市議会議員選挙と学校司書

 住んでいる市では、暮れも押しつまった23日(日・祝)に、市議会議員選挙がある。

 だいたい入れる方向は決まっているのだが、夏ごろ配布された、当市の『議会だより』に、少しばかり「おっ!?」と思わせる記事が目についた。

 ネット上では、こちらに報道がある

ひばりタイムス

 記事末尾に、ほんのオマケていどに、「学校図書館の司書配置の意見書も同じく、賛成少数で否決された」とあるだけ、のことなのだが…。

 これについて、共産党所属の一議員が自身のブログで触れている
 曰く、
  「たいへん残念だったことがあります。
 それは、共産党市議団が議員提案をした「学校図書館に、専門、専任、正規の学校司書の配置を義務づけることを求める意見」が、反対多数で否決されてしまったことです。
 反対したのは、自民党、公明党、立憲民主党・改革フォーラムの、15名です。賛成は、日本共産党、統一会派みらい、生活者ネットワーク、無所属2名の、11名です。
 学校図書館を豊かに発展させるためには、専門、専任、正規の学校司書がいることが大事なのに、否決され国に送ることができないのは、残念で残念でたまりません。」
(太字化は引用者)

 目を惹いたのは、立憲民主党(当地では、「立憲民主党・改革フォーラム」と称している)所属議員が、自・公与党(と言ってよかろう)に与して「反対」した、というところだ。

 『議会だより』(第79号)の当該部分をスキャンし、途中をはしょった画像を示すと、下の図になる↓。

『議会だより』

 立憲民主の議員の方のサイトから問い合わせてみたところ、予想どおりともいえたが ― ざっと言うと ― 市の、決して余裕があるといえない財政を考えると、教員給与が都や国の負担であるに対して、司書給与は市の負担になるので、反対の立場を採った、ということだった。

 給与=人件費負担が、教員と司書とで異なるというのは初めて知ったので、勉強になると同時に、この面がなぜ改善できないのか、そこのところこそが市議会の役割ではないのかな、とも考えた。

 この件に関して、賛成の立場を採り、私個人も好意的に感じている「生活者ネットワーク」のサイトからも問い合わせたところ、複数の、きわめて詳細な情報提供のメールをもらった。
 人件費の実態や、その改善に関して市に対して要求するとともに、アクティヴ・ラーニングの重要性を鑑みて、意見書に賛同した、というような(これもざっとまとめて…)ことだった。

 財政と人件費の問題を等閑視して、「未来の子どもたちのために!」とだけいうなら、これは党略的宣伝政策だ、という謗りを免れない。
 だから、立憲民主・改革フォーラムの立場も、一概に「なんだ、与党と同じか!」とも非難しきれない。

 そもそも、地方政治に「政党」の看板は必要があるか、というより、「政党」は機能しないのではないか、と考えると、ここで「どの党・派が賛成/反対した」という議論も意味が薄れるかもしれないが、とりあえず現状のフォーマットで考える。

 それゆえ、地方政治は中央とは違う地域の実情に合わせることが第一なのだから、もし、立憲民主の執行部が、「西東京の議員の決定はおかしい、変えろ!」とでもいうのなら、これは言語道断である。
 ではあるのだけれど、では、学校図書館の専任司書の重要性というものを問題とせず、「財政負担を考えると、置けない」とだけいうのも、選良としてのヴィジョンがあるのだろうか、という疑問を感じないではいられない。

 「立憲民主」にしても「都民ファースト」にしても、何よりまず有権者に好イメージを与えるネーミングだ。
 立憲民主所属の政治家諸氏は、各氏、それなりの「立憲」の意味づけがあってしかるべきだろう。
 この点を深く考える時、子どもたちが図書館・図書室で、自ら調べ考えるという教育は、「立憲」思想の基盤づくりに不可欠なことではないだろうか、と私自身は考える。
 そのために、どうやったら学校図書館教育をより充実したものにできるか知恵を絞るのが、市と市議会・市議会議員の役割ではないか、というと、ムシがよすぎるだろうか。

 財政面から、学校の司書は現状でやってもらいたい、という当地の「立憲民主党・改革フォーラム」の姿勢には、客観的には理解すべき点があることは認めつつ、私は、採らない。

[参考]
 意見書PDFファイル

廃棄と新調。

 アンプ騒動の終息とともに、少しばかりほかのものも整理。

 まず、部屋に残っていた、使っていないスピーカー・ケーブルを、資源ごみの「金属類」で廃棄。

廃棄スピーカー・ケーブル

 左が、カナレ 4S8。2011年2月23日の記事で書いているので、この時期に、LM3886チャイナ・アンプに使い始めたようだ。
 真ん中はモンスターの XP。色の着くケーブルで、これは使えないが、ブランドなのでオクで売れたと思うけれど、諸般混乱の時期、ほったらかしで置いておくことになり、シースは汚れ、たぶん芯線も酸化しているだろうから、売るのは憚られた。

 右は、上引の拙記事に書いている、In-akustik PRM-2.5Cらしい。シースがかなりベチャベチャしていた。これは‥‥今も売っている。
 In-akustikは、旧ブランド名はモニターPCだった。20〜30年前には、そう高価ではないRCAピンケーブルなどもあって重宝していたが、今は高価になっているようだ。

