高校野球の開会式…。

 夏の高校野球、甲子園での開会式で、プラカードを持つ役の女子高校生が、熱中症的症状で倒れ、それに対し、周囲の高校生たちが救護には動かず、高野連会長ののスピーチも途切れることなく続いた。

 YouTubeの埋め込みはしないが、こちらに収録・掲出された開会式全映像のうち、34分20秒くらいから、八田英二・高野連会長の挨拶スピーチが始まり、37分36秒くらいに、女の子が、倒れている(動画のキャプションにショートカットのリンクあり)。

開会式で昏倒

 これについて、周囲の高校生たちがほとんど動揺せずに直立の姿勢を取りつづけ、高野連会長もスピーチに一切中段を加えなかったこと、またこの事実を主催者である朝日新聞を始め、メディアが取り上げなかったことを、高校野球の中にある非人間性の表れだと非難するネット言説がちょっと‘炎上’している。

 開会式の行進先導・プラカード持ちは、伝統的に西宮市立西宮高校の女生徒が担当することになっているらしい‥‥‥いや、ホントウは私は記憶にあるはずなのだが ― というのは、ここの出身なので ― 忘れている。
 市立西宮高校は、地元では「いちにし」という。県立西宮高校を「けんにし」といって区別している‥‥今もたぶんそうであるはずだ。

 もちろん、不登校で中学に5年も在学した私は、内申の点で公立校は先ず無縁だったので、関係はない。

 そんなところで、なんやかや、ちょっとフクザツな心境で、このニュースを考えておりまス;;。
 女生徒の昏倒にもまったく同ぜず、延々(!)とスピーチを続けた高野連会長・八田英二氏。← 全然シラン人ではあるが、同志社大の理事長・総長や学長を務めた経済学者、とのこと。
 この大学がまた、個人的に縁のある大学なんである‥‥よい思い出はほとんどないけれど。
 まいったな〜^^;;。

 この「光景」自体には、やはり異常なものを感じてしまう。「一糸乱れず」、「微動だにしない」という「集団行動」の教育文化が、戦後ず〜っと涵養され続けてきた流れの中で、こういう「光景」が出来するのはきわめて当然のことであり、そしてそれは戦前の日本や今の北朝鮮をダイレクトに連想させる。

 このアクシデントに関しては、周囲の生徒の動きが非人間的、非常識であるという非難は、ただちには当てはめがたいと思う。
 女生徒が倒れた直後、男性が介護しているし、他にも介護者が数名、俊敏に駆け寄っている。

 つまり、開会式の運営は、こういった事態を予測して、このようなことが起きればすぐに対処できるように準備されており、市立西宮高の女生徒はそれを知っていて、うしろにいる高校球児たちも、すぐさま介護されたのを見て、動くまでもないと判断した、と解釈することは不自然ではないだろうと思うし、だとするとこのこと自体はそう大きな、非難されなくてはならない問題ではないと思うのだが…。

 むしろ、同じ調子で事態を非難したり揶揄したりする「同一歩調言説」がネット上を駆け巡ったことのほうに、「民衆の共通歩調ベクトル」みたいなものを感じる。

 ではあるが、こういう場面以外にもあまた報告されている、高校野球のムチャな練習のあり方など、こういうものを下支えしている「教育カルチャー」には、どうしようもなく危険で、不快なものを感じてしまう。

 八田サンのスピーチ、‘同志社的’であろうとガンバったのか、英語をふんだんに盛り込み、最後は「We're always behind you!」と結ぶ‥‥けっこういいこと言ってんだけどなぁ、の感あり。← だって、倒れた女生徒のうしろ ― behind you! ― に、ちゃんとすぐ介護者が来たじゃないですか!(笑。あ、笑っちゃいかんか…)

 女生徒の昏倒に、まったくスピーチを中断もアドリブ変更もしなかった‥‥のは、ま、慣れていないんですよ、こういう人は、こういう場面に。
 けれども、そういう「姿勢」そのものが、「個人」を基本的に大切にしない文化、社会の基調を、よく示している。

 よく言われる、人権を尊び、リベラルを標榜する朝日新聞社が、高校野球のような人権軽視の生じるイヴェントを主催しているのはおかしい、とか、そういう新聞社に人権を云々する資格はないという批判。

 そのとおりだと思うけれど、朝日新聞が、「リベラルが正しい」と認識してその路線を採っている、とは言い難い。
 「リベラルで行くぞ」と「上」が指示すればリベラル、「高校野球はすばらしい、で行くぞ」であれば高校野球、なのである。
 朝日新聞と産経新聞が、ちゃんと「シェア」できるビジネス。

 この国の「○○」は、「○○がよい or 正しい」の「判断」で主唱・遂行されるわけではなく、「オレたちは○○で行くぞ」という「指示」のもとに進められるのである。
 護憲も改憲も、ウヨクもサヨクも、開発もエコも、バブルも「モッタイナイ」も、そういう次第なのです。

 ‥‥まじめな話、八田氏のスピーチとはうらはらに、倒れた生徒のすぐ「behind you」の子たちは、全く動かなかった。
 この子たちを責めるのは酷だし、当事者や周囲の生徒たちがいじめでも受けるようなことは、それこそ許されるべきことではない。

 が、八田氏の「美辞麗句」は、このように機能(or 逆機能 or 非機能)するものであり、そのような社会と文化を、営々として戦後70年、築き上げてきたという自覚くらいは持っておかねばならない。

ブラック企業、ブラック部活。

 あ〜‥‥しんど〜‥‥。やっと日曜日〜。
 などとのんびりしたことを言っていられるのは、低収入に甘んじる非正規受験産業従事者たる愚生の閑散生活(← でもないんですよ^^)ゆえかな〜。

