしい‥‥経済は、よくわかりませんが。

 こちらの、野口悠紀雄氏の意見も、通底するのでは?

?!国難突破解散!?

※このエントリの実アップ日時、10月6日ごろです(編集のため、元データ紛失)。
 投票日を迎えたことだし、元のアップ日(に近い)日付に直しました。

国難突破解散!


 むひょ、スッゴいネーミングだ。
 この気迫、都議選直前の、秋葉原駅頭の「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」絶叫がず〜っと続いているふうだ。
 「仕事人内閣」に改造してすぐ、の解散。「仕事」とは、解散のことだった!

国難突破解散

 常軌を逸し過ぎた言語感覚は、ちょっと置いといて ― いや、大いにオカシいが ― 今回の解散に際しての有権者への提案のひとつに、消費税を10%にすることによって、教育に金を十分にかける、というのがある。
 加えて、選挙で過半数を得られたら、森友・加計問題を、有権者は「問題ない」と判断したことになる、というところにもってゆく意図は明らかだ。

 ということは、消費税率を10%に上げた暁には、その財源を湯水のように使って、森友や加計のように、政権の思惑どおりに、学校の設立からして教育に自由自在に関与し、手続きの過程を徹底的に隠蔽し、公文書は一切残さない、という行政を行なっていきますよ、というアピールにほかならない。
 こう読まない人は、「安倍さん、公開なしで思いどおりにやっていいよ」という人たち以外、いるはずがない。

前原、小池に合流

 そこへまた、民進党の前原新代表が、小池百合子氏が主宰する(ことになるらしい)「希望の党」に、自党を挙げて合流=身売りする、というニュース!

 さすがに「日本ファースト」はアブノーマルもいいところだと思ったのか、「希望の党」という、いかにも小池さんらしい、フィーリングだけで内容のないネーミングにした。
 この「希望」というのは、「幸福実現党」の「幸福」と瓜二つの、可能な限り無意味であることを志したネーミングだ。

 小池都知事は、立候補した際のアピールとして「ダイバーシティ diversity=多様性」を挙げていたけれど、その舌の根も乾かないうちに、関東大震災の時の、朝鮮人虐殺に対する、追悼文送付の中止を行なっている。
 このことは、ある面 小池氏の本質面にとても合っていることのように思われる。

 それにもかかわらず、という方向でなく、それゆえ、「ダイバーシティ」とか「希望」とかいった、口当たりだけ心地よくて内容のないフレーズ、ワードばかりを選んで繰り出してくる。
 日本国民はアホだから、そういうものに引っ張られやすい、ということをよく心得ていて使ってきている印象がありありだ。

 先日の都議選では、安保法制や憲法観をどこかへほっぽらかして、民進党から「都民ファースト」に鞍替えして当選した候補がい〜っぱい出てきて、びっくりすると同時に、「あ、やっぱり票なんだな」とよくわかるビヘイヴィアーでもあった。

 それを、前原サン、党を挙げてやっちゃおう、というのである。ご立派^^。
 護憲では必ずしもなくても、拙速な改憲反対、立憲主義の無視にも反対、といった支持層が民進党にもそうとういるはずなのに、どういう料簡なのだろう?

 ‘あの’小林よしのり氏は、「前原代表はよく決めたものだ。大した男になった」大評価だ
 曰く「愛着ある自分の政党を解体してまで、出現したばかりの「希望の党」に身売りするような行為が、民進党の議員にとって、どれほどの覚悟が必要か、「政治屋」や「エセ言論人」には分かるまい」という。
 「愛着」、ですか? 都議選の経緯を見ても、「聞いてあきれる」というにも足りない。

 そして「ネトウヨ保守の時代を終わらせて、リベラルも内包できる懐の深い保守政権を作ったらどうだろう? 」などとのたまう。

どこがリベラルやねん! アホか。

 ふむ〜‥‥もしかすると、これは誉めごろしなのか?
 “前原・民進身売り党”と“小池ファースト党”との間に交わされた「政策協定書」の内実も、小林氏の言うような、今回の「合流」が、清濁合わせ飲んでの高次の決断といえるようなものなのか、まあアホでもわかる、というていのものだ。
 これを、前原氏は「アウフヘーベンだ」と言ったというが、これはもう、「ダイバーシティ」、「希望」などと並べた、“選挙用無意味ワード”の笑止の極致だ。