 そして、メス・プラグ部が緩くなっていたトラスコ TKC15-2の旧品、それと600円ほどで買って、すぐに壊れた折りたたみ傘もいっしょに廃棄。

 あと、文庫本も少し。フレイザーの『金枝篇』岩波文庫5冊、講談社文庫のムーミンもの数冊。
 『金枝篇』は、第1巻を90ページほど読み、冗長な内容に飽きた。

 今度は、新調品。

目覚まし時計

 枕元右に目覚まし時計を置いているが、音楽を聴く時にはこれが席の右下に来る。
 セイコー製で、静かな時計ではあるが、いわゆる連続秒針ではないので、音楽が静かな時、エアコンなども動作していない状態だと、ホンのわずかながら「コッチコッチ‥‥」という微弱な音が聞こえてくることがある。

 些事だが、このセイコー製、じつは秒針はすでにはずれて、右上にひっかかっているのが見える。
 これがフリーの状態だと、長針の動きにひっかかって、長針が、つまり時計が止まってしまうので、長・短針に触れない位置でひっかかってくれているのがよいのである;;。

 キッチンに置いていた別の目覚まし時計のひとつが止まったので、現用目覚ましをキッチンに移し、寝室用を1台新調した。
 連続秒針に加えて、電子音でなくベル音で、かつスヌーズ機能のないもの、が欲しかったので、ヨドバシ店頭で聞いてみたが、なかった。

 ウェブ上から検索すると見つかり、ヨドバシのウェブ・ショップ内でも「ベル音 連続秒針」で検索すると、リズム時計(シチズン系)の、“ジャプレ・フルール”がヒットした。
 「ジャプレ」は「ジャパン・プレミアム」の意味だそうで、日本製造を売りものにしている。ヨドバシでも、3,650円と、けっこうな値である。
 このところの散財の勢いもあるが、CXA60の購入で、ポイントが溜まったので、そこから3,000円を充てた。

 これで、春や秋の音楽/オデオ鑑賞は、静か〜な環境を実現できるわけでありま〜す。
 まーそれにしても、「個人消費」に貢献した秋でしタ;;。

[追記]
 薄明の中で、ちょっと文字盤が読み取りづらい。う〜ん‥‥。
 そして、ベル音も、前任のセイコー機より粗雑な感じだ。

CXA60の試聴と、お別れ…。

 先週でお昼の仕事がいったん終了、2週間は夜だけなので、ちょっとのんびり。
 先週1週間は、Cambridge CXA60をラックに置き、あまり聴ける時間はなかったけれど、ずっと CXA60で聴いていた。
 そのお蔭でお腹をクダさなかった‥‥のだろうか‥‥と思ったら、日曜からクダり気味;;。

 毒を食らわば、で、ACコードに、このところでは最高レヴェルの、Luxman JPA-15000を、ヨドバシ店頭にあったものをそのまま買ってきて、つないだ。

JPA-15000、TKC15-2

 ついでに、店頭にはないが、注文で、AC延長中継コード・トラスコ中山 TKC15-2ももう1本、取り寄せておいて購入。
 約22:1の価格差である!

 TKC15-2は、Rotel RA-05 SEの付属電源コードの、片方の刃の幅が少し大きく、無理をして挿し込んでいたので、その時に若干傷んだ可能性があり、このところ、つなぐコードのプラグとの噛みあわせが緩くなっていた。
 そして、オーディオは電流も少ないから問題はないのだが、毎朝、もとい毎昼のフトン乾燥機使用の際、20分ほど通電すると、TKC15-2のアウトレット・プラグが暖かくなっている。
 これは接触抵抗が増大しているな、ということで、新品に交換。
 噛みあわせはグッとタイトになったけれど、傷んできたのは、RE-05 SEのプラグのせいではなく、ほぼ毎日の抜き挿しのためかもしれない。

CXA60+JPA-15000

 CXA60に極太の JPA-15000をつないでも、違和感がない。合計実買11万円! のセットである;;。
 極性を合わせ、聴いてみる。
 やはり、重厚で彫りの深い中音域が印象的で、高品位な再生だといえる。

試聴ディスク

 今回、衝動買いしたのは、以前、米Vox盤で持っていた、ハンス・ロスバウト/バーデン・バーデン南西ドイツ放送響のブルックナー:交響曲第7番。
 さまざまな廉価レーベルで出てきた音源で、Vox盤は今でも安く入手できるが、2枚組のマーラー:『大地の歌』は要らないので、ブルックナーだけの Membran盤をオクで購入。
 まずPC=Foobar 2000とヘッドフォンで聴くと、第1楽章数十秒進んだところで、「チチチ…」というノイズが重畳していた。同レーベルの他盤もそうである可能性があるので、出品者に伝えはしたけれど、「これで聴かせていただきます」ということにした。スピーカーでは気にならない。

 1959年録音とあるが、1957年が正しいらしい。その年代としては、なかなかいい音だ。弦の情報はツルっとはしているが。
 CXA60の再生で第1、2楽章を聴く。弦の粒だち感がちょっと目だち過ぎるほどで、トーンコンで高音を下げて聴く。第1楽章コーダの盛り上がりは、Dレンジが狭くてしょぼいが、Voxで聴いた薄い印象よりいいかも、という感じもした。

 といういくつかのリスニングだったが、じつに高品位ながら、この音は、やはり好きになれない
 で、日曜にてお別れ、オク出し、であります…。

 写真左のディスク2点‥‥シューリヒト/パリ・オペラ座管の、コンサートホール原盤のモーツァルトである。
 左は、タワーレコード企画のリマスター復刻、第40、41番も組み合わせた2枚組。
 これは、PM6005で聴いていた時、もう売ろうかと思うくらい音の荒れが際立つ音質だった ― 音のツヤはあるのだが。