 TBSラジオ《荻上チキの Session-22》で、週末、“ブラック部活”をやっていた

 以前から、中学・高校の専任教員がいかに多忙で勤務時間が長く、残業代なしの超長時間労働に晒されているかが大きな社会問題になっているが、「部活」という局面で、教員も生徒も長時間拘束されすぎ、かつハラスメント的接触を受ける、ということが看過できないほどになっている、という。

 NHK《クローズアップ現代》のコピー:



 まだ消されずに残っているアップロードから、重複部(こういう映像コピーのアップロードは、同じ映像を繰り返すものが多い)のないものをひとつ。

 名大・内田 良さんは、いかにも外見がチャラい研究者であるが、上記《Session-22》にも出演していて、この問題を積極的に訴えている。
 映像中、為末 大さんが、「これは社会の縮図のようなもの」と言っている点には同感だが、それが「社会では、少し前の価値観だ」という点は、賛同しない。これは逆で、最近の「ブラック企業」全盛とリンクして、「ブラックな社会で人材になりうる人間を育てる」という流れの中に位置しているのである。

 「ブラック」の名称の、親玉、「ブラック企業」。

 YouTubeに、2015年と2016年の、《ブラック企業大賞 ノミネート発表》がアップされていた。




 さいきん名を馳せた電通をはじめ、セブンイレブン、引越社、佐川急便、明光義塾、ABCマート、日本郵便、等々。

 こういう形で‘告発’されなくとも、日本の企業における、正社員のムチャクチャな長時間労働や、絶対服従的転勤など、高度成長期には、それらの対価となる賃金上昇や福利厚生で‘相殺’されてきた部分が、ストレートに、このように「働かないと/働かせないと」立ちゆかなくなっている‥‥のだろうか?

 あんまり「他の先進国」とか「欧米」とかを比較材料に出してもしようがない気もするけれど、これほど人を働かせて、なお経済が停滞し続け、勤労者の生活がつらくなる日本という国。そんな国の経営者陣というのは、そうでない国の経営者より、そうとう暗愚であることは否みようがないのではないか。

 45年前、中学校で不登校になった時‥‥はじめに入った中学(市立)では部活は必修扱いで、体育教師は「できれば運動部に入れ」と言っていた。
 転居で、1年生の2学期には少し‘山の手’の中学(市立)に転校の予定だったためか、はじめの中学でどこかに入部した記憶がない。

 転校後の中学は、部活は「入ったほうがよいが、自由」という校風だったため、入らないまま、2年生になって不登校に陥り、部活は経験しないまま、不登校留年の2年を含めて計5年在学した。
 転居後の中学では、秋の体育大会(体育祭?)のマスゲームの練習に毎日夕暮れまで、体育教師の怒鳴り声につき合わされた。
 当時は、男子中学生の頭髪は、丸刈り強制だったことは言うを俟たない。

 今、ブラック部活、ブラック教員労働、ブラック・バイトなどの淵源が、こういった45〜50年前の「学校」にあったことが、再度はっきりとわかる。
 言い換えれば、45年後の日本がこうなっていることは、当時、全部わかっていた。あの時、「もうアカンやん」だったのである。
 それはハッキリ感じていた。同じ中学の不登校仲間(?)とも、そんな話をしていた記憶がある。

 部活における超長時間拘束は、「生徒に非行をする時間を与えない」ことだろう、とも言われる。
 一時期の「ゆとり教育」が学力低下を招いた、のはそうなのだろう。

 そりゃあたりまえである。「余暇」に何をしたらよいか知らぬ大人が、何をしたらよいか、年少者に教えられる、あるいは手本を示せるわけがない。
 「丸刈り強制」も、わかる。どんな髪型がおしゃれで、見る人に不快感を与えないか知らぬ大人が、若い連中に髪型を自由にさせられるわけがない。
 欧米の個人尊重や「民主主義」的プロセスは、ハリウッド俳優の話す英語のごとく、カッコよく耳に心地よいが、中身チンプンカンプン。

 あの時代に「蒔いた種」、ちゃんと花咲き、実ってます。

反原発集会…。

 ‥‥金曜夜はだいたい仕事が入っているが、7月7日夜は、珍しく仕事はなかったので、5月3日の憲法集会参加に次いで、今度は国会議事堂前で毎金曜日に行なわれている反原発(+反安倍)集会に出てみた。

0707 NO NUKES ☆ ALL STAR 国会前集会

 上が、ロゴというのか、集会のシンボル画像。青地に白い星が40ヶ。うち1ヶが核マーク(というのか?)。
 う〜ん、どっかで見たようなデザインだなー。

 あ、そうだ、ワンダーウーマンの ぱんちゅだぁ〜 (^o^;)ノ !!