 ‥‥という流れの中で、都民ファの中でも小池氏に最も敬意を表するに吝かでなかったらしい二人の都議が、都民ファを離脱した。


 所属議員への「上から支配」がキョーレツらしい。なべて、さもありなん、なことだ。

 でまあ、やっと、枝野幸男サンが「立憲民主党」を立ち上げた

立憲民主党! ええやんけ!!

枝野、立憲民主党

 もっとも、枝野氏のイメージの中から、東日本大震災直後の福島第一原発について、東電の報告に乗っかって、メルトダウン等についても楽観的な発言を繰り返していた「枝野官房長官」時代の彼の映像を抹消することはできない。
 これはもう、わが国現代史のひとコマになってしまっている。

 そうではあっても、現今の状況を見ると、枝野氏の挙は最もマトモな動きだ。
 今後、都民ファーストから相当数の、元民主党所属者を含む議員の脱退も考えられるし、希望への合流なら、むしろ立憲への合流を選ぶ、という人も出るかもしれない。
 いや、社民あたりからの合流もあるかも?

 都知事選の時は、野党陣営の候補選びがスムーズでなく、民進党・岡田代表のオウンゴール的消極性も与って、小池旋風にみんな巻き込まれてしまい、その流れが都議選に突っ込む形で、小池党が大勝利し、しかし自民党は歴史的惨敗を喫した。

 今度は、全国の有権者が、「内容空虚なまま野合した小池党と前原党」を、ず〜っとウォッチしてきたあげくの総選挙になる。
 安倍自民党は、都議選前の「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と絶叫したあげくの超-大敗の、その主因たる疑惑を、消費増税でさらに勝手放題やるぞ、というアピールを続けている。


ほんと、国難突破投票だよ! 今度は。


[追記 10/7]
 コメントにて、元新潟のUさんから、小林よしのりさんが今は立憲民主党に支持を表明しているということを教えていただいた。
 BLOGOS記事は、こちらである。

 これは見ていなかった。Uさんには厚く御礼申し上げるとともに、ちょっと論を変えないといけないかもしれない。

 小林サンが、ここ数日で小池党への評価を大きく変え、前原・民進党の、小池党への合流(身売り的野合)を非難しだした経緯・推移は、彼のブログにしたがえば、

9月28日(木) 「希望の党」に対する国民の考え方 ‥‥前原礼讃
9月29日(金) 前原代表は騙されていたのか?
 同  日   希望の党は支持しない …不支持に転向
10月2日(月) 緊急生放送「希望の党は極右政党になる」 …ニコ生予告
10月3日(火) 「立憲民主党」に期待する
10月4日(木) 音喜多駿都議、よくやった! …都民ファ離脱を評価

というような流れである(おいおい、小林ファン・サイトみたいになったじゃないか!)。

 この辺の見解の変化と、いちいちの言説 ― ただし、もちろん前原礼讃は除く ― には賛同できる部分がほとんどだ(ただし「アウフヘーベン」は、やめてくれ〜)。
 が ― やはり、当初の、小池、前原の両政治‘屋’に対する、どうしようもない見誤りには、このヒト、そうとうなアホじゃないかという印象はぬぐいがたい。
 ということで、記事内の「アホか。」は、ポイントを下げて、残しておく。

似ている二人?

似ていると言われる二人。いよいよ政治生命に「リアル・アチチ」か??