 それで、コロムビアの通常マスタリング盤をオクで探して入手した(真ん中)。
 CXA60では、これが、新マスタリングのタワー盤のほうが高品位に鳴り、旧盤はツヤのない、乾燥した音だった。

 そして ― 日曜の深夜に PM6005+KDK-OFCに戻し、月曜の出勤前にいろいろ聴いてみて、やっぱり PM6005の音が好きだったんだなぁ、と感じ入った次第。
 この時は、シューリヒトのモーツァルトは、旧マスタリングのほうが落ち着いた音で鳴った。第40、41番は要らないし、PM6005を使い続けるなら、旧盤がいい。

 あと、問題は…というほどでもないか…KDK-OFCに、フェライトコアをかますかかまさないか。かますと、落ち着いて透明な美音になるが、出音全体がこぢんまりし、スケールが小さくなる。
 ネット上、「ぜんぶはずしました」というオデオ・マニアは、多い。さてさて。

 ‥‥という次第で、元のサヤに収まった私メの耳でした、というようなところになる。
 私としては、こんな機会でなければやらない=やれない、“オデオお大尽遊び”であったけれど、これで約10万円を「すった」として、これは(しんどかったけれど)楽しい経験だった。
 元のがいちばんだった、というのは、あの「ネズミの嫁入り」説話のごとくだ。これについては、また別記事で。

 ロスバウトのブルックナーは、Turnaboutの廉価輸入LPで出回っていたものを買って聴いた人は少なくないらいしく、柴田南雄氏が愛聴盤にしていて、「一口に言ってロースバウトのブルックナーには日本人好みの要素がある。まず淡白だ。‥‥それは彼の、いわゆる新即物主義的な演奏スタイルにもよるが、南西ドイツ放響の確実な技術と金管の明るい音色にも負っている」(柴田南雄『私のレコード談話室』朝日新聞社、1979年、100頁)と言っている。

 上引は、ホーレンシュタイン/ベルリン・フィルの同曲のレコード(CDでも現在入手可)について述べる章の文章だ。
 「金管の明るい音色」は、マスタリングでそうなったのか、というくらいトランペットが目だつけれど、LPの時からそうだったのだ。
 この音源をまた買ってみたくなったのは、同じオーケストラの、エルネスト・ブールによるモーツァルトが、予想外によかったことによる。
 他に、手許にあるこの楽団のCDは、シューリヒトによるブラームスの第3番。おっと、これはタワーによる上記モーツァルトと同じシリーズの復刻だけれど、ブラームスは音の荒れがそこまで気にならない。

PM6005を、再設置。

 おっと‥‥元にもどっております〜;;。

PM6005、再設置

 そのよさに感激しつつ、Cambridge Audioのアンプの“癖”は、なかなかもって違和感が著しく、「遠赤外線サウンド」のお蔭か、今週はいちどもお腹をクダさなかった(! ま、仕事が休みの影響が大きいかも…)にもかかわらず、再度 Marantz PM6005を取り出して、ACコードは逸品館の KDK-OFCにして、もういちどオーディション。

 クールな出音だが、やっぱりこの音は、好きである。
 ライナーの第九。なんともキレイな、お化粧の行き届いた「第九」で、終楽章始まってからの低弦のブイブイくるところは、CXA60とは比べものにならない軽さだし、AM10での再生よりも薄いといえる。
 しかし、音楽は流れ出してきて、美しいベートーヴェンを聴かせてくれる。

 テンシュテットの『エロイカ』は、Marantz CD5000に切り換え、トーンはダイレクトにして、聴く。
 トゥッティは、CXA60とは打ってかわって、ぜ〜んぜん迫ってこない。第2楽章、フーガに入って以降の、弦やホルンが盛り上がる部分、まことに「隣室への配慮のあるフォルティッシモ」である(笑)。
 ではあるけれど、CD5000によるベートーヴェン、重厚さはそれなりにあって、お見事でした。

 PM6005は、C-7030のデジタル出力から、光ケーブルで接続し、内蔵DAC・CS4398で聴くピアノの音がすばらしいのである。

 ではあるが、アナログ入力のオーケストラ、デジタル入力のピアノ、いずれも、「いったんミニチュアに変換し、高ディテールで、美しく仕上げられたステージのモデル」という感じが強い。
 CXA60の場合は、ミニチュアにした感じが、ないわけではないが ― 機械によるオーディオ、である ― PM6005の再生より、ずっと現実っぽい。

 こういう違いを聞かせられると、自分はオーディオの品位を上げたいと思っている、とは言っても、実のところ「ミニチュアとしての、好みに合った品位・質感」だったんだなぁ、と感じざるをえない。

クランプ・フィルター

 ACコードが KDK-OFCなので、ちょっとキツめの中高域、という感じはするので、かつて付けてみて、音楽から伸びやかさがややなくなるようで、取りはずしていたクランプ式フェライトのフィルターを付ける。
 高域が心持ち滑らかに‥‥なるかなー;;。

サンワの2.0sq

 PM6005導入当初から、しばらく使っていた、サンワサプライの、2.0sq、15Aの電源コード:KB-D3315A。
 KDK-OFCで聴いていて、またお腹に来るようだったら(笑)、こっちにしましょう。
 KB-D3315Aでは、白っぽい音になるが、中〜中低域が若干豊かに、ゆったりした音になるのは明らかだ‥‥それは、PM6005の本来の方向性とは違うものでもあるようだけれど。