ワンダーウーマン

 し、シツレイしやした ;;;。な、殴られるな、こいつぁ ;;。コミックおよびテレビのコスで、今上映中の映画のは、少し違うけれど。

 冗談は置いといて。
 主催者発表では、3,000人が参集したということだった。いつもは600人ほどらしいが、今回は都議選での自由民主党の劇的大敗を受けてなのか、あるいはその原因となった安倍政権の歴史的傍若無人ぶりへの怒りゆえか、そうとうな人数だったようだ。

 官邸側はコール中心、議事堂正門前のほうは政治家などのスピーチ中心ということで、後者のほうへ出てみた。
 全貌は YouTube映像で見られる‥‥が、埋め込みは、しない。
 5月3日の憲法集会ほどではないにしろ、高齢者が多かったけれど、みなさん、2時間以上の間、立って聞いている。お元気ですなあ。

 常連の方のブログを見てこのイヴェントを知ったのだが、参集している人々は、政治的に、たとえば特定政党の支持者というようなタイプではない感じだ。
 いわゆる‘活動家’の人びとはかなりいるようだが、常連さんのブログを見ても、スピーチにはダメ出しバンバンだったりする。

 参集した人びとに共通する考えというのは、たとえば、福島第一原発事故の賠償に関わる費用を、大手電力はもとより、原発に一切依らないすべての新電力の価格にも上乗せしてゆくことの不条理、といったところ、そういうものを福島原発が、現実に生み出してしまっているというようなことではないか、と思う。

 私自身は、経産省が言うように、「過去に安価な電気を利用したすべての需要家が公平に負担することが適当だ」と考えないこともないのである。だって、「過去に安価な(ほんとかな?)電気を利用した」こと自体は事実だからだ。
 問題は、それが未来長期間にわたっての「想定外のコスト」を生んでしまっている、ということなのである。

 廃炉費用はこれに上乗せしない、ということになったようだが、廃炉工程において、‘想定外’の出費がどんどんかかってくることは容易に‘想定’できるから、原子力発電は、いわば子孫から無限の借金をした発電方式だったということになるのだ。

 テレビも新聞もないのでわからないけれど、福島第一原発の、汚染水を凍土壁で遮蔽するという話など、どうなっているのだろうか。

 また、福島第一原発事故直後、停電によって道路の信号機が消灯し、交差点で衝突事故が発生して、死者が出たことが報じられたと記憶する。
 残っている記事では、神奈川県厚木市で計画停電中に起こったものがある。
 こういった事故の詳細は、知られているのか? 補償問題などはどうなっているのか?

 こんな情報をググる中、こんな記事を見つけた。
 『産経新聞』2012年8月2日に掲載したと思われる、京都大学大学院教授・藤井 聡なる人物の「原発が止まる「地獄」こそ直視を」と題する投稿である。

 曰く、「原発がなければ、火力発電を焚き増さざるを得なくなって、その結果、少なくとも年間3兆円相当の化石燃料を余分に外国から輸入しなければならなくなると推定されている。これが国家の富に深刻な打撃を与えるのである。第一に、電気料金は値上がりせざるを得なくなり、そうなれば家計のみならず国内経済に深刻な影響を及ぼす。産業の空洞化にも一段と拍車がかかり、長期デフレに苦しむ景気がさらに冷え込み、失業者が増え、その結果、自殺者が増えることともなりかねない。‥‥(中略)‥‥いかがだろうか−−。以上が、筆者がリアルに想像する「原発が止まり続けたときの地獄」である。つまり、原発未稼働による不況の深刻化と、散発的に発生する停電を通して、遺憾ながらも、結果的に多くの国民が死に追いやられかねないのである。それは、長期で累計すれば、数万、最悪の場合には数十万という水準に達するのではないか、と筆者は本気で案じている。」

 興味のある方は同ウェブページで全文をお読みになればいい。京都大学の、この藤井という教授のサイト内にあるページだが、一部テクストが重複掲出されており、編集は杜撰だ。
 それはともかく、「その結果、自殺者が増えることともなりかねない」云々。こんな形で自殺者が激増しただろうか?

 言うまでもないけれど、一時期、我が国の原子力発電所は、全機停止していた。
 自殺者の問題を言うなら、原発事故に関しては、『NHKスペシャル』が報道したように、事故による避難のストレスや、生業喪失によるストレスからの自殺者の増加が問題なのである。

 「本気で案じる」べきことは、何なのか。いったい、この藤井なる「研究者」は、何を言っているのか、こういう人物が研究者として、京都大学大学院で教鞭を執っていること自体、不思議な気がする。

 さて ― 余談が過ぎた。
 当日のスピーチの話にもどると、民進党、自由党の議員はツマラナい話‥‥民進党は選挙の、これまた大敗北の反省もなく、自由党のは、噛み噛みで耳障りなことこの上なかった。
 菅 直人は声がバカでかく、元気な人だなぁと思ったが、福島第一事故後は、あんな大きな声で東電職員を怒鳴りつけていたのだろうな、と想像できた。

 最後のほう、「都民ファ」の躍進に注意を喚起していた人がいた。「代表の野田という人は国民主権を「傲慢」だと言ってきた人だ。国政に参入したら「国民ファースト」になるのではなく「臣民ファースト」になるだろう」という旨のことを言っていて、これはとりあえず大事だ。あとからパンフを見直したら、あの古賀茂明サンということだった。

 さてさて、足は疲れたけれど、5月3日同様、いいシャカイベンキョウになりました。

NHKから封筒が。

 この1週間は、ほぼ休み。ちょうど夏休みになる。週明けからは、8月末まで、ほぼ日曜しか休日がないという夏期の仕事の入り方。
 今の仕事先で、これだけ夏の仕事が入ったことは初めてである。

 で、昨日、階下の郵便受けに、NHKからの、名宛のない、ということは、郵便物ではなく配布物ではあるが、当方に該当する内容のもの、ということだろう。

 A4の書類を折らずに入れることのできる、かなり大きな封筒に、警告のごとき文言が印刷されている。

NHKからの封筒

 「[重要] すぐにご開封いただき、内容をご確認ください。」
 「 月 日までにご返送をお願いいたします。」
と印刷され、月日は「7月19日」の日にちが手書きで記入されている。