[追記 10/8]
 ウルトラマンにかかわる画像(とテクスト)を、枝野氏が立憲民主党を立ち上げた時のものに差し替えました。
 円谷サンから言われることはないだろうけれど、ま、オタク・ネタだし‥‥。

[追記 10/12]
 都民ファ2議員離脱のニュース動画が削除されていたので、別のに差し替え。

高校野球の開会式…。

 夏の高校野球、甲子園での開会式で、プラカードを持つ役の女子高校生が、熱中症的症状で倒れ、それに対し、周囲の高校生たちが救護には動かず、高野連会長ののスピーチも途切れることなく続いた。

 YouTubeの埋め込みはしないが、こちらに収録・掲出された開会式全映像のうち、34分20秒くらいから、八田英二・高野連会長の挨拶スピーチが始まり、37分36秒くらいに、女の子が、倒れている(動画のキャプションにショートカットのリンクあり)。

開会式で昏倒

 これについて、周囲の高校生たちがほとんど動揺せずに直立の姿勢を取りつづけ、高野連会長もスピーチに一切中段を加えなかったこと、またこの事実を主催者である朝日新聞を始め、メディアが取り上げなかったことを、高校野球の中にある非人間性の表れだと非難するネット言説がちょっと‘炎上’している。

 開会式の行進先導・プラカード持ちは、伝統的に西宮市立西宮高校の女生徒が担当することになっているらしい‥‥‥いや、ホントウは私は記憶にあるはずなのだが ― というのは、ここの出身なので ― 忘れている。
 市立西宮高校は、地元では「いちにし」という。県立西宮高校を「けんにし」といって区別している‥‥今もたぶんそうであるはずだ。

 もちろん、不登校で中学に5年も在学した私は、内申の点で公立校は先ず無縁だったので、関係はない。

 そんなところで、なんやかや、ちょっとフクザツな心境で、このニュースを考えておりまス;;。
 女生徒の昏倒にもまったく同ぜず、延々(!)とスピーチを続けた高野連会長・八田英二氏。← 全然シラン人ではあるが、同志社大の理事長・総長や学長を務めた経済学者、とのこと。
 この大学がまた、個人的に縁のある大学なんである‥‥よい思い出はほとんどないけれど。
 まいったな〜^^;;。

 この「光景」自体には、やはり異常なものを感じてしまう。「一糸乱れず」、「微動だにしない」という「集団行動」の教育文化が、戦後ず〜っと涵養され続けてきた流れの中で、こういう「光景」が出来するのはきわめて当然のことであり、そしてそれは戦前の日本や今の北朝鮮をダイレクトに連想させる。

 このアクシデントに関しては、周囲の生徒の動きが非人間的、非常識であるという非難は、ただちには当てはめがたいと思う。
 女生徒が倒れた直後、男性が介護しているし、他にも介護者が数名、俊敏に駆け寄っている。

 つまり、開会式の運営は、こういった事態を予測して、このようなことが起きればすぐに対処できるように準備されており、市立西宮高の女生徒はそれを知っていて、うしろにいる高校球児たちも、すぐさま介護されたのを見て、動くまでもないと判断した、と解釈することは不自然ではないだろうと思うし、だとするとこのこと自体はそう大きな、非難されなくてはならない問題ではないと思うのだが…。

 むしろ、同じ調子で事態を非難したり揶揄したりする「同一歩調言説」がネット上を駆け巡ったことのほうに、「民衆の共通歩調ベクトル」みたいなものを感じる。

 ではあるが、こういう場面以外にもあまた報告されている、高校野球のムチャな練習のあり方など、こういうものを下支えしている「教育カルチャー」には、どうしようもなく危険で、不快なものを感じてしまう。

 八田サンのスピーチ、‘同志社的’であろうとガンバったのか、英語をふんだんに盛り込み、最後は「We're always behind you!」と結ぶ‥‥けっこういいこと言ってんだけどなぁ、の感あり。← だって、倒れた女生徒のうしろ ― behind you! ― に、ちゃんとすぐ介護者が来たじゃないですか!(笑。あ、笑っちゃいかんか…)

 女生徒の昏倒に、まったくスピーチを中断もアドリブ変更もしなかった‥‥のは、ま、慣れていないんですよ、こういう人は、こういう場面に。
 けれども、そういう「姿勢」そのものが、「個人」を基本的に大切にしない文化、社会の基調を、よく示している。