 PM6005と、後継機 PM6006は、あちらでのレビューでは、CXA60と比較される、ないし、CXA60にアップグレードする価値はあるか云々という時に、比較対象として持ち出されることが多い機種だ。
 それだけ、PM6005もあちらでたいへん評価の高いアンプである。

久しぶりの“リアル店舗”。

 今日は、3ヶ月ぶりに整体の先生に身体を調整してもらいに行った。
 帰りに ― 寄らなくてもいいのに ― JR新宿南口で降りて、これはもう超-超ひっさしぶりに、タワーレコードのクラシック売り場を見た。
 新宿は、今年はずっと週1で乗り換えに使っているが、タワーのあたりをウロツくことなど、まずない。


 (上は、ネットの情報ページから) FLAGSというビルの、上階3フロア。よく行っていたころから、いつもながらだが、この商業施設にエレベーター2本だけというのは、不便だ
 クラシックは最上階10階だが、エレベーターの同乗者で、10階まで行く人はいなかった(爆)[← おっと、この(爆)も、誤用]。

 へぇー、まだこんなに“リアル・メディアとしてのディスク”が、並んでいる=リリースされているんだ、とむしろ驚くくらいだった。
 国内盤は、盤の素材を奢ったミッドプライス・シリーズと、あとはSACDがたくさん並んでいる。タワーは、自社で多くのCD、SACD復刻をしていて、それらがずらりと並んでいた。
 この事業自体は、とてもいいことだと思っている。
 SACDは、高い(笑)。

 ‥‥ひとわたり眺めて、「お」と思ったのは、岩波新書の復刻の1冊、ずいぶん古い初出の、吉田秀和『二十世紀の音楽』だった。
 買おうかな、と一瞬思ったのだが、吉田さんの積ん読本はたくさんあるし、本は増やすまい、ということで、手ぶらで下におり、腹は減ってきたが、最近のお腹の調子では沖縄そばはやめたほうがよかろうということで、サブナードのドトールで袋入りケーキとコーヒーを。

 で、西武新宿から座って帰った。昔は土休日でも夕刻の急行は10輌編成だったと思うが、今日は続けての発車の急行、すべて8連。鉄道側から、「あんまりお出かけしないでね」みたいに言われているふうだった。
 今、西武新宿駅は、サブナード方面から改札まで上がるエスカレーターを閉鎖していて、これも「あんまりこの駅を利用しないでね」みたいに受け取れる。

 休日の新宿、恋人や家族がいるから外出もしたくなるのだろうが、都心の雑踏に出てゆく価値なんぞ、つゆも感じない‥‥といいつつ歩いてました;;。
 車中となると、もうみんなスマホとイヤホンの自己閉鎖空間に閉じこもって、それでいて表情はみんな不機嫌そうだ。

 帰って、Topaz AM10で、テンシュテットの『田園』を聴く。
 高域を1目盛り(=「-2」)下げて、そこそこの音量で、(居眠りしかけながら)気持ちよく聴いた。
 そのあと、CXA60で味わい深かった、都はるみをかけると、『涙の連絡船』の歪み感がそうとうで、これはちょっと耳が痛くなる。

 う〜ん、アンプはほんとうに難しい。このところ思うところを率直に言えば、「ヒトが設計・製作してくれたアンプで、そのまま満足するのは、なんと難しいことか」なのである(大爆発)。

 明日また、CXA60を、そして PM6005もオーディションを続けますか‥‥ここ数日で何とか決まるかと思っていたけれど、2〜3ヶ月は、少なくとも CXA60と PM6005のを置いておいて聴いてみることになりそうであります〜。

Cambridge三昧…。

CXA60

 今日は、Cambridge CXA60のほうをつないで、夕刻から夜まで、途中買物に出たが、4時間以上は聴いたろうか。

試聴ディスク

 いちばんめは、先日 AM10でも聴いた、テンシュテット/ロンドン・フィル(ライヴ、EMI)による、ベートーヴェン『エロイカ』。
 AM10で聴いた時には、あまりインパクトのない、丁寧な演奏だと聴き、途中に居眠りしたりもしたのだが、CXA60では、もう様相が全然異なった。

 とにかく「ダイナミックレンジ感」とでもいったものが、すさまじいのである。
 クレッシェンドして音が大きくなる、そのボリューム感、そして迫力がすごい。思わず隣室への迷惑を考えて、ボリューム・ノブを操作すること、演奏中に6〜7回。
 下げると、音楽の音量が下がった時に音が痩せるので、また少し上げる。

 第2楽章、葬送行進曲途中の、フーガに入ってからの、トゥッティの強奏が、たいへんな音量感になる。
 この辺のダイナミックレンジ感は、音楽をたいへん活きいきしたものにするのだが、あまりにも近所迷惑を考え続けさせられるという点で、これも不便極まりない。
 が、圧倒的なリスニング体験であったことは言うまでもなく、これは感動的だった。低弦の深みも印象的だ。

 次に、続いて、ジュリーニ/ウィーン・フィルによるブルックナー:交響曲第7番。
 弦の倍音が濃厚気味で、ウィーン・フィルの割りに辛口の音色に響く。
 このCDも、広ダイナミックレンジ感がすごい。