 日にちを切っていいて、上のような文言であるということは、どのような形であれ、私に「書類を返送する」義務ないし必要が存する、ということを前提とした文言だ。

NHKからの封筒-裏

 裏の、折り返し部分には「すぐにご開封いただき、内容をご確認ください。」とある。まるで役所からの、税や保険料の滞納者に対する警告文書のように見える。

 差出元は、「NHKふれあいセンター」で、ナビダイヤル(フリーコールではない):0570-077077 が記されている。
 内容物は、「放送受信契約についてのご案内」と「放送受信契約のお願い」、そして、「放送受信契約書 兼 住所変更届」の3点。
 つまり、これは、私が受信設備を所有・使用していながら受信契約を結んでいない者だ、という認識における投函としか理解できない。

 私は、過去記事に書いたとおり、まだ旧室にいた2015年2月16日に、テレビを廃棄し、NHKにも廃棄の際の書類を発送し、契約終了を確認した。
 新室に転入後、2度ほどNHKの職員が来訪し ― 1度めは転居後すぐ来訪し、無愛想にテレビなどがあるかないかだけ聞き、「ない」と答えるとそそくさと帰り、2度めは営業担当の人で、かなり丁寧に対応してくれたので、こちらも思うところを述べた ― NHKは私の状況(契約終了者で、受信設備がないこと)を確認している。

 その状態で、すでに受信設備を所有・使用していることを前提にした形で、上述の封筒を郵便受けに投函した、というのは、どうみても不愉快な方法以外のなにものでもないだろう。

 速攻で、上掲の「NHKふれあいセンター」に、電話料当方負担で電話し、もちろん怒ったりせず、しかし、明瞭に「こういうやり方は言いようもなく不愉快だし、可能性としての受信契約者も減らしてしまうだろう」旨のことを述べておいた。

 NHKが、受信料不払いの状態で受信している受信者が多いのに対して、片っぱしから裁判などを起こして徴収しているという話はよく聞くし、私個人は、実際に受信している場合は支払ってもよいのではないかと思っている。

 なぜなら、受信料を、つまりNHKの制作・放映費用を税金から、ということになれば、今以上にNHKが「政権放送」に堕してしまう危険があるからだ。

 しかし、私がすでに受信料不払いの受信者であることが認識されているならともかく、非受信者であることはいったん認識しているのだから、あとあとは「受信設備を導入されていませんか? でしたらぜひ契約を」と丁寧に促してゆくのが、役所ではなく、一般社会に存在するカンパニーの取るべき道筋だと思うのだが‥‥。
 つくづく‘上から目線’のところだなぁ、と感じ、テレビを再導入する意思は、さらに挫かれたことは言うを俟たない。

 似た感触を持ったことは、東京電力のコンピュータ音声による営業の電話。「電気もガスも→東京電力へ」のキャンペーンだった。
 試算してみないか、というアナウンスが続いた。

 が、安くなったとしても、東京電力のような、原発の杜撰運転と責任感絶無の企業に、それもコンピューター音声の営業電話で、だれが利用を依頼したいと思うだろうか?
 もちろん、ムダな人件費を使わないというのはわかるけれど、コンピューターの設定からしてコスト・ゼロのはずがない。暗愚な出費としかいいようがない。

 東京電力、東芝、自民党、NHK、どこも、もうオカシい。
 現場で動いている人々は丁寧に仕事をしており、ますます丁寧で過密な仕事を要求されるばかりで、それが活きてこない方向にばかり「上」が持ってゆく。

都議選、しゅ〜りょ〜。

 都議選、終わり。

 これはもう、異様の上に異様を重ね、さらに屋上屋(おくじょう、おく)を重ねるがごとくに醜態を塗りつけ続けた安倍政権・自民党執行部の迎えた、当然の結果である。

 私の選挙区は、“「国民ファースト」=国民主権を根本的に否定する人物が代表を務めるのに、不思議にも「都民ファースト」を名乗る党”の公認・支援を受けた候補2人が定員を占めた。

 その候補2人とも、もとは民主党の公認・支持で、一人は都議、もう一人は市議を務めていた人だった。
 上述の背景を持つ「都民ファースト」にはどうしても投票しがたかったので、死票覚悟で共産党の候補に入れた。

 選挙区の得票結果は、下のとおり(こちらから)。

選挙結果

 トップ当選は、都民ファーストに鞍替えして公明の支援を受けた、桐山さん。
 この人、学生時代、新体操の選手だったことを今も‘売り’にしているが、チラシにレオタード姿を印刷したものは、市議選時代には見たことがない(あったかもしれないが)。
 が! 今回のチラシには、選手時代や‘体操のおねえさん’時代の写真^^! いや、私、投票しそうになりました〜ッ ;;!
 小池サイドからのサジェスチョンがあったのかな〜。

 ‥‥ ;;; いやいや、石毛さんと二人当選すれば、自民党が落ちてくれる、ということも考えた。
 自民党の山田氏には、何の不祥事もなく、地元の商店会などの支持が確実にあったと思うし、私も嫌う点はないのだが、自民党の国政での横暴・粗雑ぶりがあ〜まりに異様なので、それを執行部が知る事態にはなってもらわないと困るということがあった。
 落選は、100%、国政自民党の‘せい’である。

 当方の投票は死票に結果したけれど、共産候補は、1万票を超えることはないだろうと踏んでいたところ、けっこう得票している。

 今回は、自由民主党の都議会始まって以来の歴史的大敗と、小池党の進出が目立つが、なんと! 共産党が ― 前回でそうとう躍進しているのだが ― さらに2人も増やしている。
 私の選挙区での共産の得票数や、全体の、低いとはいえ相対的には上がった投票率を見ると、そこには確実に一定の「民意」が反映している。