 よく言われる、人権を尊び、リベラルを標榜する朝日新聞社が、高校野球のような人権軽視の生じるイヴェントを主催しているのはおかしい、とか、そういう新聞社に人権を云々する資格はないという批判。

 そのとおりだと思うけれど、朝日新聞が、「リベラルが正しい」と認識してその路線を採っている、とは言い難い。
 「リベラルで行くぞ」と「上」が指示すればリベラル、「高校野球はすばらしい、で行くぞ」であれば高校野球、なのである。
 朝日新聞と産経新聞が、ちゃんと「シェア」できるビジネス。

 この国の「○○」は、「○○がよい or 正しい」の「判断」で主唱・遂行されるわけではなく、「オレたちは○○で行くぞ」という「指示」のもとに進められるのである。
 護憲も改憲も、ウヨクもサヨクも、開発もエコも、バブルも「モッタイナイ」も、そういう次第なのです。

 ‥‥まじめな話、八田氏のスピーチとはうらはらに、倒れた生徒のすぐ「behind you」の子たちは、全く動かなかった。
 この子たちを責めるのは酷だし、当事者や周囲の生徒たちがいじめでも受けるようなことは、それこそ許されるべきことではない。

 が、八田氏の「美辞麗句」は、このように機能(or 逆機能 or 非機能)するものであり、そのような社会と文化を、営々として戦後70年、築き上げてきたという自覚くらいは持っておかねばならない。

ブラック企業、ブラック部活。

 あ〜‥‥しんど〜‥‥。やっと日曜日〜。
 などとのんびりしたことを言っていられるのは、低収入に甘んじる非正規受験産業従事者たる愚生の閑散生活(← でもないんですよ^^)ゆえかな〜。

 TBSラジオ《荻上チキの Session-22》で、週末、“ブラック部活”をやっていた

 以前から、中学・高校の専任教員がいかに多忙で勤務時間が長く、残業代なしの超長時間労働に晒されているかが大きな社会問題になっているが、「部活」という局面で、教員も生徒も長時間拘束されすぎ、かつハラスメント的接触を受ける、ということが看過できないほどになっている、という。

 NHK《クローズアップ現代》のコピー:



 まだ消されずに残っているアップロードから、重複部(こういう映像コピーのアップロードは、同じ映像を繰り返すものが多い)のないものをひとつ。

 名大・内田 良さんは、いかにも外見がチャラい研究者であるが、上記《Session-22》にも出演していて、この問題を積極的に訴えている。
 映像中、為末 大さんが、「これは社会の縮図のようなもの」と言っている点には同感だが、それが「社会では、少し前の価値観だ」という点は、賛同しない。これは逆で、最近の「ブラック企業」全盛とリンクして、「ブラックな社会で人材になりうる人間を育てる」という流れの中に位置しているのである。

 「ブラック」の名称の、親玉、「ブラック企業」。

 YouTubeに、2015年と2016年の、《ブラック企業大賞 ノミネート発表》がアップされていた。




 さいきん名を馳せた電通をはじめ、セブンイレブン、引越社、佐川急便、明光義塾、ABCマート、日本郵便、等々。

 こういう形で‘告発’されなくとも、日本の企業における、正社員のムチャクチャな長時間労働や、絶対服従的転勤など、高度成長期には、それらの対価となる賃金上昇や福利厚生で‘相殺’されてきた部分が、ストレートに、このように「働かないと/働かせないと」立ちゆかなくなっている‥‥のだろうか?