 重たいシンフォニーを2曲続けて聴いて、「CXA60、いいアンプだなぁ」と実感。英米で高評価なのもよくわかる。
 同時に、重たいシンフォニーを続けて聴いても、身体的に疲労感がきわめて少ない。全体の出音が、「遠赤外線」的な感じをもたらすのである。

 しかし、この広大なダイナミックレンジ感は、同時に「この部屋でこのアンプを聴き続けるのはちょっと困難」という印象を決定的なものにもしたようだ。
 時期、奇しくも、みっちさんのブログ記事で、リマスターによるダイナミックレンジ操作の問題が指摘されていて、気になると同時に、デジタル時代のダイナミックレンジを、ホームオーディオで再現することの困難さ、とくに狭い住居における問題点を考えさせられた。
 その具体的現実が、今日の CXA60での鑑賞で、実感させられた。

 このアンプのような出音を、憚ることなく楽しめるのは、あるていどゆったりした ― 8畳以上で、本箱などもそんなに置かれていない ― 部屋で鳴らすことのできる人に限られる、というようなことを、実に身をもって考えさせられた。

 CXA60は、トランスが微弱ながらウナるのだが、『エロイカ』を聴き終わると消えていた。
 ここで買物に出、帰宅して通電すると、また鳴いている。「ウ〜〜ン‥‥ウ〜〜ン」というふうに、途中途切れながらウナっている。リスニングにはまず影響しない。エアコンをつければかき消される。
 どうも電源事情か何かにより、鳴いたり鳴きやんだりするようだ。

 今度は、“音の荒れ”が気になる、コンサートホール原盤の、シューリヒト/パリ・オペラ座管のモーツァルト『プラハ』。
 これは荒れが気になる度合いが PM6005よりずっと低く、AM10よりも高品位に鳴った。

 その次、都はるみのベスト盤。このディスク、バラード調の『千年の古都』、『古都逍遥』などしか聴かなかったのだけれど、CXA60では、前半の演歌群が、いい!
 『好きになった人』、『おんなの海峡』、『北の宿から』‥‥日本ブランドのアンプだと、どこか気恥ずかしい感じのする、オブラートで包んだような音楽になるところが、もう何憚るもののない、こ〜ってこっての大阪ふう。濃厚甘辛遠慮なし、濃ゆ〜いウスターソースの味つけで、こういう音だと、都はるみさんの、率直な訴求感をそのまま出してくれていた。
 このディスクの演歌群、こんなに“まともに”沁みじみと続けて聴けたのは、初めてだ。

 最初、音のシブさが耳障りだった、旧EMIのフォーレ室内楽全集から、ピアノ四重奏曲。
 当初の感じとはずいぶん変わってきて、高精細さが活きてきて、真に高品位な再生に近づいている感触があった。

 このあと、さすがに疲れてきて、ルービンシュタインやグールドのピアノなどは、ちょっと気が入らず、今日のリスニングを終了。

 ほんとうにいいアンプだと、よくわかったが、この広ダイナミックレンジ感は、私の部屋に、全く合わない。
 今日の1日は、自分の部屋でない、どこか高級旅館で過ごしたような趣だった。
 そんなことを考えながら、テンシュテットの『エロイカ』と、都はるみの演歌を聴きながら、ちょっと泣きそうになる瞬間があった。

3アンプを、ちょっと聴き比べ…。

 ‥‥手許に残っているアンプ 3機種を、つなぎ換えて少しずつ比較試聴してみた。

ライナー、テンシュテット

 久しぶりに、Marantz PM6005を取り出して設置。

 (画像再利用)このところ試聴にこだわっている、ライナー/シカゴ響の「第九」の、冒頭と、終楽章の冒頭および最終部分を聴く。
 やはり低域が薄い。そして、最高域=ヴァイオリンのラインが、きれいな音だけれど、冷たく、高域部分だけが他の帯域と離れて鳴っている感がある。

 グァルネリQのベートーヴェンは、さすがに AM10よりはかなり情報量が多く、「いかにもハイファイ」な音で鳴る。

 そこで、Cambridge Audioの CXA60を取り出して設置。

 電源オン‥‥やはりちょっとトランスが鳴いている。私の狭い部屋でもリスニング・ポイントでは気にならないが。
 ライナーの「第九」。第4楽章の始まりの低弦は、PM6005とは比較にならない深さだ。
 弦の倍音のシブさが、依然としてそうとう表てだち、ヴィオラやチェロの倍音が右チャンネルから出てくるのが、耳につくと言えばつく。
 しかし、「第九」としての「貫禄」は、PM6005の比ではない。

 中域の分厚さにともなう倍音のシブさが、エージングでこなれてきたら、これは最高な音なのだが‥‥と思いつつ、シブさがはんぱなかった、旧EMIのフォーレの室内楽:ピアノ四重奏曲(Warnerリマスター)を聴く。おっと、これは当初のシブさからかなり滑らかになっている、ような…。

ニーナ・シュテンメ

 これは、よくお邪魔しているところから頂戴した、ヴァーグナー歌手のお姿であります(非礼御免 m(_ _;)m)。
 私は、逞しいおねえさんはダイスキなのだが、さすがに上腕が私の太ももより太そうな美女となると、いくらやさしく接してくれたとしても、いっしょに暮らすのはちょっと‥‥という事態に、CXA60を喩えるのはどうなのかな、と思いつつ、書いてしまいましタ(汗;;)が、この辺が正直なところでもあり。