 影響力などないことはわかっていても、このブログで、ちょっとばかり自民党の異様さを‘言挙げ’したのだが、こういうことをやっていると、どうも体調が悪い (~_~;)。前3記事は、削除しようと思ってます(この記事も?)。

 YouTube映像で見ていると、終盤で秋葉原の、安倍総裁の演説に「アベ、やめろ!」を連呼し、安倍氏がそれに‘決然と’反論‥‥これはまさに菅官房長官が言うとおり、「全く問題はない」と思うが(あたりまえである)、面白かったのは、もう YouTube映像のキャプションで指摘されているが、石原伸晃サンが、やや動転してか、聴感上「オマヌケください」と聞こえるように、ヒッドく‘噛んだ’こと。

 「(総裁を)お迎えください」と言おうとしたものが、動揺して子音と母音の順序がオカシくなったのだろう。
 こんな事態が自民惨敗につながった‥‥わけはなく、もう決まっていたのである。

《産経抄》の言葉の遣い方

 産経新聞の《産経抄》。
 稲田防衛相の、あのオウンゴールな失言に、ついに「これまでも資質を疑うような行動がしばしば見られた。自衛隊の中立性に関わる今回の失言は、とりわけ罪が重い。撤回で済む問題ではない」(太字、引用者)と苦言を呈した

 その《産経抄》は、今年3月の段階で、朝日新聞の稲田批判を批判し「「稲田大臣の資質を問う」。朝日新聞は10日付の社説でこう記し、教育勅語を評価した稲田朋美防衛相の資質に重大な疑義を表明した。手元の岩波国語辞典を引くと資質とは「生まれつき」「天性」のことである。思想や考え方で、持って生まれた性質まで否定するとは随分差別的な発想ではないか」と書いている(この後者の件は、TBSラジオ《荻上チキの Session-22》で知った)。

 ほ〜れほれ、やっぱり産経のほうも、こういう局面では「資質」という単語を使ってしまうだろ、というハナシである。

 さてさて、やっぱりオーディオや音楽を語ったほうが、精神衛生にもいいようでありま〜ス。

5.3 憲法集会に出てみた…。

 ゴールデンウィークだぁ〜。
 ‥‥って、外出などなんにも予定はない。
 が、還暦を過ぎて生まれて初めて憲法記念日に、憲法関係の集会に出てみた。

 月・火と、ふた晩で9時間ほどの睡眠時間でヘロヘロ、加えて腹具合もよくなかったが、来年行けるとは限らない、と起き出して出かけた。
 眠くて起きづらくてグズグズし、西武線もりんかい線 ― 高田馬場で山手線に乗り換え、新宿でりんかい・新木場行き埼京線利用 ― も1本ずつ乗り遅れ、会場になる有明・東京臨海広域防災公園(国際展示場駅下車)には、ゲストのスピーチの始まる13時過ぎくらいに着いただろうか。

5.3憲法集会

 りんかい直通埼京線は、新宿からかなり混んでいて、渋谷で降りた人の席に何とか座れ、目的駅まで座れた。
 電車は東京テレポート駅まで混み、ここで若い人たちが降車、国際展示場駅で降りたのは高齢者がほとんど。

 駅から公園までみんな歩いてゆくので着いて行く。途中、警察官が誘導したりしている。

社民党のバス

 会場前に社民党の街宣車。向こうには警察車両がズラリ。

 参集者は、もうほ〜とんどが老人。若い人は、スタッフ以外では高齢者といっしょに、‘嫁さん(=息子の妻)’っぽい人、くらいか。
 若い男性はごく少なく、いると‘活動家’ふうな人だったりする。

 私がいたのは、「制服向上委員会」の橋本美香さん ― 初期からのメンバーで、もう37歳、‘アイドル’というには…であるが ― が司会するゲストのスピーチ・タイム。前後にセッティングされたコンサートなんていうのは、こういうイヴェントの楽曲というのはだいたい音楽性ガタガタ(沢田研二の某曲などを思い出す)なので(偏見(笑))聴く意志なし。

 が、当日の映像を YouTubeで見ると(プレコンサートアフターコンサート)、まんざらでもないようである;;。

 アフターコンサートでは「制服向上委員会」メンバーも来て歌ったようだが、そのファン層? と思しい連中は、極めて少ない。
 SEALDsっぽい感じの若者すら、まぁ〜ったくと言っていいほど来ていない(と見えた)。

ビジョンカー

 ステージの反対側には、「ビジョンカー」とネーミングしてある、そこそこのモニターを積んだ車が設置され、ライヴ映像(上の写真は、民進党・蓮舫代表の映像)を映していたけれど、何せ音声が小さくて不明瞭で、効果が小さい。

 本部スタッフの女性に声をかけて、もうちょっと音声が効果的なほうがよくないか、などと、いつもながらのイチャモン。
 ついでに、「お年寄りば〜っかりですねえ。ある憲法学者は‘憲法は生きている’とか言ったらしいですが、何だか、護憲運動は限りなく憲法をデッドなものにしてきた、その70年の帰結みたいに感じます」と、よけいなひとこと。

 ちなみに「憲法は生きている」というのは、故・奥平康弘氏の著書のうちの2冊、『憲法を生きる』と『未完の憲法』(木村草太氏との共著)の書名からもじった言い方だ。

 読んだこともない憲法学者の見解を、著書の書名、それもたった2冊から勝手なことを言ったわけで、無責任とは思うが、「憲法」をライヴに捉える、その正反対に、護憲派はひたすら憲法をデッド・フィックスなものとして変えないことに固執し、改憲派は、戦後憲法は「すでに死んだもの」ないし「もともと効力のないもの」としてその死を宣言して葬り去り、戦前レジームに戻したい、というものばかりに見えるので、これは正直なところなのである。