 あんまり「他の先進国」とか「欧米」とかを比較材料に出してもしようがない気もするけれど、これほど人を働かせて、なお経済が停滞し続け、勤労者の生活がつらくなる日本という国。そんな国の経営者陣というのは、そうでない国の経営者より、そうとう暗愚であることは否みようがないのではないか。

 45年前、中学校で不登校になった時‥‥はじめに入った中学(市立)では部活は必修扱いで、体育教師は「できれば運動部に入れ」と言っていた。
 転居で、1年生の2学期には少し‘山の手’の中学(市立)に転校の予定だったためか、はじめの中学でどこかに入部した記憶がない。

 転校後の中学は、部活は「入ったほうがよいが、自由」という校風だったため、入らないまま、2年生になって不登校に陥り、部活は経験しないまま、不登校留年の2年を含めて計5年在学した。
 転居後の中学では、秋の体育大会(体育祭?)のマスゲームの練習に毎日夕暮れまで、体育教師の怒鳴り声につき合わされた。
 当時は、男子中学生の頭髪は、丸刈り強制だったことは言うを俟たない。

 今、ブラック部活、ブラック教員労働、ブラック・バイトなどの淵源が、こういった45〜50年前の「学校」にあったことが、再度はっきりとわかる。
 言い換えれば、45年後の日本がこうなっていることは、当時、全部わかっていた。あの時、「もうアカンやん」だったのである。
 それはハッキリ感じていた。同じ中学の不登校仲間(?)とも、そんな話をしていた記憶がある。

 部活における超長時間拘束は、「生徒に非行をする時間を与えない」ことだろう、とも言われる。
 一時期の「ゆとり教育」が学力低下を招いた、のはそうなのだろう。

 そりゃあたりまえである。「余暇」に何をしたらよいか知らぬ大人が、何をしたらよいか、年少者に教えられる、あるいは手本を示せるわけがない。
 「丸刈り強制」も、わかる。どんな髪型がおしゃれで、見る人に不快感を与えないか知らぬ大人が、若い連中に髪型を自由にさせられるわけがない。
 欧米の個人尊重や「民主主義」的プロセスは、ハリウッド俳優の話す英語のごとく、カッコよく耳に心地よいが、中身チンプンカンプン。

 あの時代に「蒔いた種」、ちゃんと花咲き、実ってます。

反原発集会…。

 ‥‥金曜夜はだいたい仕事が入っているが、7月7日夜は、珍しく仕事はなかったので、5月3日の憲法集会参加に次いで、今度は国会議事堂前で毎金曜日に行なわれている反原発(+反安倍)集会に出てみた。

0707 NO NUKES ☆ ALL STAR 国会前集会

 上が、ロゴというのか、集会のシンボル画像。青地に白い星が40ヶ。うち1ヶが核マーク(というのか?)。
 う〜ん、どっかで見たようなデザインだなー。

 あ、そうだ、ワンダーウーマンの ぱんちゅだぁ〜 (^o^;)ノ !!

ワンダーウーマン

 し、シツレイしやした ;;;。な、殴られるな、こいつぁ ;;。コミックおよびテレビのコスで、今上映中の映画のは、少し違うけれど。

 冗談は置いといて。
 主催者発表では、3,000人が参集したということだった。いつもは600人ほどらしいが、今回は都議選での自由民主党の劇的大敗を受けてなのか、あるいはその原因となった安倍政権の歴史的傍若無人ぶりへの怒りゆえか、そうとうな人数だったようだ。

 官邸側はコール中心、議事堂正門前のほうは政治家などのスピーチ中心ということで、後者のほうへ出てみた。
 全貌は YouTube映像で見られる‥‥が、埋め込みは、しない。
 5月3日の憲法集会ほどではないにしろ、高齢者が多かったけれど、みなさん、2時間以上の間、立って聞いている。お元気ですなあ。

 常連の方のブログを見てこのイヴェントを知ったのだが、参集している人々は、政治的に、たとえば特定政党の支持者というようなタイプではない感じだ。
 いわゆる‘活動家’の人びとはかなりいるようだが、常連さんのブログを見ても、スピーチにはダメ出しバンバンだったりする。

 参集した人びとに共通する考えというのは、たとえば、福島第一原発事故の賠償に関わる費用を、大手電力はもとより、原発に一切依らないすべての新電力の価格にも上乗せしてゆくことの不条理、といったところ、そういうものを福島原発が、現実に生み出してしまっているというようなことではないか、と思う。