 う〜ん‥‥ちょっとアタマが混乱‥‥。

 というところから、わずかなエージングで、狭い部屋で心地よい音を聴かせてくれる Topaz AM10は、ナンといってもすごい。
 高域端がツルんとして物足りない、弦のツブだちなどの情報が少ない、など不満は言えばいくらでも言えるのだが、小容量の平滑コンデンサーにもかかわらず、じ〜つに深い低域を聴かせることに感服する。

 PM6005は、10000μF×2なのに薄い低域。他方、AM10は、なんと2200μF×4本、たぶん片電源4400μFという、「これでリップルが取りきれるの?」という小容量だ。
 CXA60も、外から見えないのだが、左/右各チャンネルで平滑コンが別、ただ8200μF×2ていどかと思われ、大容量ではない。

AM10、オペアンプ

 AM10の天板スリットから覗くと、プリ部のオペアンプは、TIの NE5532である。フォノイコライザー分、プリアンプ分と思しく、2基見える。
 写真は、スリットから撮影したところ。TIのマークが撮れましタ。
 もうひとつ、WM180328と記されたデュアルインラインのICが見えるが、これはデータが出てこない。電子ボリュームICはフロントの基板にあるのかもしれない。

 それにしても、NE5532と LM3886だけで構成した一見安易極まりないアンプ AM10。

 そうとう以前、旧室の隣室用(サブシステム!)として、Marantz CR2020というCDレシーバーを入れていたことがあった。
 このレシーバーは、サンヨーのパワーアンプIC・STK4162IIを使っていた。音は、柔らかいが芯はなく、情報量は極小、曇った音で、最悪だった
 フロントカバーを閉じるとお洒落な外観になるが、音はどうしようもなかった。

 AM10は、「スマートで聴きやすいコンポ」を目指しつつ、リスナーにほんものの音楽を聴かせてくれる、という感じは圧倒的だ。

[追記]
 CXA60は、電源オン後、スピーカーのリレーが入る時、「ボツッ」とそこそこのポップ音が入る。
 もしや、かなりDCオフセットが出ているのでは、と気になって、スピーカーをつないだ状態(ただし無音)で、テスターを当ててみた。
 すると、左:7.8mV、右:5.8mVくらい、と、たいへんよく調整されていた。中国製造だが、これは丁寧だ。
 「ボツッ」というのは、切り換えリレーのノイズだったわけで、入力切換え時(スピーカーのリレーは動かないはず)にもかなり出る。

 それから、AM10のほうは、トランスの鳴きは皆無なのだが、耳がくっつくほどスピーカに接近すると、ほんのわずかながらホワイトノイズが聞こえる。

Cambridgeのアンプを、さあどうしまひょ。

 立て続けにアップ‥‥;;。

Topaz AM10

CXA60

 おっと、アンプも立て続けに買っている;;。

 Cambridge Audioの貴重な! 2台。
 アンプなので、CDプレーヤーのように常時複数使いはできない。
 が、オクですぐ買える ― Marantz PM6005の ― ような代物ではなく、しかも CXA60は、それなりの大枚をはたいて手に入れたアンプなので、いっぽうをすぐ断捨離、という気にはなれない。
 それに、Cambridge 2機種は、それぞれに欠点も持ちながら、音楽を聴く道具として、傾聴すべきメッセージを発していて、捨てがたい。

 少なくとも、2機とも、あるていど初期エージングを済ませた音を聴いてから、あとのことを考えたい。

 オーディオラックの、アンプを置いている棚板の下は、10cmほどの間隔でもう1枚棚板があり、ここにはCDの外袋、カラ・ケースなどを突っ込んである。

オーディオラック

 CXA60は、高さ11cmなので、ここには入らない。

 この、アンプを置いていある棚板は、ラックの剛性化ももくろんで(ほとんど奏功せず)、クギで固定したのが、30年以上前だろうか。

ラックにクギ

 右側だけ、クギ6本で止めてある(1本は、先日抜いた)。
 このクギを、錐やらラジペンやらでコジって抜き、棚板を動かせるようにして、間隔を広げ、使っていないほうのアンプを下のスペースに収める。

 それで、スピーカー・ケーブルのアンプ側端末もバナナ(BFA)プラグを付け、プラグ・アンド・プレイ的にアンプを交換できるようにする、という考えに傾いてきている。
 バナナ・プラグ化するなら、PM6005も、当面残しておいて、時に聴いてみてもいいかもしれない。

 アンプとスピーカーを取り替えて楽しんでいるマニアの方はブログで拝見するし、中にはハイエンドのプリアンプとパワーアンプの顔合わせの交換を、取っかえひっかえやっているお大尽もいらっしゃるようなので‥‥‥もちろん、私のような暮らし向きの人間には、それは全く分不相応なものなのだけれど、それゆえ簡単に手放すのはもっと不相応、と、贅沢アンプ三昧を考案中、だったりします;;。

箱積み

 アンプの箱が、なんと4箱!
 このうち、TEAC A-R630 MKIIは、早々に「下取り」で放出しました。

 Tannoy Mercury F1 Customペアは、来たる12月1日で、使用開始満8年を迎える。その間、東日本大震災やら、転居を経ながら、いろいろなアンプの音の違いを、そこそこ如実に聴かせてくれた。

 最初は多分、春日無線単管プリ+LM3886チャイナ・アンプ、次いで ナカミチ IA4s(改)、オンキヨー A-9010、Rotel RA-05 SE、マランツ PM6005、EMF Audio Sequel 2、そして Cambridge。
 このスピーカー、なんだか嫌いにならないのである。