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森友学園、教育勅語の話から…。

森友ニュース 1


森友ニュース 2


 教育勅語礼賛幼稚園の経営者の件が、世を賑わしている、らしい。
 賑わしているだけなら、芸能ニュースみたいなものだからどうでもいいが、ひとつは行政の公正さ、もうひとつは政治家の基本理念の問題の、それぞれ根幹に関わるファクターが大きいので、これは厄介だ。

 安倍首相は、この学校法人が格安で国有地の払い下げを受けたことに対して、「私も妻も認可、国有地払い下げに関係ない。関わっていたら総理大臣を辞める!」と突っぱね続け‥‥るしかあるまい。

 この大先輩の伝に習ってか、例の学校法人理事長・籠池氏と同じく教育勅語礼賛派と思しい稲田防衛相も、籠池氏に「「法律相談を受けたこともなければ、実際に裁判を行ったことはない」と、国会答弁で断言していたが、森友学園が原告の裁判に稲田氏が原告側の代理人として出廷したという裁判所の記録の存在が発覚」して発言を訂正した、という事態が出来している。

 裁判所というのは、ニュートラルな立場で、必要と思われることは文書化して残すものだと思う。それで‘キチンと’証拠文書が残っていたのだろう。
 となると、ことの性質がニュートラルでない、つまり利権がからむようなものについては、徹底して記録文書を廃棄ないしは隠蔽することが、逆に明瞭に推測できるのである。

 学校法人への格安の国有地払い下げに関して、「専門家に鑑定させることもなく、大阪航空局と近畿財務局の話し合いで売却価格を決めてしまう。そして、森友学園との交渉過程の記録はすでに破棄しているとして、公開要求を突っぱねる」のである(こちら)

 公文書を残し、請求に応じて情報公開することについては、先進国におけるその重視に対するに、わが国では意識が低かった、というのはよく指摘される(あ、クロ現だ)。
 が、そんな高等な話ではなく、政官接触の、とくにきわどい場面の記録は、双方ともに絶対公開したくない代ものになりうるから、どうあっても残したくない。

 というわけで上のようなことになるのだが、近畿財務局と学校法人との(「政官」ではないが)近々の接触の記録は残っているそうなので、今後どうなるのか。

 問題は、一学校法人のスキャンダルというのではなく、行政が公正であるのかどうか、それに政治家がどのように影響を与えたのか否か、という点にある。

 世には、何がなんでも現政権を擁護したい人、また現政権を追及する野党を揶揄する人も多い。
 民主党(当時)の松原 仁議員が、籠池氏といっしょに写っている写真を挙げて、「なんで松原は追及せんのか」とやっているサイトが山のようにある。
 いや、格安払い下げの決定された時期に、松原氏が何か大きな権力を持っていたのだろうか? 論そのものがオカシい。
 ただもちろん、スパイ防止法に積極的なこの議員が、胡散臭い右派の手合いと胡散臭い関係にある or あったとしたら、それはそれで問題であり、民進党支持者もアタマの片隅には置いておくべきだろう。


 もう一点は、政治家の基本理念ということ。

 教育勅語を「悪くない」、「普遍的価値がある」と肯定からさらには礼賛する自民党政治家はずっといるようだ。一般市民にも多いだろう。
 しかしいろいろなところに指摘されるまでもなく、教育勅語の基底には、主権在民ではなく、天皇主権の国家観、‘彼ら’が好きな語で言えば「国体」観がある。

 安倍晋三氏や稲田朋美氏が、教育勅語、あるいは教育勅語を奉ずる団体・学校に対して支持・賛同を表明するということは、ほとんどダイレクトに、「主権在民=国民主権」の思想を否認していることの表明なのである。

 これは、単に現行憲法の一部を改‘正’したい、というような話ではない。根本的に、「主権在民の国家」は、認めませんよ、それはよくありませんよ、国民はそれでは幸福になれませんよ、というメッセージなのであって、現憲法の基本理念を否定することなのである。

 それは、政治思想としてはひとつの思想、である。そのような考えを構築し、推進すべく表現するのは、現憲法は保障している。
 が、まさにそういうことなのである。

 具体的に論理矛盾を来たすのは、そのような政治思想・国家観の持ち主である政治家が、「自由民主党」という名称の政党に所属していることだ。
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容疑者逮捕‥‥。

 ‥‥ふひ〜‥‥比較にならないほど高速になったPC、操作のムダ時間は超-激減したが、ムダな商品(CD^^)検索と YouTube視聴で、ムダな(?)時間を激-消費するので、週日はずっと睡眠不足、日曜は使える時間が短いのにまた‘ムダPC視聴’、テレビをムダに眺めていたときと変わりません;;。

 そんな土曜日、帰宅時に、警察署近くにカメラマンと思しい人間が走っており、住んでいる賃貸のほぼ前に、テレビ局の中継車と思われる車が停車。

 ハハァ〜ンと思ったが、想像したとおり、先日の、近所のアパートでの殺人事件の容疑者が逮捕されたのだった。

容疑は逮捕ニュース

 こちらでニュース映像が見られる。

 容疑者像は、これまた想像したとおり‥‥かなりの人々の想像、言い換えるとややゲスな妄想に、見事なまでにぴったり合うものだった。

 隣室の住人で、外国育ちの、仕事もたぶん余り恵まれてはいないと思われる青年。

 もうすでに、‘ネット原住民’の、ゲスなカキコが、夜の街の立ちションの跡のごときありさまを晒している。

 ‘外国人排除’、‘移民忌避’的な風潮というか、日本の元々ある風俗をプッシュするに最適っぽい事件だ。
 そして‘リベラル’に外国人を受け入れる方向の言説をなす人びとには、みごとに「都合の悪い」事件である。