 私自身は、経産省が言うように、「過去に安価な電気を利用したすべての需要家が公平に負担することが適当だ」と考えないこともないのである。だって、「過去に安価な(ほんとかな?)電気を利用した」こと自体は事実だからだ。
 問題は、それが未来長期間にわたっての「想定外のコスト」を生んでしまっている、ということなのである。

 廃炉費用はこれに上乗せしない、ということになったようだが、廃炉工程において、‘想定外’の出費がどんどんかかってくることは容易に‘想定’できるから、原子力発電は、いわば子孫から無限の借金をした発電方式だったということになるのだ。

 テレビも新聞もないのでわからないけれど、福島第一原発の、汚染水を凍土壁で遮蔽するという話など、どうなっているのだろうか。

 また、福島第一原発事故直後、停電によって道路の信号機が消灯し、交差点で衝突事故が発生して、死者が出たことが報じられたと記憶する。
 残っている記事では、神奈川県厚木市で計画停電中に起こったものがある。
 こういった事故の詳細は、知られているのか? 補償問題などはどうなっているのか?

 こんな情報をググる中、こんな記事を見つけた。
 『産経新聞』2012年8月2日に掲載したと思われる、京都大学大学院教授・藤井 聡なる人物の「原発が止まる「地獄」こそ直視を」と題する投稿である。

 曰く、「原発がなければ、火力発電を焚き増さざるを得なくなって、その結果、少なくとも年間3兆円相当の化石燃料を余分に外国から輸入しなければならなくなると推定されている。これが国家の富に深刻な打撃を与えるのである。第一に、電気料金は値上がりせざるを得なくなり、そうなれば家計のみならず国内経済に深刻な影響を及ぼす。産業の空洞化にも一段と拍車がかかり、長期デフレに苦しむ景気がさらに冷え込み、失業者が増え、その結果、自殺者が増えることともなりかねない。‥‥(中略)‥‥いかがだろうか−−。以上が、筆者がリアルに想像する「原発が止まり続けたときの地獄」である。つまり、原発未稼働による不況の深刻化と、散発的に発生する停電を通して、遺憾ながらも、結果的に多くの国民が死に追いやられかねないのである。それは、長期で累計すれば、数万、最悪の場合には数十万という水準に達するのではないか、と筆者は本気で案じている。」

 興味のある方は同ウェブページで全文をお読みになればいい。京都大学の、この藤井という教授のサイト内にあるページだが、一部テクストが重複掲出されており、編集は杜撰だ。
 それはともかく、「その結果、自殺者が増えることともなりかねない」云々。こんな形で自殺者が激増しただろうか?

 言うまでもないけれど、一時期、我が国の原子力発電所は、全機停止していた。
 自殺者の問題を言うなら、原発事故に関しては、『NHKスペシャル』が報道したように、事故による避難のストレスや、生業喪失によるストレスからの自殺者の増加が問題なのである。

 「本気で案じる」べきことは、何なのか。いったい、この藤井なる「研究者」は、何を言っているのか、こういう人物が研究者として、京都大学大学院で教鞭を執っていること自体、不思議な気がする。

 さて ― 余談が過ぎた。
 当日のスピーチの話にもどると、民進党、自由党の議員はツマラナい話‥‥民進党は選挙の、これまた大敗北の反省もなく、自由党のは、噛み噛みで耳障りなことこの上なかった。
 菅 直人は声がバカでかく、元気な人だなぁと思ったが、福島第一事故後は、あんな大きな声で東電職員を怒鳴りつけていたのだろうな、と想像できた。

 最後のほう、「都民ファ」の躍進に注意を喚起していた人がいた。「代表の野田という人は国民主権を「傲慢」だと言ってきた人だ。国政に参入したら「国民ファースト」になるのではなく「臣民ファースト」になるだろう」という旨のことを言っていて、これはとりあえず大事だ。あとからパンフを見直したら、あの古賀茂明サンということだった。

 さてさて、足は疲れたけれど、5月3日同様、いいシャカイベンキョウになりました。

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