変換プラグ

 Topaz AM10は、3PタイプのACコードだが、3P-2P変換プラグが付属していない、という情報が複数あったが、私の購入したものは同梱されていた。
 バリュートレードに代わってから、配慮するようになったのだろうか。3P-2PタイプのACコード(アダチデンキ/スリーエーというブランドのもの)を買う必要はなかった;;。

 取説は、カラー印刷なのだが、厚めの紙にカラーコピーしたものを綴じてあるのだった。CXA60の取説はカラーではなかったが、コピーではなかった。

 上の写真のように、トラスコの延長ケーブルなら、変換プラグを使わなくても、アースピンが邪魔にならず、3Pプラグがそのまま挿せるのだった。ライナーの「第九」がよくなっていたのは、この挿し方で聴いた時だったが、これはまあプラシーボでしょう;;。

Topaz AM10、試聴

 引き続き、Topaz AM10のインプレ、など…。

AM10


 聴きやすい音だが、予想どおり? 情報量は多くなく、高域端は丸みを帯びて、オーケストラの弦の粒だち感には、欠ける。

 AM10導入もあって、ちょっと仕入れた、“ハードな”音源 ― フリッツ・ライナーとクラウス・テンシュテット指揮のベートーヴェン。

ライナー、テンシュテット

 ライナー/シカゴ響の演奏によるベートーヴェンは、RCAへのステレオ・セッション録音として、第1、第3『英雄』、第5、第6『田園』、第7、第9の6曲が存在しているようだ。
 BMGを吸収した Sonyから、現在SACD3枚組で復刻されているセットには、収録スペースの制約からか、第3番が抜けている。

2枚組
 もちろん、SACDには手を出さない主義なので、CDで探す。
 ライナー/シカゴのベートーヴェンの第7は、LP時代に、国内廉価盤を ― 『レコ芸』相談室・出谷 啓氏が推薦していたから、の記憶あり ― 買って聴いていて、内周部の強奏でけっこう歪むが気になりつつ、エキサイティングな演奏は、いいと思った。

 で、じつは、CD化された、← 左の2枚組をかつて買っていたのだが、CDでもけっこう強奏部が歪み、音が混濁するので、換金してしまっていた。
 そのあと、第5と第7のカップリングが、《Living Stereo》のリマスターで出たことを知り、同シリーズの同じコンビによるバルトークがよかったことで、期待はしたが、買ってはいなかった。

 第9は、(上記SACD以外)リマスターがないのだが、SHM-CDで再発したものを Amazonで、ディスクユニオン神保町店が1,480円で出しているのを見つけた。
 SHM-CDということで、税抜2,600円という高価な設定なので、プレミアム価格というわけではない。
 なお、SHM-CDはビクター、ユニバーサル系の方式で、現在RCAはソニー傘下に入ったので、今後は Blu-spec CDになるはずなので、これは稀少?

 ちょうど、こちらで書いていた、私学共済年金請求のための、カラ期間合算用の確認通知書(なんと、最初は私の姓の字を間違えて作成したものを送ってきた!)が揃ったので、私学共済本部に行こうと思い、そこから夕刻の仕事への移動の途次、ユニオン神保町店(← わ〜っかりにくい場所!)に出向き、店頭購入した。
 店頭価格は1,080円で、値段票の割引きで、972円^^。Amazonで注文した場合の約半額で入手できた。

 で、その時、Amazonに出されていなかった商品で、テンシュテット/ハンブルクNDR響による第7(+『ジュピター』、ライヴで、EMIのリリース)もあった。
 このCD、Amazonやオクでは、2,000円以上の出ものばかり、オクで1,000円ほどで出たら、たちまち入札数件に及ぶ。
 これが680円だったので、「第7ばかりそんなにあっても…」と迷ったものの、購入。

 そして、オクで出ていた、ライナーの第5+第7の《Living Stereo》盤、さらに、テンシュテットの EMI公式リリースになる、第3、第6、第8の GEMINI 2枚組も、オクに出ていたので、ゲット。
 こちらは、透明ケースが、日本で手に入るタイプに交換されていたが、これはしようがなかろう。
 テンシュテットの、EMIによるベートーヴェンの交響曲リリースは、だいたいこれで全部である。

 さて ― AM10で試聴。

 日曜 ― ほとんどまともに聴く初日 ― に、ライナーの「第九」を聴いてみると、音量を上げても中域の厚みが増してこず、低弦は豊かだが、ボワつく感じもあって、「う〜ん、これは CXA60で聴きたいなぁ」という雰囲気。
 これはさすがに AM10は「役不足だな〜」と言いそうなところなのだが、この「役不足」の使い方、ほ〜とんどの方がやるが、マチガイです! 反対で、単純に「力不足」。

 このあと、テンシュテットのスタジオ録音の『田園』を聴いたが、インパクトの薄い、音色のコクも希薄な音で、ベートーヴェンのシンフォニーというようなへヴィーなのはやっぱり合わないなぁ、と感じた次第。

 が、今日になって、もう一度ライナーの「第九」を聴いてみた。ボリュームやトーンの使い方に慣れてきたことがあると思うけれど、日曜日の印象とは打ってかわって、充実した印象だった。
 最初、ティンパニの強打は「ポコポン!」という感じだったのが、「ドコドンッ!」と重く入る。低弦のボワつきも激減している。
 これは、「エージング Break in」が効くアンプなのかもしれない。