 いうまでもなく、殺人のような凶悪犯罪自体大きく減少していて、きわめての上にもきわめてレアな事件ではあるが、逆にそれだけ、今回の事件の「パターン」が一般市民の感情に与える影響は、大きくはないかもしれないけれど、鋭角的ではあろう。

 日本と比べものにならないほど、今回の容疑者のような身の上の市民が多い欧米では、どんな実態、どんな感じなのだろう。

 先般の、イギリスのEU離脱に際して、ロンドンなどでは英語を話さない人がうじゃうじゃいるくらい、移民・外国人が多く、元々の「英国人」はそれにそんなに違和感を持っていないという話を聞く。
 離脱賛成派は、地方に多かったそうだが、イギリスという国は ― ハズれているかもしれないが ― 公用語が英語オンリー(英語以外は、いわば「英語の方言」的な言語)である点でだけは、日本に似ている。

 これがオーストリアだと、ドイツ語が中心であるのは当然ながら、チェコ(チェック)語、ハンガリー語(マジャル語)など東欧圏の言葉もよく話されていたりするはずである。
 ウィーン・フィルの団員などにはチェコ系の人も多いように思われる。これはたとえばウィーン・フィル団員からなる弦楽四重奏団のメンバー名からも、推測できる。

 ‥‥というようなハナシをしても始まらないが、異文化、はよく言われるけれども、「異言語」の人びと同士がどうやったらうまく付き合うことができるのか、異人種・異文化・異言語にアレルギーの強い我われには、実際に遭遇するとなかなか難しい問題かもしれない。

参院選の争点‥‥?

 今度の参院選の「争点」は、一見「ない」ように見える。

 ‘アベ政治を許さない’サイドの人たちの勢いはそうとうなもののようだが、大衆は現・自民党政権の、いわゆる「アベノミクス」にも、防衛・改憲などへの動向にもあまり不満も異議も感じていないみたいなので、このまま与党大勝の方向に行くのかも。

 が、多くの有権者の暮らしに関わってきそうなところで、あれれ? な問題が出来している。

・年金の損失発表延期
 GPIFによる年金の運用について、2015年度の運用成績発表が、例年の7月第2〜3週より半月ていど延期して、参院選後になるのが確実な7月29日となったという件

 発表内容は、5兆円近い損失らしいというが、この損失への非難に対して、《ビジネスジャーナル》サイト上の「国の年金運用で5兆円損失、「失敗だ!」批判は間違いである…年金危機説のウソ」という記 事(大江英樹氏執筆)が反論している。

 いつもいろいろなことを学ばせてもらっているこちらのブログこの記事に、ちょっとコメントで茶々を入れさせてもらったところ、リコメで、元GPIFメンバーだった小幡 績氏のブログ記事に同意する旨の示教をいただいた。

 小幡氏は、「損失自体は構わない。‥‥問題は、結果の公表を遅らせていることだ。あるいは遅らせていると思われていることだ」と言う。
 今回の問題が、「損失」よりも「発表延期」のほうにあるということは、私は知らなかった。

 加えて、上記ブログのリコメにて、《東洋経済オンライン》サイト上の「巨大機関投資家GPIFは「危機的状況」にある」という寄 稿(近藤俊介氏執筆)が参考になる、と教えていただいた。

 こちらでは、単なる損失が問題なのではなく、現在、株価下落と資産売却がパラレルに進行せざるをえない状況にあり、それは、2014年10月の「基本ポートフォリオの変更」における運用資産内容比率の変更に大きな問題があった、という指摘をしている。

基本ポートフォリオの変更

 画像は、GPIFのPDF文書「年金積立金管理運用独立行政法人の中期計画(基本ポートフォリオ)の変更」(URL:http://www.gpif.go.jp/operation/foundation/pdf/midterm_plan_change.pdf )から。

 いちばん先にあげた大江氏の論考には、こういうことはツユほども入っていない。
 この辺が、政権の年金運用に関する参考資料として用いられるべきだろう。

 イギリスの国民投票の愚挙を笑う日本の有権者が、参院選のあとの年金運用成績発表を見て、「しまった!」と思わないことが肝要、だろうか。

・自民党憲法草案の「家族条項」
 5日の《荻上チキの Session-22》(TBSラジオ)には自民党・平 将明議員が出席して、自民党の見解を述べていた。
 この時、終りのほうで、自民党の改憲草案に触れて、この時点から電話で参加した木村草太氏の質問に答えていた中、同草案の「家族条項」について、平氏はかなりはっきりと「こういうことまで権力に言われたくはないな、と思う」「自民党の会議では、この条項には反対しました」と言っていた。

 番組サイトのこちらで、録音の配信がまだ聴けるだろうか‥‥1時間8分のうち、終わりのほう6分間くらいの部分である。

自民党草案-家族条項

 自民党の改正憲法草案には、いわゆる「日本会議」が目ざしている、あるいは基底としているようなイデオロギーが、底流として流れていると評される。
 番組では、平氏は「草案ですから」と、ここにいろいろ改訂を加えてよいものにしてゆくつもりだという言い方に終始していた。

 が、「憲法」というのは、部分部分の差し替えが自由にできるというものとは違い、全体としての、「この国家はこうあるべきだ」という「理念」が示されるものだ。
 そこに、こうした条文を盛り込むことは、明らかに「そういう国家を作ろう」という意思の表われだ。

 現“安倍自民党”の目ざすところは、事務的に「集団的自衛権を認めさせたい」というようなものとは質が違い、こういう「復古イデオロギー的改憲」なのであって、それは自民党内の若手政治家にすら疑問視されるようなものなのだ。

 この点では、今回の参院選は、自民党が敗北したほうが、むしろ党内の良心的政治家が台頭できる契機にもなろう。
 集団的自衛権の確立はすでになされている上、このまま「安倍自民党」の勝利をあと押しするなら、「安全な保守」の域を越えて「日本会議的なるもの」に、全面的にわが国を委ねることになってしまうことは間違いない
 そして ― 今回はあくまでも「参議院選挙」であって、政権選択選挙ではないのである。

イギリス、EU離脱…。

 ‥‥‥ここ1週間は、飛び石的だがちょっと仕事がお休みで、プレ夏休み♪
 今日(3日、日)は、9時間くらい寝てもまだ疲れが抜けず、6月の間、睡眠時間は5〜6時間ほどで週6日、仕事に出ていた(だけ[笑])疲労感=充実感が溜まってをりまス。ぷはぁ〜‥‥。

 今日は、夕方になっても、アツい。
 1994年や2010年の夏の暑さがまたやってくるようだと、来春までには地震の少ない国に「亡命」しないといかんではないか! ムリッす〜~~;。
 ※「宏観異常現象」は、必ずしも100%疑似科学とは考えられていない。

 オデオ・ネタのほうは、音がよくなって、聴くたびに「いい音だなぁ〜」と感じることが多く、書くことがなくなってしまった。
 まだ到着待ちのCDはあるので、揃ったら1記事?

ロンドン風景

 衝撃の、イギリスのEU離脱。
 よくお邪魔するブログでも「アホなイギリス人」と惨憺たる論評で、実際「アホ」としか言いようのない結果を呈してしまい、イギリスの政治家から庶民に至るまで、自らの選択の結果に困っているようだ。

 全くアホな選択なのだが、その直撃として株価の下落ばかり挙げるような言説にはちょっと違和感を持ってしまう。
 先日、《荻上チキの Session-22》に出演した「おおさか維新の会」の馬場伸幸氏は、消費の活性化について「奥さんたちが1,000円のランチを食べていたのが2,000円のランチを食べるようになる」などという例話で示していた。
 チキ氏がすぐ「2,000円のランチってそうとうなもんですね」と突っ込んでいたけれど、こういうところに、お里が知れるというか、その人物の素の感覚がポロッと出て面白いが、この人はアカンなぁ、と実感した。

 さてイギリスの話であるが ― 今回、離脱を誘導・促進した「ポピュリズム」には、排外主義が大きな要素となっていることが指摘される。
 イギリスを始め、欧州諸国とはケタ違いに移民を排除した状態を堅持しているわが国で、このことをリアリティを以て考えることはかなり難しいだろう。

 比喩として、たとえば、私が仕事でよく行く吉祥寺の「サンロード」商店街には、中国人の観光・買物客がモノスゴく大勢カッポしていて、元気にショッピングを楽しんでいるが、さすがに周囲があまりに大勢の中国人ばかりだと、ちょっと違和感が出てくる。

 そして、こういうことがらを、イギリスにおける移民の激増状態を想像する素材にしていいかというと、それは100%とは言わないものの、85%くらいハズレではないかと思う。

 では、どういう比喩で考えればいいかというと、たとえば自身の子どものクラスメートの6割が移民であるような状態。
 あるいは、町内会のメンバーの4割に、自国語が通じないという状態。
 ― こういうことを基準に考えないと、欧州における移民の増加が‘原住民’に与えている感覚はわからないのではないか。

 排外主義に関して言えば、自分の子どもが、クラスメートの親のテロ行為によって命を奪われても、なお「排外主義」に傾かずにいられるか、というくらいのレヴェルで「問われて」くるのだ。

 今回の英国の国民投票で離脱に反対した48%のうち、いくらかはそういう「問い」を乗り越えての判断なのであったと思われるし、あの9.11を経験したアメリカ人の中にも、こういう過酷な「問い」に直面した人たちがいる、ということは、私たちにはなかなか想像しがたい。

 唐突な喩えになるけれど、この点ではむしろ、海外・隣国に「侵出」の触手を伸ばしていた、戦前の日本を思い浮かべたほうが、より近いのではないか。
 たとえば「満州国」。
 「支配者側」であるとはいえ、周囲には「異国語」しか話さない、移民ならぬ「異民」が大勢、場合によっては同邦人より多くいて、中には日本人に危害を加える可能性のある人もいないわけではない、という状況で暮らしていた日本人のほうが、安全極まりない「爆買い中国人」やお酒も飲まず行儀のよい「出稼ぎムスリム」くらいしか目にしない現代の日本人より、今の欧州の感覚は理解しやすかったのではないだろうか、と考えたりする。

 そうではあっても、この時代の我われの先輩たちは、「八紘一宇」の幻想的アジア融合イデオロギーの破綻とともに、「暴支膺懲」の排外的侵略にひたすら突き進み、1945年の夏を迎えたのだった。

 英国のEU離脱という愚挙を「アホ、バカ」呼ばわりする時は、同時に、こちらももう80〜90年来、日本の乾の方向に存する国をすらあんまり笑えないくらいの「バカ」度にあることを、ちょっと思い出しておくべし。

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