その他、試聴CD

 あと、日曜の段階で印象がよかったのは、英語、日本語を問わず、ヴォーカル。
 ティアニー・サットンの声は、ややしゃがれた様相を帯びるが、コトバがしっかりと、コトバとして聞こえてくる。
 ただ一方で、オケの弦はツルンとしてしまい、シンセサイザーっぽくなる部分もある。

 さすがイギリス設計、欧語はネイティヴに聞こえる、というだけでなく、PM6005では、倍音ばかりザラついて、コトバの力が響いてきにくかった、絢香の『The biginning』が、とてもいい。
 じっくり、彼女の「コトバ」に耳を傾けさせる再生だった。

 シューリヒト/パリ・オペラ座管のモーツァルト『プラハ』(コンサートホール → 日本コロムビア → タワー)は、なかなか音量やトーンの設定が難しく、音が暴れる音源だ。AM10の出音が意外にダイナミック・レンジが広く聞こえ、 AM10でも難しいが、高域の荒れは PM6005よりずっとソフトで、「売らなくてよかった」と思った。

試聴CD-3

 意外に聴きやすかったのは、三千院の制作した『御懺法講(おせんぼうこう)』(写真右)。現場でのテープ収録で、専門のレコード会社が噛んでいないこういう録音は、テープ・ヒスの面でも現場の会場ノイズの面でもS/N感が悪いことが多いが、その「ホコリっぽさ」が、AM10では非常に少ないように感じた。

 ベネデッティ・ミケランジェリのリサイタル(Decca/London、キング)からベートーヴェンのソナタ第32番。
 これは音が混濁気味で、聴きづらい音源だ。強音の歪み感が耳障りだが、第2楽章に入り、じっくり耳を傾けていくと、「音楽の説得力」が伝わってくる。
 アルゲリッチのワルシャワ・ライヴは、これも歪み感が耳障りに響くのだが、聴いているうちに演奏に引き込まれてゆく。
 三千院の声明とアルゲリッチのライヴは、もう手放そうと思っていたが、AM10で聴いてみると、考え直させる音が聞こえてきた。

Topaz AM10、到着。

 Cambridge Audio Topaz AM10。
 来ております♪

Topaz AM10


 下は、ネット上からいただいた、内部写真。
Topaz AM10、内部

 右に、フォノ・イコライザーとプリ部(コントロール系)基板と、ヒートシンクをはさんで、左にパワーアンプ基板があり、まあまあのトロイダル・トランス。

Topaz AM10、出力部

 ネット上にあった、出力部の写真。
 LM3886が2基、左右チャンネル分が、モールド側も小さな放熱板(たぶん鉄製;;)で固定している感じ。
 サービスマニュアルは出回っていないが、想像するに、プリ部はフォノイコライザーがあり、ライン入力以降は、電子ボリュームで音量・トーン・バランスをコントロールし、そしてオペアンプで若干のゲインをプラスし、LM3886のパワーアンプに送っていると思われる。

 オーディオユニオン店舗で問い合わせると、同ショップ・チェーン内に1台だけ(!)、展示品でない箱入り新品があるとのことで、それを送ってもらった。
 CXA60もヨドバシ全店で数台だけの在庫から1台を確保してもらって購入したので、Cambridge Audioには、なんともありがたい^^レア感がたっぷりである♪

ラック内の AM10

 ラックに納めると、暗がりの黒ネコちゃんのごとくで、存在感はない。
 「音はいいが、モノとしての質感や操作感は、まったくチャチい」という評が一般的だが、これはそうでもない感じだ。
 筐体のつくりはしっかりしている ― TEAC A-R630 MKIIは、天板がぺらぺらで、とくに熱で膨張すると、手で押すと「ぺっ・こん、ぺっ・こん!」と音がする ― し、ボリューム・ノブ(「MENU」ボタンと併せて、トーンとバランスの操作も兼ねる)はぐらつかないし、音量調整は1クリックで 1dBで、わかりやすい。

 店頭展示も多く、高評価の AM5は、電源トランス(EIコア・タイプ)が鳴くというのが知られているし、CXA60も、さすがに巨大なトロイダル・トランスであって、通電すると微かに「ウ〜ン」と言っているのだが、AM10の電源トランスは、まったく鳴きはない。
 他入力からの音漏れがあるという評があるが、いちおう、C-7030から出音している時(「CD」入力)に、CD5000をつないでいる「TUNER/DAB」に切り換えて音量を上げても、何も聞こえなかった。
 ただし、オープンにしている入力を選ぶと、聞こえるかもしれない。

 また、上記レビューは、「電源をオフした時に音量を記憶してくれず毎回電源オン時には-50dbの音量になってしまうこと」を欠点としてあげているけれど、これはそのとおりなのだが、私には「設計者の慧眼」だと受け取れた。
 電源オフ前の音量を記憶しておくと、それがきわめて大音量であった場合は、不都合が起きる。
 音量ゼロ=-∞dBになると、適度な音量になるまで、クルクルとノブを数回転させないといけないし、人によっては、「壊れた?」と思う人も出てくるかもしれない。

 セレクターとトーン、バランスは記憶するので、全体としての仕様はとてもいいと思うが、トーンがリセットされてもいいのでは、と思いもした。

 おっと‥‥いろいろ思うところがあるので、まずはこの辺にて。
 今週は、久しぶりに1週間(金曜を除いて…)、お休みです。

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